空京

校長室

選択の絆 第三回

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選択の絆 第三回
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【4】イーダフェルト発展記録 3

 そこはイーダフェルトに建てられた温泉施設だった。
 なんでもポムクルさんたちがちゃんと運営出来ていないからということで、月詠 司(つくよみ・つかさ)藤崎 凛(ふじさき・りん)、それに羽切 緋菜(はぎり・ひな)たちが見学にやって来たのだ。
 すると――嫌な予感は的中する。
 ポムクルさんたちはすっかり温泉で遊びまくっていた。
「れっつごー! ジャスティス回転飛び込みなのだー!」
「なんの! ならばこっちはスプラッシュマウンテンなのだー!」
 あちこちに温泉水が飛び散り、石鹸は転がり、鏡は割れている。
「こんなことではないかと思っていましたが……うーん、困りましたね」
 予想通りと言えばそうが、月詠 司(つくよみ・つかさ)は頭を悩ませた。
 どうやらポムクルさんたちは“温泉”というものが何たるかをまったく理解していないらしい。まるで温水プールさながらのはっちゃけぷりだった。
 ただし、それはそれで面白そうだとシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)は言うが。
「人生、楽しけりゃナンボなんだから! 温水プールだっていいじゃない! というかいっそ温水プールにしましょうよ!」
 ぐっと拳を握りしめるシオン。
「いやいや、シオンさん……」
 シェリル・アルメスト(しぇりる・あるめすと)が苦笑しながらそれを止めた。
「それなら何のための温泉かわからないじゃないですか。ポムクルさんの身体を休めるためのものだったんでしょう? 温水プールだと、逆にまた遊び疲れますよ」
「むー。いいじゃないちょっとぐらいー」
 シオンは唇を尖らせる。
「……とにかく」
 冷静に、緋菜が話を戻した。
「あのちっこいのにちゃんと温泉の使い方を教えればいいのよね。そうしたら、温水プールはまた別で考えましょう。……採用されるかどうかはわからないけど」
「温泉の中に別枠で作れば大丈夫!」
 こういうときにだけは頭を働かせるシオンである。
 拳を握ったシオンに、緋菜はやれやれといったように頭を振った。
「大丈夫かしらね……」
「あはは……」
 緋菜の苦悩のつぶやきに、羽切 碧葉(はぎり・あおば)は苦笑いするしかなかった。

 そうして、ようやくポムクルたちに温泉の使い方を教えることになったのだが――。
「あっ、こら! 石鹸を投げ合って遊ばないってさっきも言ったでしょう!?」
「ひいいぃぃ! 止めてくださいポムクルさん! サウナに閉じ込めるのは反則ですよ〜〜〜っ!」
 これがえらく大変で、特になぜか緋菜と司の二人はポムクルさんたちにいいように遊ばれていた。
 まるでシオンみたいに、クックックッ、とあくどい笑みを浮かべるポムクルさんたち。
 いつの間にかシオンも混じって、一緒にサウナにかんぬきをかけていた。
「あ、あつっ!? あついっ!? シオンくんっ!? これはもう殺人に当たりますよ〜〜っ!?」
「だーいじょうぶだいじょうぶ。契約者は身体は丈夫なんだから、死なないって。……ただ、死ぬほど暑くなるけど」
「ひどい!? ぎゃああぁぁぁ! 温度がどんどん上昇してゆく〜〜!?」
 すっかり遊び道具になっている司だった。
 その間、凜やシェリルたちは他のポムクルさんの世話をしていた。
 まずは温泉の浸かり方から。そして湯からあがったら、せっかく温泉なのだし、ということで浴衣を用意してあげた。
 ミニサイズの浴衣をポムクルさんたちに着替えさせる凜。きゅっと帯もしぼって、完成だった。
「うん、これでよし! って、シェリルは何してるんですか?」
「この子たちが脱ぎ散らかした服を片づけてるんだよ」
 まだまだはしゃぎ足りない子どもなポムクルさんたちは、ご丁寧に服を畳むということを知らないのだ。
 すっかり主夫みたいになって、服を一着ずつ畳んでゆくシェリルをよそに、凜はポムクルさんたちをマッサージする。
「かゆいところはないですか〜?」
 たずねると、ポムクルさんたちはとろける顔で口々に言った。
「ないのだー。幸せなのだー」
「これなら毎日だってやってもらいたいのだー」
 凜はくすっと笑う。
「さすがにそれは無理ですけど……でも、出来る時にはいつだってしてあげますわ」
 凜のマッサージで大人しくなったポムクルさんたち。
 それを見ながら、シェリルはやさしげにほほ笑んだ。

 そしてなんとかようやくポムクルさんたちを温泉に浸からせた緋菜と碧葉は――
「ふー、極楽極楽……」
「ご苦労さまでしたね、緋菜」
 二人で一緒に仲よく温泉に浸かっていた。
 一部、まだビーチ版とか持ち出して遊んでいるポムクルさんも見られるが――最初に比べればずいぶんと大人しくなったものだ。
 頭の上にタオルを乗せて、ゆっくりと湯に浸かっているポムクルさんもいた。
「そういえば、温泉と言えば卓球台がつきものですよね?」
 碧葉が言った。緋菜はうなずく。
「そういえばそうね。この後、一緒にやる?」
「いいですね。負けませんよ」
「こっちこそ」
 二人はお互いにくすっと笑って、この後のスケジュールを楽しみにした。
 が、それはともかく――
「碧葉…………またあなた、大きくなったわね」
「ひぇっ!? ひ、緋菜っ! どこ見てるんですか!」
 緋菜はじーっと碧葉の胸を見ていた。
 豊かにふくらんだ胸はまるで風船みたいに湯に浮かんでいて、なんだかそれだけで興奮させられる艶がある。
 ついに我慢出来なくなった緋菜は、ふいにその胸をむんずと掴んだ。
「きゃあっ! な、何するんですか緋菜!?」
「いや、サイズのチェックを……と」
「そんなものいましないでください!」
 わきわきと手を動かす緋菜に、顔を真っ赤にした碧葉が叫ぶ。
 緋菜は手の感触を思い出しながら、ぼそっとつぶやいた。
「……やっぱりまた大きくなったかなぁ……」
「いや、あの……緋菜……? もしもし……?」
「帰ったらまた詳しくチェックしよう。うん、そうしよう」
 独り言だと気づいていない緋菜の心の声はダダ漏れである。
 碧葉はこの後に待っているお胸チェックを考えて、なんとか逃げられないものかと思った。



 そこはイーダフェルトの離れにある庭だった。
 のどかな空気で溢れる草木の園には、色鮮やかな花がいくつも植えられている。
 そんな庭の中心にある木の下で、及川 翠(おいかわ・みどり)ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)はわたげ大隊や『影に潜むもの』の黒い狼たちと一緒にのんびり過ごしていた。
「はにゃ〜……幸せなの〜」
 巨大わたげうさぎであるの身体にもたれかかりながら、翠はゆるんだ顔をしている。
 それを見ながら――
「もう、翠ったら……」
 ミリアは呆れたように言った。
 二人の周りにはちょこまかと動き回るポムクルさんたちがいた。わたげ大隊のわたげうさぎたちや、そのリーダー格であると一緒に走りまわったり転がったりして戯れている。
 よく見れば、苺の体毛の中にも、数匹のポムクルさんが寝転がっていた。
「すっかり、ポムクルさんももふもふ漬けね」
「ミリアが変に洗脳しまくるからなの〜。ポムクルさんたちがもふもふに執着するようになったの〜」
 見れば、ポムクルさんたちは黒狼に乗って数匹のわたげうさぎを捕獲にかかっていた。
 もはや密猟する悪人面である。
 ミリアは苦笑した。
「で、でもっ……みんなが仲よくなったから……良かったんじゃない……かな……?」
「いま、いろいろ自分でも誤魔化したの」
 ぎくぅっ、とミリアの心臓から擬音が飛び出た。
 が、ミリアはうなずき、拳を握った。
「みんなをもふもふ好きにさせることが目的だったんだから、これでいいの! 正解! 万事オッケー!」
「ついに開き直ったの……」
 呆れる翠。
 けど、翠ももう眠い。もふもふに埋もれていると、すっかり眠くなる。
「おやすみなさいなの〜」
 そうして翠は眠りについた。
 ミリアはそんな彼女の寝顔を見てくすっと笑う。
 そして、わたげうさぎの抜け落ちた体毛でつくったもふもふ布団を、翠の身体に被せてあげた。