リアクション
卍卍卍 イリヤ分校周辺に厚いバリケードが築かれている。 机や椅子、井戸掘りの時に使った石の残りやどこからか拾ってきたベニヤ板やドラム缶、その他諸々。 ガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)と泉 椿(いずみ・つばき)がパラ実式工法を駆使して生徒達に指導しながら築き上げたものだ。 二手に分かれてそれぞれ指揮していたガイウスと椿は、あらかた出来上がるとどちらからともなく近寄り、頷きあう。 「それじゃ、あたしは準備に行ってくるから」 「ああ、和希のことも頼んだ」 「任せとけ」 椿はガイウスの肘のあたりを叩いて笑った。本当は肩でも叩きたかったのだが、身長二メートルのドラゴニュート相手には無理だった。 その頃和希は孫権にある頼みごとをしていた。 日干しレンガに腰掛けて話を聞いていた孫権だったが、渋い表情で首を横に振る。 「ダメだな……できない。悪いが今回は前には出られない。俺達に何かあったらミツエもどうにかなってしまう……同じ賞金首のお前達にばかり危険を押し付けて、卑怯だと思うだろうが、今回はここの防衛に努めさせてもらうぜ」 「いや、無理言ったのはこっちだ。気にしないでくれ。ところで、ミツエとは連絡が取れてるのか?」 孫権にミツエ捜索に仲間達と行ってほしいという依頼を断られてしまった和希だが、もし自分が孫権の立場だったら同じように考えただろうと思い、素早く気持ちを切り替えてもう一つの気がかりについて尋ねた。 しかし、これにも孫権は渋い表情で首を横に振った。 「ここに向かうとメッセージが来てからサッパリだ。ヤバイことになってなきゃいいんだけど……」 「サッパリって、通じないのか?」 「ああ、全然繋がらねぇ」 和希の眉間も険しくなった。 重い沈黙が下りた時、和希を探していた椿の元気な声が暗い空気をかき消した。 「和希、ここにいたのか。そろそろ準備始めるぞ」 「わかった。じゃあ孫権、防衛のほう頼んだ」 「生徒会なんざ返り討ちにしてやろうぜ」 二人はニヤリと笑みを交わして別れた。 それぞれが自分に割り振られた役割に奔走している中、いったい何があったのかボロボロの衣服にあちこちが傷だらけの女の子が転がり込んできた。いや、命からがら逃げてきたと言ったほうが正しいか。 身長のわりに細すぎる体やかさかさに乾いた唇から、栄養状態が良くないことはすぐに見て取れた。さらに、新しい傷に古い傷、手首や足首には縛られていたような痕がある。 「これは酷い……手当てをしましょう。それと食事も。さあ、こちらへ」 レオポルディナ・フラウィウス(れおぽるでぃな・ふらうぃうす)が女の子を支えて校舎へ連れて行こうとした時、スッと伸びてきた槍の柄が止めた。 曹操だった。 彼の視線はレオポルディナではなく、怯えた顔の女の子へじっと注がれている。 「悪いがその者を校舎へ入れることはできんな」 「どうしてです?」 「怪しいからだ。こんな時にバリケードで囲まれたここに助けを求めて来るものであろうか? ここが生徒会の攻撃対象になっていることは、もう誰もが知っていよう。疑わしい者を入れるわけにはいかんのだ。──出て行ってもらおうか」 槍の柄をさらに女の子へ突きつける曹操からレオポルディナが彼女を守るように抱きしめる。女の子も、レオポルディナにすがるようにしがみついた。 剣呑になりかけた二人の間に道明寺 玲(どうみょうじ・れい)がとりなしに入った。 「まあ二人とも落ち着いて。それでは、この少女には見張りをつけましょうか。どうですか?」 「……甘いな」 それでも槍を引いて曹操は見回りに戻っていった。 その様子を少し離れたところから見ていた麻上 翼(まがみ・つばさ)は、女の子へディテクトエビルをかけて眺めてみた。敵意を持って何かをたくらんでいるなら、これでわかるはずだが──。 「何も見えません、ね……ですが」 「それなら私がこっそりマークしておきますわ」 ネル・ライト(ねる・らいと)の言葉に翼は頷いて任せることにした。翼は防衛戦のほうに参加するから、あの女の子への見張りにまで手は伸ばせない。 玲とレオポルディナが女の子を連れて校舎へ入っていく姿を、二人はじっと見送った。 みんなで耕したという畑を眺めていた劉備は、風祭 隼人(かざまつり・はやと)とホウ統 士元に呼ばれて振り向いた。ずいぶん探し回っていたのか、二人は少し息切れしている。 「少々相談がありましてね」 「何か妙策でも浮かびましたか?」 鳳雛と呼ばれていたホウ統に劉備は期待の眼差しを向ける。 「やや危険な賭けですが……」 説明をしたのは隼人だった。 おおまかにまとめると、こんな感じだ。 ミツエの英霊三人のうち一人を捕まえた、と画像付きメールで生徒会に知らせる。 報酬を受け取りに指定の場所へ。 賞金と英霊を連れて逃げる。 逃げるのが無理そうな事態になったら捕まったふりをしてついていく。その際は隼人が生徒会に従うふりをして脱出の機会を窺う。 最初にホウ統が言った通り、本当に危険な賭けだ。 「1億Gは半端じゃない金額だ。支払えば生徒会の懐もそうとう痛むだろう」 「まさにそこです」 目を伏せて考え込んでいた劉備は、隼人の狙いに顔を上げて強い口調で言った。 「そんな途方もない金額をはたして本当に支払うものでしょうか? 下手すれば、あなたも私もその場で死にます」 お互い、それだけは避けなければならないと劉備は隼人を見て、それからホウ統に視線を移す。 「すみませんが、その策には乗れません。あなたが死ねばあなたの契約者達が苦しみます。どうか考え直して、ここで共に防衛に徹してくれませんか?」 隼人は口にしなかったもう一つの狙い──賞金首になってしまった双子の兄の身を思った。彼を賞金首リストから外してもらいたい……生徒会に従うふりをする時は、そのことを訴えてみようと思っていたのだが。 今頃荒野にいるだろう彼を思い、隼人は空の向こうを見るように目を細めた。 卍卍卍 その荒野を妙な一団が駆けていた。 一人は鏖殺寺院の制服を着てサンタのトナカイを走らせ、一人は楽士のポンチョを着てスパイクバイクを飛ばし、一人はそのスパイクバイクに括りつけた乗用大凧に振袖姿で空を舞い、最後の一人は霊糸の長衣を身に纏い馬を駆っている。 いろんな意味で目を引く四人組みだった。 だが、この奇妙さのせいで誰もこの四人が賞金首だとは考えられておらず、旅芸人だと思われていた。 おかげで活動しやすかったわけだが。 馬を駆るパトリシア・ハーレック(ぱとりしあ・はーれっく)が先頭のガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)に呼びかけた。 「ガートルード様! 反応が来ましたわ!」 「場所は?」 「西へ真っ直ぐ行ったところにある小さな集落ですわ!」 「すぐに行くと伝えてください!」 パトリシアが馬を操ったまま器用に携帯のボタンを押していく。 ガートルードは生徒会のやり方に疑念を抱き、荒野各所に散らばる大小さまざまな部族に意見を訴え、反応を窺っていた。 ガートルードとパラ実はドージェを神として信仰する、自由人の集まりだと認識している。 そこから独立しようとしている乙王朝には違和感を覚えていたが、それなら生徒会は王朝やそこから落ち延びた者達がいるイリヤ分校ごとパラ実生であると認めれば良かったのに、まるで自分達が支配者であるかのように振舞っている。 もしかしたら生徒会の最高戦力であったガイアは、はめられたのかもしれない。 乙王朝との戦いでティターン一族ごと潰そうとしたのかもしれない。 このままでは力のある部族は滅ぼされるかもしれない。小さな部族ならなおさらに。 そんなことを訴え、パラ実に自由を取り戻すべく仲間を募っていた。 今のところ、反応は半々である。 『青木とかいうヤツに倒されたのはガイアが間抜けだったからだ。パラ実に闇討ちなんて当然ありうることだろ』 『生徒会に振り回されるなんて冗談じゃねぇ』 そして今、パトリシアに新たにガートルードへ面会の申し込みがあったのだ。 「慎重に行けよ、親分! わしらを捕まえて反逆者じゃ言うて生徒会に突き出す輩かもしれんからのぅ!」 乗用の大凧で飛ぶシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)の警告が上から降ってきた。 「危ない時は俺とパトリシアくんとで守るさ!」 スパイクバイクのクラクションを鳴らしながらネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)が言うと、パトリシアも大きく頷いた。 卍卍卍 和希と椿がこれからの準備をしている校舎内の教室のドアがノックされた。 「お話ししたいことがあるのですが」 と、ドア越しに聞こえたのはハルトビート・ファーラミア(はるとびーと・ふぁーらみあ)の控え目な声だった。怪我のためカーシュ・レイノグロス(かーしゅ・れいのぐろす)の別れてここにいる。 「入っていいよ」 和希の許可を得たハルトビートが静かにドアを開けて、室内に入ってくる。 バリケードのために椅子や机はすべて外へ持ち出されているため、教室はがらんとしていて寂しい。 感情の色の乏しい瞳で室内を軽く見回した後、ハルトビートは和希に近寄り先の戦で相手をしたアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)達の考えを話して聞かせた。 「地球の均衡が崩れる、か……ミツエは何て答えるだろうな」 頭をかいて、困ったなと眉を寄せる和希。 もしミツエが中国を滅ぼしたとしたら、周辺各国にどんな影響を与えるのか。それを考えたことはあるのか、とアルツールは言っていた。 その時そこにミツエはいなかったので、ハルトビートが彼の言葉を記憶し伝えようとしたのだが、みんなバラバラになってしまい今の状態で話ができそうなのは和希だけだったのだ。 「もし、横山光栄様を見つけたらお伝えください」 「どっか行くのか?」 「……横山光栄様のメル友ですが」 和希の問いかけには答えず、ハルトビートは別の件を話し出す。 それは、誰もが何となく気になっていることだった。 「ドージェ様ではないでしょうか」 「えぇ!?」 椿のほうの声が大きかった。和希も口をポカンと開けている。 「……いえ、戯言でした。お気になさらず。それでは失礼します」 驚きに固まっている二人を置き去りに、ハルトビートは教室から出て行った。 |
||