空京

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帰ってきた絆

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帰ってきた絆

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忘れえぬ日々

 オルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)は嫌がるアンネ・アンネ ジャンク(あんねあんね・じゃんく)を無理やり引っ張っていって、仲間たちのもとに向かっていた。
 そこは、『アンネ・アンネシリーズ』と呼ばれる機晶姫たちが集まる場所であった。
『アンネ・アンネシリーズ』は、とある悪魔が出かけた機晶姫シリーズの一つである。無論、この悪魔がその他にどのような機晶姫を製造したかは知らないが、少なくともこの『アンネ・アンネシリーズ』はその機晶姫に携わる人々にとっては代表作となっている。
 ジャンクはその一体なのだ。――今回は、その他にも数多くの『アンネ・アンネシリーズ』の機晶姫たちが集まることになっている。それが楽しみなようなそうではないような、ジャンクにとっては何とも複雑な心境だった。
(……大体、ボクは正規のアンネシリーズじゃないんだもん)
 ジャンクはそんなことを思う。
 実際――それは確かなことだった。
 ジャンクは本来の製造ルートで造られたわけではない。彼は廃棄された機体から別ルートで造られた、いわば模造品であって廃棄品でもある一体なのだ。しかしそれを、弟子の手によって完成された。それ以後、ジャンクは人の役には立たないと処分されていたが、それを目覚めさせたのが他ならないオルフェリアなのだった。
(だから……ボクは怖い……)
 ジャンクにとって、正規品のアンネシリーズは羨望と憧れの対象だ。
 そんな彼らに出会うのが、どれだけ恐ろしいことか。ジャンクには自分ですらも分からない恐れを抱き、それに震え上がっていた。
 そんな時である。
 ――ついにオルフェリアが仲間たちのもとについたのは。

「ほら、ジャンク君! 見て下さい! みんな来てますよ!」
 そう言って手を引っ張ったオルフェリアの眼差しの先に、複数の機晶姫たちがいた。
 中には、機晶姫なのかどうかすら怪しい者もいる。車椅子に乗ったまま、全く身動き一つしない者も。しかし大抵は、こちらを見て、オルフェリアとジャンクの姿に手を振っていた。
「おーい、こっち、こっちだよー!」
 そう言って大きく手を振るのは、アンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)だった。
 彼は今回、契約者の結和・ラックスタイン(ゆうわ・らっくすたいん)とは別行動だった。結和は今頃、別の激しい戦地にでも赴いて、必死の治療活動を行っているだろう。そんな結和とは離れて、三号はせっかくだから兄弟姉妹たちにでも料理を振る舞いたいと、自慢の腕を使って様々な料理を披露していた。
「どうだい、見てくれよ。これ、僕たちが作ったんだよ」
 そう言って笑う三号の顔には、誇らしげな笑みが浮かんでいる。
「うわー、すごいです! 三号さんは料理が得意なんですね!」
 それに対してほがらかな笑みを返すのは、つい最近になって狂った回路が修復されたアンネシリーズの四番目――ノエル・アナスタシア(のえる・あなすたしあ)だった。
 彼女は今回、契約者である由唯・アザトース(ゆい・あざとーす)とは別行動である。由唯は彼女に一人でもアンネ・アンネシリーズの忘年会に集まることを助言し、その背中を押した。結果的に、ノエルは一歩、足を踏み出すことが出来たのであった。
 彼女には記憶がない。回路を修復する際に、失われてしまったのだ。
 だから、彼女にはそれまでに関わりのあった一号から三号までのアンネ・アンネシリーズたちとの記憶すらも失われていた。それを悲しいとは思わない。不安はあるが、それは今の彼女のことを三号や、一号、二号たちが受け入れてくれたからだった。
 ノエルは少しずつ記憶を取り戻すことだろう。これから、ゆっくりと。
 そんな彼女を暖かく見守るのが――一号こと金襴 かりん(きらん・かりん)と呼ばれる機晶姫だった。その近くでは、彼女の契約者のエミン・イェシルメン(えみん・いぇしるめん)が陽気に踊っている。
「ほら皆さん、せっかく兄弟姉妹が見つかったというのですから、これほど素晴らしいことはないよ! さあみんなで一緒に踊りましょう!」
 彼は近くにいる人の手を取って、半ば無理やりに踊らせる。
 そこにはニケ・ファインタック(にけ・ふぁいんたっく)メアリー・ノイジー(めありー・のいじー)の姿もあった。
「うわっ、そんなっ……あたしっ……」
「いいからいいから! メアリーもほら、一緒にね!」
 ニケはすでに酔っ払っているのか酩酊状態で、メアリーの手を引いて踊りに誘い出した。
 しかし――彼女としてはそれに参加していいものかどうか迷うところだった。なんせ彼女は、かつて兄弟に手をかけて事件を起こした張本人である。
 魔性のグレゴリーに憑依されていたとはいえ、その事実は彼女の心に深くのし掛かっている。
 自分がここにいていいのか。
 それとも――
「あまり暗い顔してたらダメ……じゃないと……わたしも、おこるよ?」
 迷いを心に抱く彼女に声をかけたのは、かりんだった。
「かりん……」
 メアリーは驚いた顔で彼女を見やる。
 かりんの傍には小芥子 空色(こけし・そらいろ)がいた。
 彼女がレイ兄さんと慕うアンネ・アンネシリーズのプロトタイプである。彼はメアリーの手によって負傷を負わされ、今は意識不明の状態にある。
 しかしそれでも、かりんは決してメアリーを責めようとはしなかった。
 車椅子に乗ったままの姿ではあるが、空色は兄弟たちのもとに帰ってきた。
 それだけでも、かりんには十分だった。
 それに――
「あなたはもう、十分償いをしてる……でしょ」
「でも……」
「その気持ちだけでいい……の。きっとレイ兄さんも……恨んでなんか……いない」
 そう言ったかりんは、空色の傍にかがみ込む。
 いまはもう空色の契約者である双葉 朝霞(ふたば・あさか)が傍にいない。かりんが代わりに彼女をサポートしていた。
 その彼女がちらと見るのは、今回の集まりのためにバーを開いてくれた酒人立 真衣兎(さこだて・まいと)の近くである。
 そこには楪 什士郎(ゆずりは・じゅうしろう)の姿があった。
「……なんだよ」
「あ、いえ、別に……」
 什士郎を見ていたのはかりんだけではない。彼の姿をじっと見ていたメアリーも、什士郎にむすっとした表情で言われて、目を逸らした。
 まあ実は、什士郎もアンネ・アンネシリーズの一人である。
 兵器としての自分とナンバリングに疑問を持ち、アンネ・アンネシリーズとしての自分を捨てた過去がある。その為に、彼は正体を明かさずにいた。しかし……すでに若干数名はそれが分かっているようだが。
(ふん……まあ、過去を捨てた俺には、それに加わる資格もない)
 偶然とはいえアンネ・アンネシリーズの集まりに来てしまったのは妙と言えば妙だが、それにしてもわざわざ話しかける必要もあるまい。
 彼は単なるバーテンダーの手伝いとして、飲み物を配ったりするだけに専念した。
 そんな彼の様子を、真衣兎は疑問には思うが――
(……ま、大丈夫よね、什士郎なら)
 大して気にはしないでおく。
 そのうち宴会も進んできて――アンネ・アンネシリーズの皆は歌えや飲めやと打ち解けるようになってきていた。無論、ジャンクも。
 彼はニケやエミンに誘われて、踊りに参加させられていた。
「わっ、わわっ……」
「さあ、みんなで踊りましょう! ジャンク君も!」
「踊りが終わったらケーキもあるよー。みんなで一緒に食べようじゃないかー!」
 踊りを踊り、ケーキの甘い匂いをかぎながら、ジャンクは思った。
 自分がいま、兄弟たちと一緒にいるんだということを。彼らは皆、ジャンクを弟だと認めてくれているし、ジャンクもまた一緒にいられてこんなに楽しいことはない。
(僕、一緒にいるんだ。みんなと一緒に……)
 兄弟たちは喜んで彼を迎える。
 アンネ・アンネの兄弟たちは、全員で輪になって踊り、時を過ごした。


 ――ふと。
 気づけば、遠く離れたところでアンネ・アンネたちを見ている人影があった。
「ふふ……楽しそうだねぇ……」
 それはヌィエ・ドゥ(ぬぃえ・どぅ)である。
 今は契約者のユーリ・ロッソ・ネーモ(ゆーり・ろっそねーも)はいない。
 彼は一人で、しばし観察するようにアンネ・アンネシリーズの子供たちを見つめていたのだった。
「…………」
 彼はジャンクに魔性グレゴリーを取り憑かせた張本人である。
 しかしそれで、わざわざ彼らの前に出てやるつもりもない。
 ただ静かに、ヌィエはその場を離れた。
「くく……」
 不気味な笑みを、浮かべながら。