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リアクション
鷹山剛次
体長五百メートル程のビヒモスのような巨獣が二頭、移動生徒会室『金剛』を引いていた。生徒会室といっても家屋ではなく空母だ。移動用のため車輪が取り付けられている。
その中の生徒会副会長室で鷹山剛次は朱 黎明(しゅ・れいめい)と面会していた。
無骨な外観からは想像もつかないほど、部屋は豪奢だった。
踝まで埋まりそうなふかふかの絨毯、きらびやかなシャンデリア、品の良い壁紙、素人でもわかる高級感あふれるソファやテーブルなどの調度品、立派な額に収められた著名画家の絵。
部屋に通されると、最初にそれらが目に入る。
それから左側を見ると、不自然に奥まで部屋が延びていることに気づくだろう。
幾重もの紗幕の向こうに人影がぼんやりと見える。
何者なのか気になったが、黎明は賞金首二人を連れて来たついでに相談したいことがあったため、顔を正面の剛次に戻した。
面会できない可能性もあったが、賞金首の二人が本人であることがわかると剛次はこの部屋へ黎明を通したのだった。
剛次は怜悧な目をした男だった。目的のためには手段を選ばないような。
彼は黎明にソファを勧め、座るのを確認してから自分も向かい側に腰掛けた。
黎明の後ろには、賞金首だったナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)とクラウン ファストナハト(くらうん・ふぁすとなはと)がまだ縄で縛られたまま立っている。
他に、あと二人いたが、二人とも金剛の周辺をウロウロしていたところを黎明が拾って連れてきたのだ。少なくとも片方はそうだった。
場が落ち着くのを待っていたかのように、パラ実生が一人入ってきて剛次と黎明の前に紅茶を差し出した。
彼が部屋から去ると剛次は黎明に問いかけた。
「それで、話とは何だ?」
「後ろの賞金首二人なんですがね、イリヤ分校殲滅に加えてほしいと言っているんですよ。二人は向こうの内部に詳しいし、現在行方不明中となっています。素知らぬ顔で戻っても誰も警戒しないでしょう」
「ふ……なるほどな。いいだろう、好きにするがいい。だが、バズラが俺のように寛容とは限らんから、後ろから槍で串刺しにされないよう気をつけるんだな」
少しでも怪しい素振りを見せたら殺すという意味だ。
だが、そんなことは先刻承知であった。
薄っすらと笑みを浮かべて黎明は頷いた。
「では、報奨金を渡そう……どんな取り引きをしたのか知らんが、何も倒すだけが賞金首への対処法というわけではないからな」
後半は見透かすような目で小声で言うと、剛次は二度手を叩いて外の配下に合図をした。
すぐに先ほど紅茶を運んできたパラ実生が銀盆に二つの皮袋を乗せて入ってきた。
「二人分の2万Gだ。確かめたほうがいいぞ、贋金かもしれん」
からかうように笑う剛次。
だが、ここで黎明に贋金をわたしても何の意味もない。さらには、この部屋の内装を見れば2万Gにわざわざ偽物を用意する必要もないだろう。
黎明が銀盆から皮袋を受け取ると、ふと剛次の視線は黎明が拾ったという男女へ向けられた。
「さて、お二人の用件は? ああ、その前にこちらへかけるがいい。まずは、お嬢さんのほうから聞こうか?」
先に声をかけられたのはオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)だった。
二人が別のソファに腰掛けると、見計らったように紅茶が運ばれてくる。
オリヴィアはそれを一口飲むと、吸血鬼らしい妖艶な笑みを見せて話し始めた。
「オリヴィアは法律研究所の所長を務めているんです〜。前からキマクの法律には興味がありましてねぇ〜。そこでぜひ、副会長さんにお伺いしたいと思ったんですよぉ〜」
「それを知ってどうしようと?」
剛次の瞳に鋭さが見え隠れする。
ふつうのパラ実生なら気圧されてしまうところだが、オリヴィアは笑みを深くして続けた。
「ただの知的好奇心ですよぉ〜。立場は中立ですからぁ〜」
「個人の好奇心のためにタダで提供しろと?」
「ふふ……今回は、それなりに」
含みのある笑みを浮かべたオリヴィアが、ちらりと黎明を見たことで剛次は何かを感じ取ったようで、小さく頷いてみせた。
「このシャンバラ大荒野には多くの部族がある。お前の知りたい法律は、その部族の数だけあると思えばいい」
「つまり、統一された法はないと……?」
「そうだ。部族ごとに掟が定められている。キマク家の掟を知りたいなら、バズラに聞けばわかるだろう」
「そうですかぁ〜。う〜ん、道のりは長いですねぇ〜」
のんびりと言ったオリヴィアは、再びティーカップに手を伸ばした。
最後に用件を聞かれたのは弥涼 総司(いすず・そうじ)だ。待っている間にカップの中身は半分に減った。
総司は、本当に黎明に偶然出会い連れて来られた身だった。
彼が剛次に面会を求めた理由はただ一つ。
「ミツエのおっぱいが見たいなどと……S級四天王といっても乳については二流……いや、E級といったところか」
開口一番、総司は見下すように剛次に言い放った。
ドアの向こうで誰かが咽る声が聞こえた。
剛次の眉がピクリと揺れたのは、どちらに対してか。
「ミツエの乳が英霊を虜にしたなど真っ赤な嘘だぜ……あの乳にそんな力はねぇ! そもそも、あの程度のサイズで人を……まして英霊を虜にするなど言語道断! ミツエの乳は偽乳! ヤツのもとに集まった英霊はいわば偽乳特戦隊(ぎにゅうとくせんたい)といったところか……」
力説後、フッ、と嘲笑う総司に剛次よりも黎明が食いつきそうな雰囲気だった。
だが、あくまでムッツリな黎明は関心のないふりをする。
女の子大好きなオリヴィアと元ミツエ側のナガンとクラウンの表情も読めなかった。
何とも言えない沈黙の後、剛次が口を開く。
「お前、名は?」
「そういえば名乗ってなかったな。弥涼総司……いずれ『のぞき王』となる者だ」
その時、すっかり意識の外にあった部屋の奥、紗幕の向こうから涼やかな笑い声が聞こえてきた。耳に心地よい女性の声だ。
「ふふふ……剛次さん、お友達がたくさんできましたのね」
どこか浮世離れしたような、パラ実にそぐわないような、そんな鈴を転がしたような声だった。
とたん、剛次がサッと立ち上がり早足に奥の紗幕の前に歩み寄り、膝を着いた。
「会長、おはようございます。お聞き苦しい話を耳に入れてしまいました」
居丈高な態度から一変する剛次。
「そんなことありませんよ。剛次さんはいつも忙しそうですもの。たまにはゆっくりしないと倒れてしまいますよ」
「お気遣いありがとうございます」
世間話のように話す紗幕の向こうの人物に対し、剛次は深々と頭を垂れて礼を言うと静かに立ち上がって戻ってきた。
あの方は、と尋ねる総司に、
「生徒会長の西倉 南様だ」
と、剛次は尊敬の念のこもった表情で答えた。
百合園女学院にいてもおかしくないような品のある話し方の女性の正体に、総司だけでなくこの場の者達は軽い驚きを覚えた。
もっと詳しく話を聞きたいところだったが、ドアが慌しくノックされて話は中断されてしまった。
入ってきたパラ実生が何やら剛次に耳打ちすると、剛次は一瞬渋い顔をした後、連れてこいとだけ言った。
「今日は客が多いな。この金剛の近くで地中を掘ってここに侵入しようとした者がいたらしい。通常のものでは地中は進めても金剛の装甲までは破れないだろうに」
誰にともなく呟いた時、再びドアが開き連れて来られたのは地球人の女の子と獣人と機晶姫だった。
地球人の女の子と獣人は物珍しそうに室内をキョロキョロと見回している。機晶姫のほうは、ドリル型というかなり特殊な形状のため何を考えているかはわからない。
見ているつもりの二人だが、実は剛次達に見られてもいた。
ようやく集まる視線に気づいたのか、彼女は剛次に人懐っこい笑顔を見せて言った。
「こんにちは。あの、ちょっとすみませんが……失礼しますね」
そう言って、ティータイムスキルを使い、テーブルの上のティーカップをたちまち片付けて新たなティーセットとスイーツを用意した。
そしてソファのあいているところにちょこんと腰掛けると、剛次達に「どうぞ」と勧めてからカップを手に取る。
マイペースすぎる彼女に何も言えずに見守っていると、彼女は不思議そうに首を傾げてみせた。
「そういえば、あなた様が生徒会副会長でS級四天王の鷹山剛次様なのですってね。私は神楽月 九十九(かぐらづき・つくも)と申します。こちらの獣人は神楽月 マタタビ(かぐらづき・またたび)、あちらの壁に立てかけてある機晶姫は装着型機晶姫 キングドリル(そうちゃくがたきしょうき・きんぐどりる)です」
「……そうか」
「ところで、何のお話をされてたんですか?」
「横山のおっぱいついてですよぉ〜。オリヴィア達がいますのに、それはそれは熱く語られてましたねぇ〜」
オリヴィアはわざとらしい困り顔でナガンやクラウンを見た後、どこか楽しげに総司、黎明、剛次へ視線を移した。
ミツエの胸について熱く語っていたのは総司であったが、オリヴィアは男性三人を一まとめにして九十九へ説明した。
(横山って、横山ミツエさんですよね。百合園でご一緒したことのあるあの方ですよね? 彼女もパラ実へ転校されたと聞きましたし。それにしても……)
心の中で呟いた後、九十九は不思議そうに総司達を見渡し、
「女性の胸を見たいだなんて、皆さん変態さんなのですね☆」
「それは違う!」
男三人の声が重なった。
「女性の胸を見たいというのはまともな欲求だ! 健全な証だ! ロマンだ! 弥涼、お前は横山ミツエのおっぱいをその目で見たことがあるのか? 本当に英霊を虜するには足りんおっぱいだという証拠はあるのか!?」
ヘンなスイッチが入ったように総司にまくし立てる剛次。
総司はミツエのおっぱいを直接見たことはない。写真だ。
唯一見たのは黎明だが、裸だったわけではない。
「そんなに胸に興味がおありなら、私のを見ますか?」
呑気な声でとんでもないことを口にしながら、九十九は服の裾に手をかけた。
とたん、今までひたすらスイーツにハートを飛ばして心を奪われていたマタタビが、目にも留まらぬ速さで九十九の手をガッチリ押さえ、フルフルと首を横に振る。見事なモヒカンがそれに合わせて揺れた。
同時に壁のキングドリルからも困ったような視線が九十九に注がれる。
「わかりました。やめておきますね」
砂糖菓子のような笑顔で九十九は服の裾から手を離し、座り直したのだった。
マタタビは安堵して大きく息を吐き出した。
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