空京

校長室

【蒼空のフロンティア最終回】創空の絆

リアクション公開中!

【蒼空のフロンティア最終回】創空の絆
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リアクション


繋がれる絆 3

「セリシア、あんたはイオリと、後ろの人をお願い! 前のよく分かんない怪物はあたしがやるわ!」
「はい、分かりました。……すみませんカヤノさん、支援することも出来ませんで」
 申し訳無さそうな顔を浮かべたセリシア・ウインドリィ(せりしあ・ういんどりぃ)へ、羽を広げたカヤノ・アシュリング(かやの・あしゅりんぐ)が「気にしないで!」と言い残して飛び立っていく。
「セリシア、カヤノの言う通り、気にするでない。……イルミンスールの森が今一歩、届いてさえおればな」
 サティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)が視線を向けた方角、今も成長を続けるイルミンスールの森。その中であればセリシアもおそらくは怪物に対抗するだけの力を発揮できたかもしれないが、大荒野には彼女が利用できそうな物は少なかった。
「……それを言うならカヤノさんだって、万全ではありません」
 それでも、セリシアはどことなく不満顔であった。サティナは苦笑を混じえつつ、『姉』としてセリシアに言い聞かせる。
「あいつはまぁ、元々前方での戦い向きだからだの。適材適所、というやつだの。
 我々の為すべき事は、儀式場を護る契約者を支援すること。彼らの力となり、いざという時は電撃でもって怪物を退かせる。……精霊長の力、当てにしておるぞ?」
 サティナの視線と言葉の意味を正しく理解したセリシアが、一息ついた後で「お任せください」と告げ、土方 伊織(ひじかた・いおり)に向き直る。
「行きましょう、伊織さん。祈りを届けようとする皆さんを、私たちが護りましょう」
「はいです! セリシアさん、僕たちも祈りましょう。
 僕とセリシアさんが、そしてここに居る皆さんが、一緒に未来を歩めますようにって」
 伊織が伸ばした手を、セリシアがしっかりと握る。二人並んだ背中をサティナが見つめながら、彼女もまた祈りを捧げる。
(精霊と人が良き未来を歩めるように。
 ……くくっ、我としたことがらしくもない。セリシアと伊織のこれからを弄って遊びたい、うむ、これじゃな)
 ひとしきり笑って、サティナも二人を追って地面を蹴った――。

『――――!』
「うるさいわね! 黙りなさい!」
 咆哮をあげる怪物の口に、カヤノが氷柱を撃ち込んで黙らせる。彼女も精霊長でありかつ契約者、一体の怪物には遅れは取らない。
「どんだけ湧いてくんのよ、あぁもう!」
 ……しかし、数が数だ。そしてカヤノも疲労と無縁ではない。周囲の怪物をあらかた黙らせ、怪物が別の場所へ移動を始めたのを見て追おうとしたカヤノは、足をもつれさせて転んでしまった。
「……あー……疲れたわー……」
 どうやら張り切り過ぎたらしい。カヤノは羽を仕舞って仰向けに転がり、空を見上げる。
「ミオ……あんたこんな時なのに、何してんのよ……」
 言いながらカヤノは、でももしミオがこの場に居たとしても、戦ってほしくはないな、と思った。
「ただ、傍に居てくれればそれでいいのよ。そうしたらあたしが全部やっつけてやるから……」
 呟きが空に消えようとしたその時――。

「カヤノさん」

 耳に届いた声。……片時も忘れたことのない、声。
「!」
 閉じかけられた目がパッ、と開く。それまでの疲労が吹き飛んだかのように身を起こせば、変わらぬ姿の――いや、少しだけ背が伸びたような気がした――赤羽 美央(あかばね・みお)が立っていた。
「カヤノさん、まずはその、ごめんなさい。ぶらーっと旅に出たら思いの外時間がかかりまして……長い間、待たせてしまいました」
 ぺこり、と頭を下げ、困ったような申し訳無さそうな、そんな感情を含んだ微笑を見せた美央を前にして、カヤノは次の言葉を紡げなかった。会えたら言ってやろうと思っていた文句の数々は、頭の中から綺麗さっぱり消え去っていた。
「声が……聞こえたんです。ここに来れば、カヤノさんに会えると思いました」
 アーデルハイトがカヤノに渡したメガホンのようなものは、しっかりと効果を発揮していたようだった。
「ぅぁ……ぁぁぁ……」
 カヤノがポロポロと涙を零す。美央がカヤノの目前まで歩み寄って、そっと両手を前に差し出した。
「私、旅に出て、分かったんです。……私が帰りたい場所は、カヤノさんの居る場所なんだって。カヤノさんが居なかったら、旅に出ることも出来ないんだって。
 ……あはは、自分でも、びっくりしました。私は私が思っている以上にその、カヤノさんのことが――」

「オウ、ミオじゃないですカ!」

 狙ったかのようなタイミングで、ジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)が二人の会話に割り込んできた。
「…………」
「…………」
 そして当然というか何というか、氷よりも冷たい視線を二つ向けられる。
「ハハハ、ミーはお邪魔ソーデスネ! 素直じゃない人ドーシだと、大変デス!
 ミーは聞こえないヨーニ戦ってマスカラ、お幸せニー!」
 しかしジョセフは効いた素振りも見せず、カラカラと笑って立ち去っていった。
「……何だったの、あれ」
「さあ……」
 残された二人は疑問符を一杯浮かべて首を傾げた。
「まぁ、いいわ。……ねぇミオ、さっきあんた――」
「あああ、今の話は終了です! ほらまだ戦い続いてますし! 死んだら元も子もないですし!」
 ぶんぶんと手を振って、美央が話を終わりにしようとする。
「ミオ」
 カヤノがその振られた両手をバシッ、と取って逃げられないようにした上で、名前を呼んだ。
「あたしはこの戦いが終わったら、ミオと一緒に旅に出てもいいわ。……ううん、ミオと一緒に居られるなら、なんだってする。
 あたしはもう、ミオと離れたくないの。お願い答えて、ミオ、あたしのこと、好き?」
 鋭く向けられた、どこまでも真っ直ぐな問いに、美央はしばらく視線を彷徨わせていたが、やがて覚悟を決めたように一点、カヤノの目を見て告げた。

「好き……ですよ。その、色んな意味で」
「うん! あたしもミオのことが、好き!」

『――――!』

 いつの間にか二人を取り囲んだ怪物が、その幸せな空間を終わりにしようと飛びかかった。
 ……しかし彼らは直後、知ることになる。自分達が最も最悪なタイミングで飛びかかった事に。

「「黙りなさい!!」」

 カヤノの背後から襲い掛かろうとした怪物は、美央の突き出した槍に。
 美央の背後から襲い掛かろうとした怪物は、カヤノの繰り出した氷刃に、それぞれ貫かれる。
 その他から襲い掛かろうとした怪物は、上空から降り注いだ氷柱に押し潰されて動きを止めた。

「さ、行きましょ、ミオ!」
「……はい!」

 カヤノが伸ばした手を美央が取って、そして二人は怪物の群れへと分け入っていった――。


(……美央をパラミタに連れてきたのは、どうやら、正解だったようデスね)
 小さくなっていく背中を見送り、ジョセフが過去に思いを馳せた。――焼け落ちた建物を呆然と見つめる、小さな女の子。
(火事で家族を失い、虚ろな目をする彼女を見て、ミー……いえ、私は彼女を救おうと思った。
 それは私の気まぐれ……いえ、恋人を亡くした私自身を救うためでもありまシタ)
 ……そして、今。あの時契約を交わした少女は成長し、共に歩む者と巡り会い、未来へ進もうとしている。
(まるで自分の事のように、心地よいものデス。
 カヤノサン、美央をお願いしマス。これは私からの、ほんの手向けと思ってくだサイ)
 ジョセフが両手に魔力を宿らせ、後方から前方へ勢い良く振る。生じた炎が美央とカヤノを脇から襲おうとした怪物を包み、焼き尽くしていった。
 ――それはジョセフからの、『炎は奪うばかりでなく、護ってくれるものでもある』というメッセージでもあった。

 ツァンダに近い側の戦場でも、契約者と怪物の戦闘は絶えず繰り広げられていた。今また一人、怪物の突進を食らった契約者が地面を転がされた。
「くそっ、数の上では圧倒的不利……だが!」
 すぐに起き上がり、ふらつく足を気合で抑え込む。その瞳に闘志は未だ、尽きていない。
「……! これは……」
 と、彼の後方から飛んできた魔弾が足元に着弾し、爆発ではなく癒しの力を吹き上げる。発射元を確認すべく後ろを振り返れば、銃を手にしたレン・オズワルド(れん・おずわるど)の姿があった。
「さあ、行け。君はまだ戦える、戦う意思を宿している。背中は俺たちが護る」
「……ああ、ありがとう!」
 礼を言って、契約者が再び前線へと駆け出していく。その後ろ姿を見送っていたレンが視線の先、今まさに手負いの契約者へ襲い掛かろうとしている怪物を捉えた。
 サングラスを外した瞳が鋭く光り、しかし猛然と割り込んだ二人の戦士を認めて輝きを収める。怪物の相手は彼らに任せると決め、レンは仲間に連れられて撤退する契約者の治療を行うべくそちらへ向かっていった――。

「そこだっ!」
 ガウル・シアード(がうる・しあーど)の振るった拳の先から、絶対零度の冷気が放たれた。冷気は怪物の動きを鈍らせ、決定的な隙を晒させる。
「――――」
 風を切る音と共に、アメイア・アマイアが怪物の懐へ潜り込むと同時、振りかぶった拳を突き出す。女性の細腕からは想像もつかない速度と威力でもって放たれた拳は怪物の急所を打ち砕き、襲いかかっていた別の怪物をも巻き込んで吹き飛ばした。ガウルとアメイアは戦闘を開始してからこの方法でもって、数多くの怪物を屠ってきた。
「ガウル、疲れてはいないか?」
 今もこの場の怪物を退け、一時の休息を得た二人。アメイアが汗を拭うガウルに声をかける。
「疲れはあるが、大丈夫だ、戦える。……この場の誰も、死なせはしない」
 握った拳に誓うように告げたガウルへ、アメイアが微笑みを向けて言った。
「その意気込み、戦士として良し。……だがお前を死なせるような事があっては、レンが悲しむ。
 レンが皆を護るというのなら、私はレンと、彼が大切にする者を護る」
 一切の躊躇なく言い切ったアメイアに、ガウルも表情を和らげて言う。
「では私はあなたを護ろう。それがレンの望みでもあるはずだから」
「フッ、頼りにさせてもらおう! さあ、行くぞ!」
 拳をパン、と打ち付け、アメイアが姿を見せた怪物へ先制攻撃とばかりに、顔面へ蹴りを浴びせる。悲鳴もあげられず地面を転がる怪物へ目もくれず、怪物を蹴った反動で左右から出現した怪物の包囲から飛び退いたアメイアは右の怪物の足元が凍らされているのを認め、注意が逸れている一瞬の間に懐へ踏み込み、致命的な一撃を繰り出す。残る一体がアメイアの背後を狙うが、そんな真似をガウルが許すはずもなく、自ら飛び込んでの拳を脇に食らった怪物はうめき声のようなものをあげながら崩れ落ちていった。

「そういえば姫子さんは、どうしてこちらに? てっきり豊美さんと空京を護っているものと思っていました」
 次百 姫星(つぐもも・きらら)の問いに、怪物を惑わす術を行使した高天原 姫子が答えた。
「その豊美に頼まれたのでな。「私の代わりに、祈りを届けようとする皆さんを護ってください」と。
 空京は私が必ず護ります、と豪語しおったからな、お手並み拝見じゃ」
 姫子の回答に、何故か姫星はふふっ、と笑っていた。何がおかしい、とばかりに姫子が視線を向けると、姫星は笑った表情のまま言った。
「姫子さん、豊美さんのことをちゃんと信頼しているんですね」
「な、何故そうなる!?」
 反論しようとした姫子だが、姫星が表情を変えないのでそれ以上言葉を紡ぐことも出来ない。
「……私は、パラミタに来て良かったと思っています。姫子さんや豊美さん、たくさんの友人が出来ました。
 そして今、このパラミタが消えてなくなってしまうかもしれない。私はたくさんの思い出をくれたこの世界を、無くしたくはありません!」
「バシリスも、この世界でやりたいこと、まだまだ沢山あるネ! 終わらせるわけにはいかないネ!」
 同調するように言い放ったバシリス・ガノレーダ(ばしりす・がのれーだ)、そしてグッ、と拳を握って答えた姫星に、姫子は素直な笑みでもって言った。
「大切な友がそう言うのだ、全力でもって応えねばな。……ほれ、そこの怪物は既に正気を無くしておる。行け、姫星、バシリス!」
 姫子が示す先、術にかけられた怪物は襲うべき対象を見失い、当たり散らしていた。
「姫子さん……はい!」
「行ってくるネー!」
 姫星とバシリスが同時に、爆発的な加速でもって怪物へ迫る。
「チェストォォォォォ!!」
 まず姫星の突き出した槍が、怪物の懐へ突き刺さる。悲鳴をあげながら崩れ落ち、動きが鈍った所へ再度渾身の突きが頭部を砕き、怪物は今度は悲鳴をあげることなく消え失せた。
「ソレソレソレー!!」
 別の怪物に対しバシリスは空中に浮いたまま、踏みつけるような蹴りを連続で浴びせる。胸元辺りを何度も蹴られ、怪物は二歩、三歩と後ずさった。
「これで終わりネー!」
 最後の蹴りを利用して宙に飛び上がり、反転しての風の刃の如し蹴りが、怪物の喉元を深々と切り裂く。血を吐くように黒々とした何かを吐き出した怪物は苦しむような仕草を見せながら地面に倒れ、やがてその身体は塵となって消えていった。

 自らも祈りを捧げつつ、同じように祈りを捧げる者たちを護るために戦う契約者。……その中でリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)はと言うと、少々事情が異なっていた。
(この戦いの結果がどうあれ、今のこの世界がなくなるのは同じこと。……つまり、勝った負けたなんて考え方はまったくの無意味なのよ。
 それなら、どっちに転ぼうと『あの時はあんなことがあったんだ』って、みんなで振り返れるのが一番いい。
 お互いが全力を出して理想をぶつけ合ったんだから、それ以上の結果なんて生まれない)
 常々リカインは、正義と悪という二元論に異議を唱えていたし、嫌っていた。片一方を悪と決めつけ排除するやり方は傲慢で、結局は言い訳に過ぎない、と。
 ……ただ、もしも飛鳥 馬宿がこれを聞いていたなら、『リカインが正義と悪の二元論に嫌悪感を表すのと、祈りを捧げる・捧げないは別ではないか?』と指摘したかもしれない。リカインの思う『お互いが全力を出して理想をぶつけ合う』とはまさに、互いが祈りを抱き、捧げ、相対し合うことではないか。祈りを捧げていないリカインは、まずその土俵に立っていないのではないか……と。
 だが馬宿は特にリカインに詰め寄る事もなく、怪物の声を聞き、危険を未然に察知した上でリカインやウェイン・エヴァーアージェ(うぇいん・えう゛ぁーあーじぇ)、他の契約者に迎撃を指示していた。……決して馬宿がリカインの思う所に気付かなかったわけではないが、指摘に対する反論の反論を描けなかったのだ。
(人の思いは千差万別であり、優劣を付けられるものではない。
 ……だが事象の後には必ず結果が伴う。我々に出来る事は、起きた結果を真摯に受け止め、過程を良き思い出として振り返ることのみ)
 リカインの意見に同調するような思いを抱きながら、馬宿は儀礼場を護るために奮戦する。