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リアクション
●湖岸散策、のち帰途
「うーん、水辺で野菜、かー」
少しだけ頭を悩ませながら、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)はヴァイシャリーの湖岸を歩く。
現地の食材だけで鍋をやろうという触れ込みに、面白そう! という思いのままに参加したミルディン。
「保険用は採取できたけど……それじゃあ、面白くないよね!」
水辺を一緒に歩く、ローザ・ベーコン(ろーざ・べーこん)にミルディンは言った。
「うん、確かに。地上には無いものがあれば、研究してみたいものだ」
辺りを見回しながら、ローザは地球に無い植物を探している。
「お、ミルディン、この野草は食べられるぞ」
ローザが手にしたのは、いかにも道端の雑草のように見える野草だった。
「ほんとに食べられるの?」
「ああ、ちょっと苦味は強いけどな。金のない時期は、こういう野草にお世話になったんだ」
「そうなんだ! ちょっと味見してみよっかな」
ローザの手にある野草をミルディンは試しに口に含む。
「にがっ!」
渋い顔をしながら、ミルディンはすぐさまその野草を吐き出した。
「だから、苦味があるって言っただろ」
ローザはそんなミルディンをけらけらと笑いながら見ている。
うーっとミルディンは小さく抗議の視線をローザに向けていた。
†――†
ちゃぷちゃぷ。ふりふり。はあはあ。ぴょこぴょこ
凪にも近い湖面と、揺れる犬耳と犬尻尾。そしてそれに過剰反応してしまう吐息。
清泉北都(いずみ・ほくと)とクナイ・アヤシ(くない・あやし)はヴァイシャリー湖で魚釣りをしている。
簡素な釣り道具だが、普通の魚釣りをする分にはまったくもって問題ない。
北都は疑似餌で、クナイは生餌。
クナイが生餌となる、虫を探しているときに、北都がうっと嫌そうな顔をしていた。
その表情だけで、クナイはぐっと来るものがあったが我慢したのだった。
「どちらが多く釣れるか競争ですよ」
ふふっとクナイは怪しげな笑みを浮かべた。
しかし、釣られたのはクナイのほうだった。
揺れる尻尾と、ぴょこぴょこと何かに反応する犬耳。
「クナイ、竿! かかってるよ!」
北都に見惚れていたクナイは、北都の言葉で我に返った。
そして、釣竿を引くが、餌だけ食われてしまっていた。
「クナイは下手だねー」
ちょっとだけからかうように北都は言った。
クナイはずるいですよ、などとは口が裂けても言えず、微笑を浮かべながらもう一度針に餌をつけ直す。
「よし!」
そんな中、北都は順調に魚を釣り上げて、お手製の魚籠に放り込む。
もうパラミタヤマメを五匹ほど吊り上げていた。
「さすが北都ですね。私なんてほら」
クナイが空っぽの籠の中を見せた。
大半が北都に見惚れて取り逃しているせいだ。でも、北都はそれに気付いていないし、クナイも取り繕い何とか分からないようにしている。
「そこらへんにサワガニも居ましたし、そちらを捕まえましょう」
「……時間的にもそろそろかなぁ?」
「そうですね。余り遅くなってもいけません。食材を仕込む時間などありますから」
味は壊滅的ではあるが、料理をするのが好きなクナイならではの観点だ。
「クナイがそういうのなら、戻ろう」
北都は楽しそうに後片付けを始める。クナイもそれに習って片づけを始めた。
「鍋に入れるより、塩焼きにするのもいいかもしれないねぇ」
北都は籠の中のパラミタヤマメを身ながらそういうのだった。
†――†
「お願いですから、人を、おもにあたしを巻き込むのはおやめください!」
そんな悲痛な言葉を主人の芦原郁乃(あはら・いくの)に投げかける蒼天の書マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)だった。
でも、そんな言葉は笑顔で人を丸め込むことができる郁乃には通じなかった。
郁乃がマビノギオンに鍋大会に行こうと言い出したところから、既に気が気ではなかった。
主である郁乃 × 鍋 = 痛い目を見る。
マビノギオンの今までの経験からそれは分かっていたことだ。
でも止められなかった。
ほにゃあっとやんわりと笑みを浮かべて、郁乃はマビノギオンを引っ張ってここまでつれてきたのだ。
「大丈夫だよぉ、面白いよぉ、一緒に思いでつくろうよぉ〜」
なんていわれて、無理です行きません。などとマビノギオンはいえなかった。
――いえる空気じゃなかった。
そんな二人は食材を集めて、今は村へと戻ってきているところだ。
「お嬢さん方、その食材と、このパラミタマツタケ、交換しませんか?」
真っ黒いローブに身を包み、フードを目深に被り、顔の大部分は隠れている人が現れた。
ちらりと覗く髪の色が白で、しわがれたような声。
きっと老婆だろうと二人は思った。
「マビノギオン、マツタケって行ったら高級食材じゃない?」
「そうですけど、怪しいですよ、この人」
「でもさ、これを持ち込んだら凄くない?」
「そうですけどぉ……」
マビノギオンには嫌な予感しかしなかった。
涙目になりそうにながら、マビノギオンは引きとめようとする。
「あんまり、多くないけど、はい、どうぞ!」
しかし、その努力は郁乃のほにゃ〜っとした柔らかい笑みを持って打ち崩された。
食材の入った籠を老婆を思わしき人に全部渡してしまった。
そして、引き換えに受け取ったのが、香りのいいパラミタマツタケだ。
「ありがとなあ……。これで暫く食うに困らないさね」
「それ、本物なんですか?」
受け取ってマジマジと見ている郁乃にマビノギオンは訝しみながら聞いた。
「大丈夫だって、匂いもいいし! ありがとねー!」
郁乃が振り返って、ローブ姿の老婆に礼を言ったが、既に老婆の姿はどこにもなかった。
「ひぃぃ、本気で嫌な予感しかしないのですが……」
マビノギオンはこれからの起こることが予想されるであろう阿鼻叫喚、地獄絵図に身震いするのだった。
†――†
村では既に食材を持って戻ってきている人がちらほらといた。
そして、食材が山となって積まれているところ。
クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が差し足忍び足と、辺りに気付かれないように向かっていた。
手には真っ白いレジ袋。
それをこっそりと、置くのだ。
「ふふふ、これを投入してこそ闇鍋というもの!」
仮面で素顔を隠し、マントで体格を隠す。完璧だった。
きっと、これが普通ならば。
「……なんじゃ、これは」
よりにもよって、クロセルの置いたレジ袋が見つかった。
見つけたのは冒頭で演説をかましていた、よぼよぼの爺さんだ。
ぎくりと肩をこわばらせ、クロセルは振り向いてしまった。
「これは、お前さんがもってきたのかえ?」
「……え、ええ、そうですよ?」
上ずった声。明らかに動揺している。
「ちょっと確認させてもらうぞい」
爺さんはそういって、レジ袋から包装されている塊を取り出した。
そして包装を丁寧にはぎ、何なのか確認する。
「トド肉じゃな」
「トド肉ですね」
二人の間に沈黙が落ちた。
そして口火を切ったのはクロセルだ。
「トドは動物です。(氷)山から俺が調達してきたのですよ!」
「ふうん……?」
爺さんはがさがさとレジ袋をひっくり返す。
はらり。
一枚の白い紙切れが落ちた。
それを爺さんは拾い読み上げる。
「トド肉。300ゴルダ。ほおほお」
爺さんの体が怒気で膨れ上がる。
なぜか使える【鬼神力】が、普段はよぼよぼの今にも死にそうな爺さんを雷親父のごとく筋骨隆々な体躯に押し上げた。
「小僧、嘘はいかんなあ? 嘘は」
声にも張りが出、クロセルを威圧する。
だらだらと脂汗を流して、クロセルはじりっと後退りした。
「覚悟せえ!」
爺さんの一喝。そして一足の元にクロセルまで間合いを詰めると、クロセルを軽々と俵担ぎした。
ばたばたと手足を動かしもがくクロセルだが、がっちりとホールドされている為、その行為は児戯にも等しいものだった。
「ぎゃああああああああ!!」
そして、人気の少ない暗がりに連れ込まれたクロセルの断末魔が響き渡った。
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