校長室
リアクション
● 賑やかな通り沿いに、スーパーキッチンなるものがある。 それは渋井 誠治(しぶい・せいじ)とヒルデガルト・シュナーベル(ひるでがると・しゅなーべる)が考案した大型調理屋台で、言わば動く調理場とも言えた。 もちろんその性能はそこらのお店の専門的なキッチンに負けていない。あらゆる調理に対応するべく造られたそれは、複数の料理人が中に入っても十分に余裕をもって調理できるぐらいのスペースがあった。 「へいお待ち! 渋井ラーメン一丁!」 調理場で懸命にラーメンを作る誠治が、注文のラーメンを出す。 それを、キッチンを手伝ってくれているポムクルさんが二人がかりでお客さんのもとに運んでいった。 実はここ、かなりのお客さんが入って大盛況である。 キッチンの前には広い食事スペースがあって、そこに大勢のお客さんが入っているのだ。 中でもラーメンは人気商品だ。ずいぶんと並んでいる客がいて、ラーメンはまだかまだかと待ち望んでいた。 そしてキッチンをちょこまかと走りまわるのが、手伝いをしてくれているポムクルさんたちである。 注文を取ったり、料理を運んだり、テーブルを拭いたり、トッピングの仕上げをしたり――そこらのバイトよりよっぽど使える。 代わりにキッチンの裏で食器を洗ったりしているヒルデガルトが、苦い顔をしていた。 「……なんだか納得いかないわね……」 「どうした? ヒルデ姉さん」 「いえね、誠治……。どうしてポムクルさんたちがあんなに動き回ってて、私は裏で食器洗いなのかしら? これってバイト入りたての新人がすることじゃないの? ねえ、違うの?」 「…………姉さん、そいつぁ聞くのはやぼってもんだぜ」 「どうして目を逸らすのよ!? ねえっ!? 誠治っ!? えっ、おーいっ!?」 哀愁を漂わせながらさり気なく調理に戻った誠治を、ヒルデガルトはぽかんと見つめていた。 「だってあんた、料理させたらひどいだろ?」――とは、一言も言えない誠治である。 (すまんヒルデ姉さん! だから姉さんには! 姉さんにはぜひ、皿洗いの道を究めてもらいたいんだ!) 知らない間に必要以上の期待を背負わされたヒルデガルトだった。 そして一方――。 キッチンでは、日堂 真宵(にちどう・まよい)が作ったカレーと、リリ・マクレラン(りり・まくれらん)が作ったファーストフードが振る舞わせていた。 「うまいのだー。絶品なのだー」 「このいかにも身体に悪いという感じのジャンクフード魂がたまらないのだー」 カレーを食べ、ファーストフードをもぐもぐ頬張るポムクルさんたちが言う。 「HAMAHARA! 我が輩のつくったカレーがどうやらお気に召したようですねー!」 キッチンの中にいるアーサー・レイス(あーさー・れいす)が独特の笑い声で大笑した。 「まあ、あなた……カレーだけは無駄にクオリティ高いものね」 真宵は呆れながらも感嘆を含んで言う。 なぜか服装はチャイナドレス風の格好だったが、わざわざそのことには触れなかった。 「リリの持ってきてくれたファーストフードも、気に入ってくれたみたいでなによりだわ」 「そ、そう? それなら良かったけど……」 どう見ても十八歳ぐらいの女の子にしか見えないリリが、恥ずかしそうに返答する。 これでまだ十四歳でしかないのだから不思議だった。 「でも、よかったのかな? ここって誠治さんのキッチンなんでしょ?」 「いいっていいって! 別に、わざわざオレのことなんか気にしなくても!」 リリが気を使って言ったので、誠治は笑いながら言った。 その手はまだラーメンを作っているが、リリたちに向けてにぱっと笑顔を見せる。 「このキッチンは誰のもんってわけでもないだからさ。イーダフェルトにいるみんなのもんだよ。だから、真宵やリリが一緒に料理を振る舞ってくれて、オレは嬉しいかな」 そう言ってもらえると、二人の気持ちも楽になるというものだ。 「そっか。それなら良かった、かな?」 「さすが誠治。ラーメン作るだけあって、懐もスープみたいにでかいじゃない」 真宵が冗談を言って、クスッと笑う。 「そ、そうか? にゃははは……」 恥ずかしそうに、誠治は笑った。 と、そこで―― 「ところでルーク? ファーストフードの残りは大丈夫?」 リリがふと気になったように、ルーク・ナイトメア(るーく・ないとめあ)にたずねた。 持参したファーストフードが入っているカゴを手に、ルークはうなずいた。 「もちろんです、リリ。ちゃんとここに――」 カゴを開けるルーク。 その手が、ぴたりと止まった。 「あ、見つかったのだー」 「しまったなのだー。秘密の計画が台無しなのだー」 いつの間にかカゴの中にはポムクルさんたちがいて、もぐもぐとファーストフードを食い散らかしていた。 「あ、あなたたちねぇ……」 リリが怒りでぷるぷると震える。 「な、なんだかやばい予感なのだ……?」 「に、逃げるのだーっ!」 カゴを出て、脱走を企てるポムクルたち。 が、その前に―― 「ゆるさなーいっ!!!!」 リリが追いついて、ロープがぐるぐると簀巻きにされた。 「ぎゃああぁぁ、助けてなのだー!」 「われわれには守るべき人権があって保証されるべきなのだー!」 「問答無用! 食べた分はちゃんと働いてもらうからね!」 かくして、ファーストフードを勝手に食い散らかしたポムクルさんたちは、しくしく泣きながら皿洗いに加わった。 「ははは……」 誠治が苦笑いする。 キッチンはやはりいつだって戦場だった。 |
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