空京

校長室

【蒼空のフロンティア最終回】創空の絆

リアクション公開中!

【蒼空のフロンティア最終回】創空の絆
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リアクション


祈りよ届け 3

 最前線で戦う者もいれば、戦いに向かない者もおり、彼らは彼らのやりかたで、その力を尽くしていた。
 クローディス・ルレンシア(くろーでぃす・るれんしあ)もその一人である。
 個人では身を守る以上の力は無いが、自らの調査団員を率い、その所有する知識と財産のすべてを惜しげなく持ち出して、防衛線の一端を担っていた。
「どうすんの、これも使っちゃう?」
 同じく団員のフェビンナーレが示したサークレットも所謂秘宝の類だが、クローディスは迷わず頷いた。
「出し惜しみは無しだ、死んだら元も子もないからな」
 応じて、フェビンナーレも躊躇いなくサークレットの力を解き放って、周囲の地面をバキバキと敵ごと凍らせて行く。そこへ、これも秘宝にあたる鎚を担いだコンナンドが、力任せに一体一体破壊して回るのを、他の団員がサポートしていく。危険な遺跡に飛び込んで行くことも多いため、そこそこに場数は踏んでいる彼らである。熟練とはいかないまでも、雑魚程度なら捌くのは訳ない。とは言っても、それを可能にしているのは、最前線の怪物の波をディミトリアス・ディオン(でぃみとりあす・でぃおん)達が抑えているためだ。そして、最後の一線をクローディスの所蔵の中でも「とっておき」――体力を食うの代わりに、使用者以上の力量を持つ敵の通過を拒む結界が、阻んでいた。
「こういう時こそ、ツライッツさんの出番じゃない?」
 クローディスのパートナーの機晶姫であり、まさにこの時の為にあると言えるタイプの兵器ツライッツ・ディクス(つらいっつ・でぃくす)の不在に、フェビンナーレが愚痴ると、クローディスは笑う。
「適材適所だ。あいつがきちんと兵器としてあれるのは、私の傍じゃないってことだな」
 いくらか複雑そうなのは、マスターとして意に添えてやれないこと、何より、親代わりだった相手が自分ではない家族を持ったことへの寂しさだろう。
「ま、いない人のこと考えてもしょうがねえだろ。こっちはこっちの出来ることやるまでだ」
 僅かにリーダーに流れた微妙な気配を打ち消すようにコンナンドがそう纏め、クローディスが頷いた、その時だ。定時の通信より早く端末が鳴ったのに、首を傾げながら通話に切り替えると、そこから、自分の名を呼ぶ叶 白竜(よう・ぱいろん)の声が聞こえてくるのに、クローディスは思わず目を瞬かせた。
「……君か?」
 最前線へ向かっていると聞いたはずの相手からの声に、意外、といった声を上げてクローディスが「声が聞けるとは思わなかったな」と少し笑ったのに、白竜が手短に状況を説明すると、同じく状況を交換した互いの間に短い沈黙が落ちた。
 危険は承知している。同じだけ、必要な事も理解している。心配するなと言ったところで、それをせずにいられないのは当たり前だ。無茶をするなという無駄な言葉も、大丈夫かという野暮な心配も呑み込んでしまうと、口にすべき言葉が浮かんでは消えて纏まらない。数秒後、口を開いたのは白竜だった。
「必ず生きて帰ります」
 短いが、強い決意の籠もった言葉に、クローディスは頬を緩めて「ああ」と頷いたのだが、そのまま彼女が何を言うより一呼吸早く、声は続いた。
「……そうしたら……私と共に生きて欲しい」
 一瞬、何を言われたのかときょとんとし、続いて理解が遅れてやってくるのに、クローディスは珍しくあわあわと取り乱して「あ、余り驚かせてくれるな、心臓に悪い」と僅かに声を裏返えらせた。
「それに、そう言うことは、ちゃんと顔を見て言うもんだ」
 そうは言ったが、返答を待つような沈黙に耐えかねたように、クローディスは照れ臭げに視線をさまよわせて一度深く息を吐き出して口を開いた。
「その、だから、君が帰って来てもう一度言ってくれるのを待っている。後でやっぱり止めます、は無しだからな……!」
 言うだけ言って、照れ隠しとも時間切れともつかないタイミングで通話を切って、大きく息を吐き出したクローディスに、フェビンナーレはわざとらしく肩を竦めて見せる。
「あんまりフラグ立てないでよね、リーダー」
 からかうような言葉だったが、クローディスはふふん、と笑った。
「生憎、生き意地汚いんだ。待ってるなんて言ってしまったんだから、こっちが反故にするのは格好悪いじゃないか」
 フラグなんぞに負けたりしないさ、と、帰還を信じているという言葉の代わりにそんな風に言って、それにと仲間たちを振り返ったクローディスは、不敵に口元を引き上げて見せた。
「お前たちだってまだ探し足りないし、触れ足りてないだろう? ここで終わってる場合じゃないぞ、少なくとも今回使った秘宝のぶんは、取り戻しにいかないといけないからな」
「了解!」
 力強い声で応じ、戦闘へ戻っていく団員たちの眼を細めながら、クローディスは軽く頬をかいて何か、誰かを探すように一瞬だけ空を仰いだのだった。

◆   ◆   ◆


「おぉ、いやがるいやがる。やっぱこっちに張っといて正解だったな、輝」
 シャンバラ儀式場の外、大荒野にある岩山の上に立った篁 大樹が隣の神崎 輝(かんざき・ひかる)に声をかけた。
 二人の視線の先には儀式場を目指す怪物達の姿。主戦場から少し離れているこの場所が防衛の要と見て、輝達は急ぎやってきたのだった。
「向こうも手薄な所を突こうとするくらいの知恵はあるみたいだね。念の為こっちに来て良かったよ」
「だな。それにここなら一ヶ所に壁を作っときゃいいし、俺達だけでも守りきれそうだ――よっと!」
 大樹が岩山から飛び降りる。下には輝のパートナーである神崎 シエル(かんざき・しえる)が待っていた。
「で、どうするの? いつも通り輝と大樹くんが前で私が後ろ?」
 この場にいるのは輝、大樹、そしてシエルの三人。戦力としては輝が槍と魔法盾を使い分けるバランス型、大樹が大剣を振るう攻撃型であり、普段のシエルはそんな二人を魔法や弓で援護する役割だった。
「ううん。シエルは大樹くんと一緒に前に出て。ボク達の役目は『ここを絶対に通さない事』だからね」
「じゃあここはお願いね、輝。大樹くん、回復は私に任せて思いっきりやっちゃって」
「よっしゃ! あいつらの好きにはさせねぇ……最初から全力で行くぜ!」
 大樹の気迫に応えるかの様に怪物の咆哮が大荒野に響き渡った。その咆哮が決戦の開始を告げるゴングとなり、大樹とシエルが武器を手に駆け出す。輝もまた槍の先に青き炎を宿しながら、遥か先を見据えた。
「さぁ行くよ……勝負!」


「まずは私から行くよ!」
 後わずかで怪物達の射程距離に入る所でシエルが立ち止まり、杖を構えた。
「――神の審判を受けて大人しく還りなさい!」
 シエルの祈りに呼応するかの様に、杖の先端に埋め込まれている二色の宝玉が輝きだした。そのまま杖を地面に突くと、神気ともいえる波動が怪物達へと襲い掛かる。
「今なら向こうが技を使ってくる事は無いから行っちゃって、大樹くん!」
「おう! ぶっ飛びやがれぇぇぇ!!」
 魔力と思しき光を湛えていた怪物が自身の力を封じられて戸惑っていた隙を逃さず、大樹が一気に懐へと飛び込んだ。そのまま大剣で一閃。更に踏み込んでその奥にいた集団を横薙ぎで叩き伏せた。
「シエル、このちっこいのは大した事ねぇ! もっと強めの魔法ならまとめて倒せそうだぜ!」
「そっか。なら――これで!」
 突いたままの杖を滑らせ、地面に魔法陣を描くシエル。するとその陣が光りだし、ドラゴンの姿をした召喚獣が現れた。
「もう一つ……!」
 続けて陣を描き召喚を行う。今度は炎を纏った鳥だ。
「バハムート! フェニックス! 敵の多い所を狙って!」
 怪物に対抗するかの様な咆哮と共に羽ばたく二体の召喚獣。片や闇のブレスを吐き、片や纏った炎で敵を喰らうが如く突撃していく。二色の炎に炙られた怪物達が次々と消滅していき、シエル達の前にはやや大型の怪物が少数残るだけとなっていた。
「やるじゃねぇかシエル! 後は任せな!」
 その残りに向けて大剣を振るう大樹。炎を耐えるだけで精一杯だった怪物達は攻撃を受け止める事は出来ず、ただやられていくだけだった。

「大樹くん! シエル! 次が来るよ!」
 最後の一体を切り伏せた直後、後方の輝から注意が飛んだ。大樹達が前方へと視線を向けると、輝の言葉通り第二波がやってくる所だった。
 小さい怪物がほとんどだった最初の攻撃と違い、今度は4〜5mはあろうかという大き目な怪物がちらほら混じっている。それだけではない。少数ながら飛行するタイプの怪物も確認出来た。
「次が本番って事か。どうする、輝?」
「空の敵はシエルの召喚獣で。大樹くん達はあの大きい奴を狙って一体ずつ倒して行って。残りは――ボクが引き受ける」
「残りって、大丈夫か?」
 量より質である第二波は数こそ最初ほどではないものの、それでも輝一人が相手をするには負担が大きいように思えた。だが、輝に気負った様子はなく、むしろ本人にしては珍しいほどの自信を感じられた。長年の付き合いである大樹はその事を目で理解する。
「――どうやら心配はいらねぇみてぇだな。シエル、俺達はもっと突っ込むぜ」
「うん。バハムートもフェニックスもお願いね!」
 飛翔する二体の召喚獣に合わせ、更に前進する大樹とシエル。地上を進む怪物達は大樹へと的を絞った。怪物達の口に炎が宿る。
「大樹くん!」
 だが、その口から放たれた炎は大樹へと当たる事は無かった。大剣を構えて防ごうとする大樹の前に、シエルの翼が長く伸びて包み込むように立ちはだかったからだ。シエルの翼が炎を防ぎ切り、元の長さへと戻った瞬間に大樹が目の前の怪物へすれ違いざまに一閃した。
「サンキュー、シエル。いいタイミングだったぜ」
「ふふっ。私だって輝と大樹くんの戦いをずっと見てたんだからね」
 大樹と並走し、軽くVサインを作るシエル。
(……それに、昔はちょっと大樹くんの事が気になってたしね)
 今でこそシエルは輝と結婚しているが、パートナー契約を結んだ当初はあくまで友人としてだった。そんな中で知り合った男のクラスメイトに、一時期恋愛感情に近い物を抱いていた事も事実である。
 ――もっとも当の本人、大樹は輝の事を外見通り女性と思っていて、男と判明するまでは若干輝が気になっていたという三角関係と呼んで良いのか分からない状況だったのだが。
 結局シエルは輝の告白を受ける形で恋人同士、果ては夫婦となったが、輝ともども大樹とは親友の関係が続いている。それこそこうして大樹の動きを予測出来るくらいに。
(おっとっと、いけないいけない。戦いに集中しないと)
 敵陣を通り抜けた所で気を取り直し、反転する。怪物達はシエル達が後方へ抜けた事で、そのまま儀式場へ向けて進軍するか背後のシエル達を排除するか判断が分かれていた。もともと連携という言葉がある様には見えない怪物達の動きが、更にバラバラになっていくのが見て取れた。
「こっちに来る奴は俺が抑える! シエルは輝の方に行ってるのを後ろからやっちまえ!」
 素早く最後方の敵へと向かっていく大樹。自分に襲いかかろうとしている敵がいない事を確認し、シエルは杖を構えた。
「それじゃあ、後ろから――」
 希望の名を持つ杖、その先端の宝玉がこれまで以上に強く光り、周囲に魔法陣を投影し始めた。魔法陣が回転しながら分裂し、シエルの周囲へと展開する。
「――ごめんねっ!」
 声と同時に杖、そして魔法陣から電撃を伴った冷気が迸る。それらは前へと進路を定めた怪物達の背後から、容赦なく襲い掛かるのだった。

「あれは……シエルのエスポワールか。さすがだね」
 遥か先で起きた絶対零度と雷の狂乱を眺めて輝が呟いた。
 こちらに来ようとしていた怪物達の約半数はあの魔法に押しとどめられ、上空も召喚獣の力で制圧されようとしている。それでもまだ何体かの大型の怪物は輝を押しのけ、儀式場へと向かおうとしていた。
「ここを通しちゃシエルにも大樹くんにも顔が立たないからね……本気で行くよ!」
 まずは前方の怪物へ。ここまで辿り着いただけあって中々に素早い相手だ。
「けど、ボクの槍なら!」
 宣言通りに一突き。槍の扱いに長けた烈士と呼ばれる力を持つ輝の前ではその狙いから逃れる事は出来なかった。
「一つ!」
 続いて転進。左右両側から迂回して先に進もうとしていた怪物が入口へと差しかかったその瞬間、跳躍して上から連続で突き刺した。
「二つ、三つ!」
 素早く槍を引き抜き、怪物を蹴りつけた反動で着地する。そして首を上げた時、バハムート達の攻撃をかいくぐって飛んでくる敵の姿があった。
 しかし輝は慌てない。
「プラーナ!」
 そう叫ぶと槍の先端が青く燃え上がり、一瞬で槍全体を覆い尽くした。青き炎を纏った魔槍を上空へと投げつけると、その力は見事に怪物を射抜き切った。
「……四つ!」
 錐もみ状に落ちていく怪物を見て輝がカウントを増やす。だが槍を手放した今の輝に武器は無い。それを好機と見た怪物達は、一斉に炎を吐きながら突撃してきた。
「甘いよ……!」
 炎が輝へと命中する直前、突如現れた氷の盾に阻まれ次々と消滅していく。一見無防備に見えた輝には魔法の盾という防御手段があったのだ。
 それでも突撃を続ける怪物の一体。自重で輝を吹き飛ばそうという算段のようだった。が――
「……言ったよ、甘いって」
 衝突寸前に落ちてきた魔槍を掴み、怪物へと突き立てた。走り込んできた勢いもあり、巨体に深々と刺さった一撃は確実に敵に止めを差していた。
「五つ……!」
 抜いた魔槍を回転させ、炎を散らす。その姿に気圧されたのか、怪物達はまるでイージスの盾に払われる災厄の様に歩を進める事が出来ないでいた。
「輝! 大丈夫か!?」
 そうしているうちに前方から大樹とシエルが走ってくるのが見えた。どうやらここに残っている怪物以外は既に倒しきったらしい。
「見ての通り、あと少しだよ!」
「さすがだな! それじゃ――これで終わりだ!」
 前方から輝の槍が、後方から大樹の大剣とシエルの魔法が襲い掛かる。挟撃された怪物達はどうするべきかを最後まで判断しきれず――なすすべもなく倒されていくのだった。


「第三波は……来てないみたいだね。とりあえず安心かな」
「良かった〜、魔法沢山使ったからもう魔力の限界だよ〜」
 回復魔法で三人の傷――と言っても大樹が大半だが――を癒したシエルが輝の偵察結果に安心して岩へと腰かけた。
「でもまだ油断は出来ないよ。ここの祈りがイーダフェルトまで届いて、世界産みの儀式が終わらないと」
「だな。それが終わったら……どうなるんだか」
「新しい世界か……まだボクも実感はないけど。でも、きっと大丈夫だよ」
「ま、考えても仕方ねぇか。そんな事よりはすぐ先の事だな」
「すぐ先の事?」
 尋ねる輝。それに対し、大樹はニヤリとした笑みを見せた。
「んなの決まってんだろ。お前とシエルのお祝いだよ」
「ボク達のって、それってやっぱり――」
「当然、結婚のな」
 輝とシエルは数ヶ月前に結婚式を挙げ、晴れて夫婦になったばかりの新婚なのだが、その式は輝達の意向で家族だけの式とし、友人達には後々報告をしようという事になっていた。
 ――その報告を聞いた周囲が何をするか。答えは決まってる。
「もう兄貴や姉貴達には言ってるからな。この騒ぎが終わったら絶対うちに来いよ」
 更に良い笑みを見せる大樹。これはもう、どんちゃん騒ぎは確定だった。
「あはは……楽しみな様な怖い様な……ねぇシエル」
「そうだね……でも、お祝いしてくれるのは嬉しいかな」
「確かに。でもその為には――」
 後ろを振り向く輝。彼の視線の先にある儀式場では、今も大勢の人による祈りが捧げられていた――