空京

校長室

選択の絆 第三回

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選択の絆 第三回
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リアクション


【4】コンサート開演!

 イーダフェルト中の契約者とポムクルさんたちが、コンサートホールの前に集まっていた。
 日下部 社(くさかべ・やしろ)が経営する846プロダクションが主催する、イーダフェルト特別コンサートが始まろうとしていたのだ。
 すでにホールには、いくつものビデオカメラやマイク、それからネット配信用の機材や、中継用の装置が置かれ、コンサートの模様と歌声は、イーダフェルトを守ってくれているシャンバラ軍にも届くようになっている。
 会場に集まった皆に向けて、社が高らかに言う。
「それじゃあ、皆々様、おまったせいたしましたー! 846プロダクション主催、特別コンサート開演やーっ!」
 わあああぁぁぁぁ! と、会場の人々が一気に盛り上がる。
 そうして、コンサートは開演を迎えた。



 コンサートには、846プロに所属してるアイドル、それにフリーで活動しているゲストまで呼ばれている。
 歌手やシンガーソングライター、プロのギタリストまで、様々なタイプのアーティストが勢揃いしているのだ。

 まずは846プロに所属しているアイドルの赤城 花音(あかぎ・かのん)黄瀬 春香(きせ・はるか)が会場を盛り上げた。
 この日のために用意した華やかな衣装に身を包んだ花音は、春香とともに新曲を歌い上げる。

 マーメイドの記憶のカケラ 響く儚い祈り
 涙で感じる懐かしい愛しさ 覚えてる? 柔らかな微笑み
 あなたに温もりを伝えたくて 笑顔の力言葉の力
 孤独な深海へ灯す光 宿命の終止符

 セピア色のオルゴール 奏でるメロディー
 幸せの歌 全てを乗せて 切り開く運命


 花音は赤を基調とした、そして春香は黄色を基調とした衣装だ。
 二人の歌手が左右で立ち並び、ステップを踏みながら歌い上げる曲は、美しくも力強い。
 誰も、春香が松本 恵(まつもと・めぐむ)だとは気づいていなかった。
 もちろん846プロの社長――社は気づいているが、わざわざそれを公言しようとは思わない。
 ステージ上にいる限り、恵は春香で、ファンのみんなに愛されるアイドルなのだ。

 そして、舞台袖ではリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)が花音を見守っていた。
(花音……君なら出来るよ……頑張って……――)
 歌で一つになる。
 それが今回のコンサートの目的でもある。
 もちろん、みんなの幸せ、幸福を願うことが、それに繋がる。

 アクアリウスは命の源 乾いた心を潤して
 太古の宇宙 根源は一つ 誰にも眠る伝説のカケラ
 平和の理想と戦乱の現実の狭間 戦争を止めて!
 迎えに行くよ 憎しみと悲しみを解かす船旅


 リュートは信じていた。
 きっと花音や春香の歌声が、人々の心を動かしてくれると。

 一緒にもっと遠くへ――


 舞台袖で進行役の補助を務めながら。
 リュートは花音が役目を終えて降りてくるのをずっと見守っていた。



 それからコンサートは、フリーに活動するアイドルや歌手たちによって盛り上げられた。
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)のギターを伴奏に歌を披露する遠野 歌菜(とおの・かな)は、『クリエイト・ワールド』と呼ばれる技によって歌のイメージの世界を具現化する。
 イーダフェルトの上空に青く澄み切った空が広がり、煌めく夜空と混じりあう。
 夜空に虹が生まれ、花や、大地や、川や、海や、草原が――さああぁぁと広がってゆく。
「みんなー! 一緒に歌ってねー!」
 歌菜はマイクを通じて会場にいる人たちに呼びかける。
 舞台袖からたくさんのポムクルさんがやってきて、くるくると踊って歌菜を引き立てた。
 その先頭に立ち――
「さあ、みんな! いくよ!」
 ポムクルさんたちを先導するのは、綾部 ヨーコ(あやべ・よーこ)だ。
 チアリングも出来るポムクルさんたちを引っぱって、楽器と一緒にダンスを踊る。
 ヨーコの奏でるベースの音は、羽純のギターと綺麗に重なり合った。
「……はぁー……面倒くさい」
 ヨーコに無理やり連れてこられたオーガスタス・バーク(おーがすたす・ばーく)は、のろのろとダンスを踊りながらぼやく。
 げしっと、ヨーコに蹴られた。
「ひどいっ!? なにするんだよ、ヨーコ!」
「ひどいじゃないよ。ほら、オーガスタスだって真面目にやらないと。ポムクルさんたちに笑われるよ」
「むっ……」
 見れば、ポムクルたちがくすくすとオーガスタスを指さしている。
「ぐおー! 負けてられっかー!」
 頭に血がのぼったオーガスタスは、むきになってダンスに全力を注いだ。
「……単純な人」
 呆れたようにぽつりとつぶやくヨーコ。
 が、どこかその顔はほほ笑んでいるように見える。
 くすっと笑みをこぼしながら、ヨーコは歌を盛り上げるためにベースの演奏へ戻った。
 そして一つ、一つ、また一つと、繋がってゆく。歌と、声が――。
(歌菜……俺たちは最後まで、諦めないんだよな)
 羽純はギターで曲を奏ながら、歌菜を見つめた。
 そこには一生懸命に歌って踊る彼女しかいない。けど、そうすることで少しずつ、心が揺り動かされてゆく。
(これが……――俺たちのやり方なんだ――!)
 羽純は最後まで、ホールの人たちと歌菜から目を逸らさなかった。



 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)で結成されたアイドルデュオ〈シニフィアン・メイデン〉は、ライブ会場を大いに盛り上げてくれていた。
 ノリのいいアップテンポの曲からコミックソングまで歌い上げるさゆみに、静かな声でしっとりとした曲調を歌い上げるアデリーヌ。
 二人の曲にはファンも多く、アイドルの追っかけをしている者たちも数多く押し寄せていた。
「さゆみちゃーん!」
「アデリーヌちゃーん!」
 声援には笑って手を振って答える。
 〈動の歌姫〉と〈静の歌姫〉の二人による歌は、聴く者の心を奮わせ、勇気を与えてくれた。
 ファンや、聴いている人たちの応援があれば、私たちはずっと歌い続けていられる――。
 さゆみはそう思う。そしてアデリーヌもまた、同じ気持ちだった。
「最後まで……――」
「……――諦めないですわ」
 二人はぐっと拳を握り、それをぶつけ合う。
 きらめく汗が、二人の歌に祝福をくれた。



 椎堂 朔(しどう・さく)満月・オイフェウス(みつき・おいふぇうす)の二人は、クールな歌声で会場を盛り上げた。
 凛として、それでいてハッキリとした歌声。そんな朔の歌に、会場の人たちは思わず釘づけになる。
 オイフェウスの歌がコーラスのようにそこに添えられ、二重の歌声が響き渡った。
「……すごい……」
「なんて声なの……」
 朔は歌に関して本格的になにかをしたわけではない。
 だから、そのパフォーマンスも歌声も、激しく、荒削りだ。
 だけど――人を引きつける何かがある。会場の人々はそれを感じ、思わず歌姫の姿に目を奪われてしまっていた。
 そして、朔の出番が終わると――今度は蓮見 朱里(はすみ・しゅり)が姿をあらわす。
 一部では天性の歌姫だと噂される彼女の出番に、会場は熱気に包まれた。
「おおおおおおぉぉぉぉぉ……――!」
 それを舞台裏で見ていたアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)は、朱里が耳につけているイヤーマイクを通じて言う。
「…………聞こえるか? 朱里」
 と――
「――うん」
 朱里の芯のある声が聞こえた。
「これが、みんなの願いだ。そしてみんなの声だ。君は、それに応えなくちゃならない」
「……わかってる。……わかってるわ……アイン……」
 舞台上の朱里が顔をあげる。
 何千、何万という、人の数……。その熱気と声援を受けて、朱里は奮い立つ。
「生きてゆくんだもの……――私たちは――」
 呟き、覚悟を決めた。そして、朱里は歌い始めた。
 皆の声と声を、繋ぎ合わせるため――。



 コンサートの様子は、ネット配信で会場に来られなかった人のもとにもスマートフォンや携帯を通じて届けられた。
 エネルギー実験をしていた近遠のもとにも。戦闘制御区域にいたグラルダやカッチンのもとにも。
 百貨店で、屋上から『ぞでぃあっくさん』の頭の上に乗ったまま、空を見上げている女王ポムクルさんのもとにも。
 そして――イーダフェルトの外で必死に戦う者たちのもとにも。
 とあるイコンに取りつけられたヘッドフォン型の大型スピーカーを通じて、戦場に歌が届けられる。
 契約者の歌う声には力がある。
 朱里の歌は『トランスシンパシー』の力によって、人々の願いや心を力に変えてゆく。増幅されたエネルギーが、イーダフェルトの外で戦う者たちを応援し、援護する。
 力の漲ってきたシャンバラ軍のイコンたちが、次々と敵を蹴散らしていった。
 そして――
「それでは最後は……白石忍とリョージュ・ムテンによる、戦場の歌や!」
 進行役の社の声とともに、ホールの大型スクリーンに白石 忍(しろいし・しのぶ)リョージュ・ムテン(りょーじゅ・むてん)の姿がぱっと映った。
 二人はコクピットに取りつけられたマイクを手に、歌声を届けた。
 その声に――会場は一つになった。
 手を振り、声を揃え、同じ歌詞を、同じ歌を、ともに歌う。
 そのとき――イーダフェルトの中枢に変化が起こった。
「あれはっ……!?」
 エルピスが驚きの声を発した。
 輝く光のようなものを集めたイーダフェルトの中枢は、どんっと光を飛ばした。
 それはイーダフェルトの空に向かうと、弾け、散り、イーダフェルトを囲むように、いくつもの方角に分かれる。
 そして、それらの光が線と線を、点と点を結び、一つの大きなドームを創りあげたとき――
 イーダフェルトは完全に――星辰結界に守られた。
「よっしゃああ! 成功やぁ!」
 社がガッツポーズする。
 星辰結界の中にいたソウルアベレイターは力を失い、動きは鈍くなる。逆にシャンバラ軍の契約者たちは、身体の底から溢れ出る力を感じていた。
「これが……星辰結界の力……」
 エルピスはイーダフェルトの秘めたる力に、驚きを隠せなかった。
 皆の心が一つになったとき――星辰結界は初めて、その真価を発揮した。