空京

校長室

【選択の絆】夏休みの絆!

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【選択の絆】夏休みの絆!

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第1章 夏だ! 湖だ! バカンスだ! 5

 マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)はクルーザーの上からエルキナが飛びこんだのを見ていた。
 ばしゃんっ、という音と一緒に、エルキナは湖の中にもぐってしまう。だけどすぐに、まるで華麗な魚が水面を跳びはねるがごとく顔を出した。
「マリー? どうしたんですか?」
 マリエッタが振り返ると、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)が怪訝そうな顔をしていた。
 ゆかりもマリエッタも、二人とも湖を泳いでいた。
 ここ最近は多忙で、その疲れを癒すために、二人はヴァイシャリーにバカンスへやって来たのだ。こうして夏の日射しの下で肌をさらしていると、なんとも言えず開放的な気分になる。
 ゆかりはパレオの水着。マリエッタはフラワーワンピを身につけて。
 しかしそうした湖水浴の最中、マリエッタはふと発光する美少女の存在に気を取られてしまった。
「気になるんですか?」
 ゆかりがたずねると、マリエッタは首を振った。
「わからない。だけど、なんであの人あんな風に光ってるのかなって……」
 それは好奇心とも言えたし、単なる疑問とも言えた。
 ただいずれにしてもマリエッタはエルキナの姿に心奪われ、それから目を離せなくなっていた。
 それは同時に、カトリーン・ファン・ダイク(かとりーん・ふぁんだいく)たちも同じ事だった。
「あれは、ヴァイシャリーを襲った女騎士ね」
「女騎士?」
 カトリーンが言った一言に、マリエッタが振り返った。
「ええ。ただ今回は、聞くところによると“なにもしない”という話だけれど……」
 真実はどうかわからない、とカトリーンは思った。
「でも、とても美しい光ですね、カトリーン様」
 明智 珠(あけち・たま)が敬愛を感じさせる声音で言った。
 うっとりしているような様相である。カトリーンはそれには何も言わず、珠へ振り向いた。
「光り輝くその姿はまるで神のようでございます……」
 珠はすっかり目を奪われてしまっていた。
 カトリーンも、美しい、とは思った。だけど同時に警戒心も湧き出ていた。
 油断ならない相手ということは分かっている。だからそれはしごく当然のことで、カトリーンのそれは決しておかしくない感情だった。だけど、珠のようにもっと無垢な心で相手を見られたらどれだけ良いことか、とも思った。やたらと考えすぎてしまうのは悪い癖だ。カトリーンは頭を振って、かんじがらめになりそうな考えから抜けだした。
「もう、みんな! なにじっとしてるのよ!」
 突然、大きな声を出したのは桜月 舞香(さくらづき・まいか)だった。
 ちょっと危険できわどい水着を着る舞香は、みんなを強くにらみつけていた。
「こんなところでボケッとしてたって何にもならないでしょ! 気になるなら、声をかけてみればいいじゃない! ね、綾乃!」
「そうだね、まいちゃん」
 百合園のスクール水着を着る桜月 綾乃(さくらづき・あやの)は、舞香にうなずいた。
「ま、もっとも……あたしはまだまだ信用しきれてないわけだけど」
「もうっ、まいちゃんはすぐそんなこと言う……。少しは信じてあげたっていいじゃない」
 綾乃は唇をとがらせた。
「はいはい、分かってるって。だからこうして、みんなにも言ったんでしょ」
 舞香はひらひらと手を振って、綾乃の抗議を受け流した。
「ねーちょっとー! そこの発光少女さーん!」
 舞香が頭上で大きく手を振って呼びかけると、エルキナはそれに気づいて振り向いた。
「こっちで一緒にビーチバレーしないー!?」
「ビーチバレー!?」
 驚いたのは、エルキナではなく周りの契約者たちだった。
 いきなりの誘いで困惑しているのだ。まさか声をかけると言っても、いきなりビーチバレーとは思わなかった。
 だけど、カトリーンはやる気をみなぎらせた。
「ビーチバレーもスポーツね。それなら、負けないわ」
 ぐっと拳を握ったカトリーンに、珠が「お手伝いいたします、カトリーン様」と付き従う。
「どうしよっか、カーリー?」
「ここまできたらやりましょうか。私たちも、負けてられないですし」
 一方のマリエッタとゆかりも、やる気のようだった。
 エルキナが他の契約者の仲間も誘って、舞香たちのもとへ泳いでくるのが見える。
「負けないわよ! 裸拳の奥義、見せてやるんだから!」
 裸拳とは、裸に近づけば近づくほど力が増していく格闘術である。
「…………出来れば見せて欲しくないかもしれないけど」
 綾乃は苦笑しながら、ぼそっとそうつぶやいたのだった。



 湖そばの湖畔ビーチには、パラソルの下で寝そべる七枷 陣(ななかせ・じん)の姿があった。
「あっつぃ……」
 すっかり夏の暑さにやられてしまっている。
 サングラスをして見た目は決まっているものの、パラソルの下からいっこうに出る気配はなかった。
 それは、陣のそばでミニサイズのイスに寝そべるポムクルたちも同じである。
「なーのだー……」
 ぐだっと、ひからびた魚のようにくたびれていた。
 もちろん、それを良しとしない者もいる。
「陣く〜ん! ポムクルさ〜ん! みんな、そんなとこで寝てないで、こっちに来て一緒に遊ぼうよ〜!」
 湖から手を振っているのは、陣のパートナーのリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)だった。
 が、リーズの厚意にはノーセンキューな陣である。
 寝そべったままひらひらと手を振る陣に、リーズはぷくっとふくれっ面になった。
「もうっ……!」
 さて、その横で、ちょうど泳いでいた藍園 彩(あいぞの・さい)がパートナーのブラックファング・ウルフェイル(ぶらっくふぁんぐ・うるふぇいる)にぶつかった。
 正確には、素潜りしていた彩が水面を確認せずに慌てて浮き上がったため、猛スピードで泳いでいた(犬かきで)ブラックウィングにド頭から激突したのだ。
「ぶぎゃっ!」
「ギャワンッ!」
 実に犬らしい声であえいだブラックファングに、彩はすぐに手を伸ばした。
「あたた……わりぃくろ、怪我はねーよな?」
「あ、主こそ、大丈夫でござるか?」
 二人はあくまでもお互いの無事を確認しただけである。
 が、それは残念なことにある種の誤解をまねく体勢を作ってしまった。彩はブラックファングの顔に傷がないかペタペタ触って確認し、ブラックファングは水中で身体を安定させるために彩の腰を支えていた。
 はたから見ると、カップルのそれが抱き合っているように見える。
「きゃーっ☆」
 近くにいた若い女子グループの観光客が黄色い歓声をあげた。
 もちろん、二人は何の事だかわかっていない。
「??」
 お互いに首をかしげて、きょとんとした顔をするほかなかった。
 一方、白雪 魔姫(しらゆき・まき)白雪 妃華琉(しらゆき・ひかる)の姉妹は水泳対決をしていた。
 魔姫は露出度高めのセクシーな水着を着ていて、妃華琉はシンプルな水着である。
 体型の差は歴然。魔姫はモデル並のスタイルをしているが、妃華琉はどちらかと言えば控えめだ(もっとも、これもかなり譲歩した言い方であるが)。この世に同じ性を受けた女性なのに、この差はひどい。
 妃華琉は自分の真っ平らな胸と姉のよく実ったスイカを見比べて、世の中は不公平だ、と思った。
「妃華琉? どうしたのよ、こっちをじっと見て」
「はぁっ…………別に」
 ため息をついた妹に、姉は首をかしげるだけだった。
「それよりほら、あそこの岩場まで泳いでみましょうよ」
「あそこ? そりゃ、魔姫姉がいいならだけど……」
 妃華琉は魔姫の指さした岩場を見つめてから言った。
 岩場まではそれなりの距離がある。言ってはなんだが、妃華琉はスポーツが得意だ。スタイルでは負けていても、水泳で姉に負ける気はなかった。妃華琉は伸びをして筋肉をほぐしながら言った。
「本気でいくよ、魔姫姉」
「ええ、いつでもどうぞ」
 魔姫のスタートの合図が切られたと同時に、二人はいっせいに岩場まで泳いでいった。
「陣く〜ん……」
 ばしゃばしゃと、湖畔ビーチまで戻ったリーズが陣を呼んだ。
 ビーチを歩いてきて、寝そべる陣とポムクルたちを上から見下ろすと、リーズは両手を腰にやりながら怒った顔をした。
「みんな楽しそうに泳いでるじゃん〜! ボクらも遊ぼうよ〜!」
 だけど、陣はまったく心を動かされなかった。
「人間、なにもせんのが一番だっての。ほれ、見てみい」
 陣は仰向けのまま、遠くにある黄色いテントを指さした。
 そのテントは救護テントだった。湖では危険もいっぱいある。楽しいばかりがバカンスではない。中には子どもが(大人もあるだろうが)溺れることだってあるし、危険な湖の生物に襲われることだってあるだろう。そんなとき、急いで彼らを助け、手当をしてくれるのが救護テントにいるボランティアたちの役目だった。

 ピイイイィィィィ!

 突然のホイッスルの音だった。
 鳴らしたのは監視塔にのぼっているポムクルだった。
「なのだー!」
 ポムクルは浮き輪で仲間の一人の頭を押さえつけてはしゃいでいる旅行者に注意した。
 旅行者たちはどきっとして、そそくさとどっかに行ってしまった。
「よしよし、その調子だぞ、ポムクルたち」
 青葉 旭(あおば・あきら)が監視塔の下で、感心してうなずいていた。
 スイマーなポムクルさんたちを監視員に招集したのは旭だった。ライフセイバーの資格を持つ旭は、ポムクルたちにも湖の安全を守ってもらおうと考えたのだ。
 交代で監視台にのぼるポムクルたちは、その炯眼を否応なく発揮した。
「はい、ポムクルさんたち。ご苦労様」
 旭のパートナーの山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)が、差し入れのジュースやアイスを持ってきた。
「なのだー!」
 ポムクルたちはそれに飛びつき、それぞれジュースやアイスを思い思いに食べはじめる。
「誰かおぼれたぞー!」
 観光客の声が聞こえたのはそのときだった。
「なのだーっ!?」
 湖でバシャバシャとばたつく両手をポムクルが見つけた。
「ここはオレとにゃん子に任せろ! いくぞ、にゃん子!」
「わ、わかった!」
 旭とにゃん子の二人が湖に飛びこみ、溺れている人のもとへと急いで泳いでいった。
 溺れていたのは早乙女 蘭丸(さおとめ・らんまる)だった。
「蘭丸っ!? 大丈夫!?」
 その傍で必死に呼びかけているのは姫宮 みこと(ひめみや・みこと)だ。
 どうやら足をつったらしい。蘭丸はがぼがぼと水を飲み込んでしまい、ぐったりしていた。
「とにかく、急いでテントに連れていくんだ!」
「ええ!」
 旭とにゃん子は蘭丸の両肩を抱えあげて、ビーチまで泳いだ。
 湖畔に引き上げた蘭丸をすぐにテントまで連れていく。そこには専門の看護師たちがいるはずだった。
 テントに入ると、中は急病人たちで大騒動だった。
 飲み過ぎ、食あたりはもちろん。日にやられて熱中症になった人も運ばれてきている。
「わああぁぁ、ポムクルさんやめてぇぇ」
 ポムクルたち数匹に頭に乗せられたボビン・セイ(ぼびん・せい)がくるくる回った。
 ボビンを乗せるポムクルたちが、彼女をおもちゃにしているからだ。親切にと乗せてもらったのが不運だった。ボビンはポムクルたちよりも小さいため、すっかり良いオモチャを手に入れたつもりなのだ。ボビンはドドドドと走るポムクルさんたちに遊ばれ、フラフラと足もとがおぼつかなくなった。
「もー、ボビンくん、なにしてるのよー」
 カッチン 和子(かっちん・かずこ)が食あたりの患者に胃薬を与えながら、ベッドの上のボビンを呆れた目で見た。
「だってえぇぇぇ……ああぁぁ……」
 それでもボビンが目を回すことは止まらない。
 ポムクルたちはきゃっきゃっとはやし立てた。
 旭たちはつい呆気に取られて立ち尽くしていたが、駆け寄ってきた神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)の声で我に返った。
「どうしたんですか!?」
 翡翠は逼迫した声でたずねた。
「どうやら泳いでる最中に溺れたみたいだ。水を飲み込んでる」
 旭が答えると、事の重大さに気づいて駆け寄ってきた和子が強い口調で言った。
「とにかく、ベッドへ!」
 和子の指示通りに、蘭丸はベッドに運び込まれた。
 が、ここで蘭丸は心の中で思っていた。
(ふふふ……計画通り……!)
 そう。実は蘭丸は溺れてなどいなかった。
 彼女は溺れたフリをしていただけだったのだ。迫真の演技で手足をバタつかせると、ほんの少し水を飲んであたかも呼吸が出来なくなっているかのように振る舞った。見事な演技力だ。旭たちは完全にそれにダマされてしまっている。疑うことを知らない、素直な人たちなのだ。
「蘭丸! 大丈夫! 目を覚ましてくださいよ、蘭丸ぅ!」
 みことが蘭丸の身体にすがりながら泣いている。
 少し心が痛まなくもなかったが、これが蘭丸の狙いだった。
(溺れている人を蘇生させるといえば、やっぱり手段は人工呼吸! みことの唇はいただきよ!)
 そんなことを考えているとは知らず、翡翠たちは蘭丸の病状を手早く確認した。
「急いで人工呼吸を! 肺に空気を送り込むんです!」
 翡翠にしては珍しく鬼気迫る声だった。それだけ翡翠は蘭丸を救うために必死だったのだ。
「じ、人工呼吸ですかぁっ! でもそれって、唇と唇を……」
 蘭丸の暗い視界にみことのもじもじした声が響いた。
 これは間違いない! 蘭丸はドキドキしながらその時を待った。
 が、まさかと思う声がした。
「主殿、ここは俺に任せてください」
 翡翠のパートナーの山南 桂(やまなみ・けい)だった。
(へっ、任せるってなにをっ!?)
 蘭丸の脳裏に嫌な予感が過ぎったとき、ごそごそと音がする。
 誰かが自分の上に覆い被さってきたのがわかった。蘭丸はうすーく目を開けた。
 桂の唇が蘭丸のそれに近づこうとしているところだった。
(いやああああぁぁぁぁぁ!)
 誤解なきように言うと、別に蘭丸は桂が嫌いなわけではない。
 むしろ桂は美系だし、普通の女子なら喜ぶこと間違いない。ただ蘭丸はみことに惚れているし、やはり好きな人以外の男から(この場合、女もだが)唇を奪われるのは我慢ならないのだ。第一、溺れているのは嘘であるし。
 次の瞬間、蘭丸は一気に水を噴き出した。
 人工呼吸も心臓マッサージも受けず、自ら飲み込んでいた水を吐き出すという荒技だった。
 ぷしゃああああぁぁぁぁ、と、桂は鉄砲魚のようにふき出た水を思い切り被った。
「げほっ、げほっ! め、目覚めた! あたし、目覚めました! もうバッチリ!」
 蘭丸はベッドから起き上がり、親指をぐっと立てた。
「蘭丸ぅっ! 良かったですよ〜!」
 みことは心から喜んで蘭丸に飛びついた。すっかり涙ぐんでいた。
 溺れていたのが嘘だったことが、ちょっぴり蘭丸の心をズキッとさせた。
 みことはこれだけ本気で心配してくれていたのに、あたしときたら……。反省の色をのぞかせる蘭丸に、顔に被った水を拭き取った桂が、去り際に耳元でぼそっと言った。
「フリも、ほどほどに」
「いっ……!?」
 桂は微笑しながらスタスタとどっかに行ってしまった。
 バレていたのだ、なにもかも。見れば、翡翠や和子も笑っている。
 桂だけではない。みんなにもバレていたのかもしれない。そりゃそうか。呼吸はしてたわけだし。本当なら、もっと慌てて人工呼吸するよね。
「はぁ……悪いことは出来ないもんだね」
 蘭丸は口に出してつぶやいた。
「蘭丸?」
 きょとんとするみことに、蘭丸は微笑んだ。
「ううん、なんでもない」



 溺れたフリをした蘭丸が救護テントに運ばれた後のことである。
 呆然とそれを見送っていたリーズに、陣は言った。
「な、リスクは犯さんほうが身のためやって」
 そうして陣はゴロリと寝転がった。
「……うん」
 リーズは呆然とつぶやき、ちゅーっと果実ジュースのストローを吸った。