空京

校長室

選択の絆 第三回

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選択の絆 第三回
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【4】イーダフェルト発展記録 4

 イーダフェルトにお洒落なバーがあった。
 そこでマスターを務めるのは酒人立 真衣兎(さこだて・まいと)で、パートナーの曾我 剣嗣(そが・けんじ)はなぜか配膳だけを任されていた。言わばアルバイトのウェイター役である。
 その代わり、寡黙でバーテンダーなポムクルさんが真衣兎を手伝ってる。
 四人がかりになるが、見事な腕前でカクテルをつくり、さっとそれをグラスに注ぐ。
 カランッと氷が音を立てたカクテルを見て、剣嗣はぼやいた。
「……納得いかねー」
「なにがよ?」
 しゃかしゃかとカクテルをかき混ぜる真衣兎がたずねる。
 剣嗣はむきゃーっと両手を振り上げた。
「どーして俺じゃなくてこのちびっこどもがカウンターに立ってるんじゃーっ!」
「そりゃ――あんたよりこの子たちのほうが役に立つからでしょ?」
 くるんっと巻かれた髭を生やしたバーテンダーなポムクルさんたちは、剣嗣を見てフッと笑った。
「真衣兎ーっ! あいつらオレをバカにしてるーっ!」
「はいはい、わかったから。ウェイターも立派な仕事なんだし、ちゃんと頑張ってね」
 しくしくしく……と泣く剣嗣。
 けれども、ちゃんとお客さまにカクテルを運ぶのだから褒められたものだった。
「幸せな時間には、幸せなお酒が一番……。さーて、次はどんなものをつくろうかなー」
 真衣兎は透きとおるグラスを見ながら、そっとつぶやいた。



 トントンカンカン、トンテンカンカン……――
 イーダフェルトに金槌や施工の音が鳴り響く。
 それは各施設の建造をしたり、建物の修理をしていたりするポムクルさんたちによるもので、彼らもいい加減に疲れてきてくたびれてきたところだった。
 そこに――
「おーい、みんなー」
「持ってきましたよぉ〜」
 佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)レナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)の二人が、たくさんのお菓子を持ってやって来た。
 お盆に乗っているのは牡丹が開いた甘味屋の和菓子たちである。
 羊羹、甘納豆、栗饅頭、大福などなど……。色鮮やかな和菓子たちが並ぶ。
 わーっと駆け寄ってきたポムクルたちが、それを奪い合うように取っていった。
「わっ、ちょっと! そんな慌てなくてもみんなの分はちゃんとありますよ!」
「みんな、あわてんぼうさんだねぇ〜」
 ポムクルたちをたしなめる牡丹と、くすくす笑うレナリィ。
 すっかりお皿は空になって、ポムクルたちは思い思いの場所でお菓子にぱくついた。
「それにしても――」
 牡丹がふと気になって建物を見る。その顔はどこか苦々しい。
「あまり……作業は進んでないみたいだねぇ」
 レナリィも苦笑しながら言った。
 どうやらポムクルさんたちはすっかりやる気をなくしているらしく、作業もぽつぽつとしか進んでいない。
 お菓子を食べるのは早業なのに、働くだけ、というのにはどうにも気が乗らないようだ。
 そこで、レナリィはポムクルたちの耳もとでこそっと言った。
「完成したら、もっと特別なお菓子をご馳走するって、牡丹が言ってましたよぉ〜?」
「え、ちょ、レナリィっ!?」
 牡丹はそんな話まったく聞いていない。
 が、耳もとで囁かれたポムクルさんたちはぴくっと耳を動かして、ふつふつとやる気を漲らせた。
「労働者は目に見えた待遇があるなら頑張るのだー!」
「餌で釣られてもかまわない哀しい生き物なのだー!」
 再びわーっと建物に群がると、金槌を振るい、溶接道具が火花を散らす。
「…………責任、取ってくださいよ? レナリィ」
 牡丹がジトッとした目でレナリィを見た。
「あははは……」
 きっとこれから特別なお菓子をつくるために散々働かされるのだろう。
 レナリィは自分で言っておいてなんだが、苦笑を禁じ得なかった。



「ひとまず、ポムクルさん専用の病院をつくるというのはどうだろう?」
 ポムクルさんたちが建てている施設を視察して回っている幻の少女 エルピス(まぼろしのしょうじょ・えるぴす)にそんな提案をしたのは、経堂 倫太郎(きょうどう・りんたろう)だった。
 どこか軽薄そうな印象を受ける黒髪の青年の一言に、エルピスはんーっと考える。
「私一人では決断を下せないので……なんとも……。でも、似たような施設はありますよ?」
「というと?」
 倫太郎がたずねた。エルピスはイーダフェルトの中心に目をやった。
「戦闘制御区域には、ポムクルさんたちが扱えるような砲台はもちろん、傷ついたポムクルさんたちを治癒する施設もあります。マシンによる自動治療ですが……ポムクルさんたちはこの場所で生まれた特別な小人ですので。専門の治療が必要なんです」
「なるほど……」
 倫太郎はうなずいた。
 ポムクルさんを単なる小人と侮ってはいけないということだ。エルピスがイーダフェルトと一心同体であるように、ポムクルたちもまたイーダフェルトと密接な関係にある。治癒はその一環だった。
「しかし、精神年齢的には幼児に近いのでしょう?」
 倫太郎のパートナーであるウィリアム・チャロナー(うぃりあむ・ちゃろなー)が言った。
「だとすれば、幼稚園や保育園、もしくは学校のような施設が必要なのでは?」
「似たような施設というか……技術や知識の教育は、契約者さんたちや私が行っていますから、それほど心配はありません。それに……ポムクルさんたちの精神年齢が幼いのには、ちゃんと理由があるとも思っているんです」
「理由?」
「はい……。彼らはとても純粋ですし、無垢な心を持っています。それに触れることで私たちは少しだけ、さまざまなしがらみから抜け出せると思うんです。とても単純な、『楽しむ』という心のもとに……」
「ふぅむ……」
「もちろん、そればかりというわけにはいかないですけどね」
 エルピスは苦笑した。
「でもそういう場所もあっていいと思うんです。ポムクルさんたちはこの施設の住人という大事な役割がありますが、私たちに忘れてしまいそうなものも教えてくれると思いますよ」
「なるほどね」
 倫太郎はうなずいた。
 小さな子供と接したとき、どこか心がほっこりするのと同じようなものだ。確かにポムクルさんにかかれば、もしかしたら悩んでいたことは些細なことだと思ってしまうかもしれない。それがある意味では、イーダフェルトの願いなのかも。
「でも――」
 倫太郎は顔をしかめながら、ぷるぷると震えた。
 頭の上には数匹のポムクルさんが乗っている。
「ゆけー、巨大ロボなのだー」
「がしょーんがしょーんなのだー」
 などと言いながら、倫太郎の髪の毛を引っぱって遊んでいた。
「この『なのだー』の語尾と、やたらちょこまか動き回るのは勘弁ならーんっ!! お前らー! そこになおれーっ!」
「きゃーっ! ロボットが暴走したのだー!」
「逃げるのだー!」
 駆け回る倫太郎と、それから逃げるポムクルさん。
 エルピスと共に苦笑するウィリアムは、ぼそっとつぶやいた。
「どっちも子供、だな」