空京

校長室

選択の絆 第三回

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選択の絆 第三回
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リアクション


【4】イーダフェルト発展記録 1

 イーダフェルトに居る者たちや、ポムクルさんたちの幸福度が高まること。
 それに――みんなの心が一つになることが、星辰結界を発動させるために重要だという。
「……ってことはつまり――」
 イーダフェルトの通路沿いに並ぶ、いくつもの屋台や商店を見ながら、響 未来(ひびき・みらい)がつぶやいた。
 通路にはそこら中に走りまわるポムクルさんがいて、契約者たちもまるで祭りのようにイーダフェルトの賑やかな通り道を楽しんでいた。
「歌って飲んで騒いで、とにかく楽しみまくれってことよね?」
「身も蓋もない言い方するんやなぁ……」
 日下部 社(くさかべ・やしろ)が苦笑した。
 まあ――間違ってないが。
 幸福度ということはつまり幸せな気持ちになれということだ。ポムクルたちはあまりお堅いことが好きではなく、とにかく飲んだり食べたり騒いだり修理したり開発したり……などが大好きだった。
 契約者たちも遊んでいるように見えるが、これは作戦。
 星辰結界を発動させるため、イーダフェルトを盛り上げるようとしているのだった。
「つーても、心を一つにするのは難しいんやけどな」
「そんなこと言っちゃってマスター。実はもう準備が進んでるんでしょ?」
 ぬふふと笑う未来。
 社が、ちゃきっとかけたサングラスの奥の目をキラーンと光らせた。
「もちろんや。ぬかりはないで」
「さっすがマスター! それでこそ社長ね! よっ、男前!」
「そうやろうそうやろう! なっはっはっはっ!」
(……おだてりゃなんでもしてくれそうね)
 完全に未来に踊らされているとも知らず、社は上機嫌になる。
「じゃ、さっそく行こか、未来! ホールでみんなが待っとるで!」
「あいあいさー!」
 未来はびしっと敬礼する。
 それからばっと身を翻した社の後についていった。



 賑やかな通り沿いに、スーパーキッチンなるものがある。
 それは渋井 誠治(しぶい・せいじ)ヒルデガルト・シュナーベル(ひるでがると・しゅなーべる)が考案した大型調理屋台で、言わば動く調理場とも言えた。
 もちろんその性能はそこらのお店の専門的なキッチンに負けていない。あらゆる調理に対応するべく造られたそれは、複数の料理人が中に入っても十分に余裕をもって調理できるぐらいのスペースがあった。
「へいお待ち! 渋井ラーメン一丁!」
 調理場で懸命にラーメンを作る誠治が、注文のラーメンを出す。
 それを、キッチンを手伝ってくれているポムクルさんが二人がかりでお客さんのもとに運んでいった。
 実はここ、かなりのお客さんが入って大盛況である。
 キッチンの前には広い食事スペースがあって、そこに大勢のお客さんが入っているのだ。
 中でもラーメンは人気商品だ。ずいぶんと並んでいる客がいて、ラーメンはまだかまだかと待ち望んでいた。
 そしてキッチンをちょこまかと走りまわるのが、手伝いをしてくれているポムクルさんたちである。
 注文を取ったり、料理を運んだり、テーブルを拭いたり、トッピングの仕上げをしたり――そこらのバイトよりよっぽど使える。
 代わりにキッチンの裏で食器を洗ったりしているヒルデガルトが、苦い顔をしていた。
「……なんだか納得いかないわね……」
「どうした? ヒルデ姉さん」
「いえね、誠治……。どうしてポムクルさんたちがあんなに動き回ってて、私は裏で食器洗いなのかしら? これってバイト入りたての新人がすることじゃないの? ねえ、違うの?」
「…………姉さん、そいつぁ聞くのはやぼってもんだぜ」
「どうして目を逸らすのよ!? ねえっ!? 誠治っ!? えっ、おーいっ!?」
 哀愁を漂わせながらさり気なく調理に戻った誠治を、ヒルデガルトはぽかんと見つめていた。
「だってあんた、料理させたらひどいだろ?」――とは、一言も言えない誠治である。
(すまんヒルデ姉さん! だから姉さんには! 姉さんにはぜひ、皿洗いの道を究めてもらいたいんだ!)
 知らない間に必要以上の期待を背負わされたヒルデガルトだった。

 そして一方――。
 キッチンでは、日堂 真宵(にちどう・まよい)が作ったカレーと、リリ・マクレラン(りり・まくれらん)が作ったファーストフードが振る舞わせていた。
「うまいのだー。絶品なのだー」
「このいかにも身体に悪いという感じのジャンクフード魂がたまらないのだー」
 カレーを食べ、ファーストフードをもぐもぐ頬張るポムクルさんたちが言う。
「HAMAHARA! 我が輩のつくったカレーがどうやらお気に召したようですねー!」
 キッチンの中にいるアーサー・レイス(あーさー・れいす)が独特の笑い声で大笑した。
「まあ、あなた……カレーだけは無駄にクオリティ高いものね」
 真宵は呆れながらも感嘆を含んで言う。
 なぜか服装はチャイナドレス風の格好だったが、わざわざそのことには触れなかった。
「リリの持ってきてくれたファーストフードも、気に入ってくれたみたいでなによりだわ」
「そ、そう? それなら良かったけど……」
 どう見ても十八歳ぐらいの女の子にしか見えないリリが、恥ずかしそうに返答する。
 これでまだ十四歳でしかないのだから不思議だった。
「でも、よかったのかな? ここって誠治さんのキッチンなんでしょ?」
「いいっていいって! 別に、わざわざオレのことなんか気にしなくても!」
 リリが気を使って言ったので、誠治は笑いながら言った。
 その手はまだラーメンを作っているが、リリたちに向けてにぱっと笑顔を見せる。
「このキッチンは誰のもんってわけでもないだからさ。イーダフェルトにいるみんなのもんだよ。だから、真宵やリリが一緒に料理を振る舞ってくれて、オレは嬉しいかな」
 そう言ってもらえると、二人の気持ちも楽になるというものだ。
「そっか。それなら良かった、かな?」
「さすが誠治。ラーメン作るだけあって、懐もスープみたいにでかいじゃない」
 真宵が冗談を言って、クスッと笑う。
「そ、そうか? にゃははは……」
 恥ずかしそうに、誠治は笑った。
 と、そこで――
「ところでルーク? ファーストフードの残りは大丈夫?」
 リリがふと気になったように、ルーク・ナイトメア(るーく・ないとめあ)にたずねた。
 持参したファーストフードが入っているカゴを手に、ルークはうなずいた。
「もちろんです、リリ。ちゃんとここに――」
 カゴを開けるルーク。
 その手が、ぴたりと止まった。
「あ、見つかったのだー」
「しまったなのだー。秘密の計画が台無しなのだー」
 いつの間にかカゴの中にはポムクルさんたちがいて、もぐもぐとファーストフードを食い散らかしていた。
「あ、あなたたちねぇ……」
 リリが怒りでぷるぷると震える。
「な、なんだかやばい予感なのだ……?」
「に、逃げるのだーっ!」
 カゴを出て、脱走を企てるポムクルたち。
 が、その前に――
「ゆるさなーいっ!!!!」
 リリが追いついて、ロープがぐるぐると簀巻きにされた。
「ぎゃああぁぁ、助けてなのだー!」
「われわれには守るべき人権があって保証されるべきなのだー!」
「問答無用! 食べた分はちゃんと働いてもらうからね!」
 かくして、ファーストフードを勝手に食い散らかしたポムクルさんたちは、しくしく泣きながら皿洗いに加わった。
「ははは……」
 誠治が苦笑いする。
 キッチンはやはりいつだって戦場だった。