空京

校長室

選択の絆 第三回

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選択の絆 第三回
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【4】イーダフェルト発展記録 5

 高柳 陣(たかやなぎ・じん)は悩んでいた。
 場所はイーダフェルトのプレゼント工場である。
 せっかくティエン・シア(てぃえん・しあ)が提案して採用してもらえた施設なんだが、話によるとポムクルさんたちは上手くこの施設を活用できていないらしい。
 そこでいったい何が原因かと足を運んだのだが――
「そもそもクライアント先がほとんどいないのだー」
「毎日毎日修理ばっかりで飽きてしまったのだー」
 ポムクルたちはこの始末である。
「……お前たちに任せた俺がバカだった」
 はぁーっと、陣は深いため息をついた。
 どうやらポムクルさんたちはぽつぽつとしかプレゼントの注文を受けていないらしい。
 原因はいろいろあって、一つには宣伝不足。そもそもプレゼント工場が出来ていることを知らない。
 それからリピーターや、価格設定だ。ポムクルさん自身も、自分たちのプレゼントが喜ばれているのかどうかよく分かっていないし、オーダーメイドとなると金額も跳ね上がる。
「カタログとかどうだ? ラッピング方法も選べる感じで」
「おおっ! それは名案なのだー」
「さすが脳みそしか働かせる場所のない人間は提案には優秀なのだー」
「おい」
 ツッコまざる得ないことを言い出すポムクルの口を、ぎりぎりと引っぱる陣。
 と、戯れているのか怒られているのかよくわからないそんな二人のもとに、ちょうどティエンが戻ってきたところだった。
「お兄ちゃーん!」
「お……ティエンが帰ってきたな」
 神獣の子のフラルとともに戻ってきたティエンは、さっそくポムクルたちにビデオカメラを見せた。
「なんなのだー?」
「ふふっ……ポムクルさんたちがプレゼントを贈った人たちにね、感謝の気持ちをカメラの前で言ってもらったの。ほら、見て」
 そうしてティエンが見せたビデオカメラの映像に、数名の人たちが次々と映る。
 それぞれ手にはポムクルさんがつくったプレゼントが乗っていて、おじいちゃんおばあちゃんらしき人が孫にプレゼントしているものもあった。幼い少女が、「ポムクルさんありがとうー」と手を振ってる。
「これだけたくさんの人が笑顔になってるんだ……頑張らないとな」
 陣がそう言って、ポムクルさんを見た。
「うんっ! うん! 頑張るのだー!」
「やる気がみなぎってきたのだー!」
 現金なやつら……。
 陣は苦笑するけど、どこかそれには柔らかさがあった。
「せっかくだから、プレゼントには工場からのオリジナルカードでも付けたらどうだ? 喜んでもらえるし、身近に感じてもらえるぞ」
「おー、そのアイデアいただきなのだー。やっぱり考えるしか脳みそがない――」
「それ以上言ったら殺す」
「痛い痛い痛い痛いなのだー」
 ポムクルさんの両腕を引っぱる陣と、許してくださいと懇願するポムクルさん。
 ティエンはそれを見ながら、くすっと笑った。



「そこはかとなく強いがゆえにーっ!」
 いきなり訳の分からないことを言い出したのは、由乃 カノコ(ゆの・かのこ)だった。
 彼女がいるのはイーダフェルトの中心街である。
 通りを挟む左右にはいくつもの商店や露店が所狭しと並んでいる。
 中でも一際目立っているのが百貨店で、ポムクルさんが建てた特製の建物にはお店がいくつも出店していた。
「ちょいとちょいと、カノコちゃん」
 ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)がとがめるように声をかける。
「おんやニキータさん?」
 カノコがきょとんとしてふり返った。
「『おんや?』……じゃないわよ。今回はこの百貨店でイーダフェルト大バーゲンがあるのよ? そんなところでのんびり構えてる場合じゃないじゃない。ちゃんと宣伝しないと」
「ふっふっふ……。もちろん宣伝は忘れてはおらんですよ! カノコの力あれば、コレこの通り! 百貨店より舞い散れ紙吹雪ー!」
 と、カノコが叫んだその直後――
 百貨店の屋上からずばああぁぁんっとチラシが撒かれた。
 撒かれたというより、雪崩となって落ちたと言うことも出来る。
 窓の外ではチラシの山に埋もれた人々の悲鳴やら怒号やらが響いていた。
「…………ちとやりすぎた?」
「やり過ぎもやり過ぎよ。まったくもー……」
 ニキータは困ったように頭を押さえる。
 カノコはまったく気にせず、笑ったままだった。
「ぬはははは! こういうこともありんすってことやーっ!」
「ことやーって…………はぁ……」
 困り果てるニキータ。
 とはいえ……一応ながら宣伝にはなったらしい。
「わーい、バーゲンなのですぅなのだー」
 百貨店を勝手に宮殿と決めつけて住んでいる幻の女王エメネアポムクルさんも、バーゲンの大盛況に満足している。
 満を持して開催されたバーゲンには、数多くのお客とポムクルさんが訪れていた。
「押さないで! 押さないでくださ――きゃああぁぁぁっ!」
 エレベーターガールとして仕事に励んでいたカーミレ・マンサニージャ(かーみれ・まんさにーじゃ)も、ひしめく客にすし詰めにされる。
 ちんっ――とバーゲン会場の階につくと、客がどどどどっと勢いよく降りてゆき――。
 壁にめり込んだカーミレだけが残された。
「うっ……ううっ……私……こんなキャラじゃないですのに……」
 しくしくと泣くカーミレを尻目に、『仮想現実』 エフ(かそうげんじつ・えふ)はもぐもぐと恵方巻きを食べながらエレベーターを降りる。
「……ご苦労さま……もぐもぐ……」
 なぜか恵方巻きは絶対に離そうとしない。
 エフの背中を呆然と見つめるカーミレの前で、ぷしゅーっと音が鳴って扉が閉じた。
 後には寂しげな風が吹くが、エフは気にせずにバーゲン会場へ向かった。
 その途中では――カーミレとニキータが特殊な素材を用いて用意した、女王ポムクルさん用の特別なイコン、最後の女王器ゾディアックさんが安置されていた。
 ポムクルサイズになっているそのイコンの頭部には、ひらがなで『ぞでぃあっく』と書かれている。
 パシャパシャ写真を撮る人もいて、なんだか観光名所みたいになっていた。
 と――
「おや? エフさーん! こっちやー!」
 ようやくエフはカノコを見つける。
 彼女に呼ばれて、エフはもぐもぐと恵方巻きを食べながら二人のもとに向かった。
「あら? そういえばうちのカーミレは?」
 ニキータがたずねる。
「あっち…………もぐもぐ」
 エフが指さしたエレベーターは、またも人がひしめきあって降りていったところだった。
 そして残されているのは、やっぱりぐしゃぐしゃになったカーミレ。
「…………かわいそうだけど、見なかったことにしましょうか」
 ニキータの一言を残して、潰れたカーミレを乗せたエレベーターはぷしゅーっと閉じた。
 なんにせよバーゲン会場は賑やかなようである。ワゴンの中の商品を、次々と人々が、そしてポムクルさんが奪ってゆく。
「うんむうんむ、楽しければよし! これでこそMOTTAINAI精神や!」
 カノコがどこぞから取りだした扇子を手に笑った。
 確実に、イーダフェルト百貨店の未来は違う方向に向かっていた。