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リアクション
●『煉獄の牢』:下層へ至る道
「わー、下でなんか凄いことになってる、よね? これってやっぱり、炎龍絡みの出来事だよね」
震動が収まった所で、下を見下ろせる位置に移動した五月葉 終夏(さつきば・おりが)と草原の精 パラサ・パック(そうげんのせい・ぱらさぱっく)は、下で繰り広げられている事態を目の当たりにして想像を膨らませる。
「この状況じゃ一旦上に戻っている暇はなさそうだから、ここから行ける所まで言ってみよう。
上手くしたら他に『サークル炎塊』を手に入れた仲間と合流出来るかもしれない。となりの、もし獣とか出てきたら眠らせちゃってね」
「任されたぎゃー。眠りの針でちくっと眠らせるぎゃー」
『氷術』を両手に展開して『サークル炎塊』を運ぶ終夏の前を、パラサ・パックが行く。途中、道が崩れて危険な場所は箒を使い、確実に下層部への道を進んでいく。
(うーん……多分、炎龍を鎮める為に、何らかの形でこれが必要になるんじゃないかとは思うけれど、これをどう使ったら良いんだろう?
多分力の一部か何かだとは思うけれど、ならそもそも何故そんなものが別々に置かれていたのだろう。封じられたのか、自ら封じたのか……うーん! 色々気になる事は多いなぁ)
それでもとにかく、炎龍を落ち着かせないと始まらないよね、という結論に落ち着き、終夏とパラサ・パックは道を進む。
「……さて、ここからどうするかですが……おや、最後の方が到着されたようですね」
そして二人は、他に『サークル炎塊』を手に入れた者たちと合流を果たす。短い話し合いの末その力を炎龍に戻すことで炎龍を鎮める方向性で一致し、炎龍の出現した下層部へ移動を開始する。
「――――!!」
突然、まるで炎が叫び声を上げたかのような声が響き、一行の前に『マグマフィーチャー』が立ち塞がる。一行が持っているサークル炎塊、それが持つ炎龍の力に惹かれてやって来たのだ。
やむなく戦闘に突入するかと思われた矢先、飛び込んだイコンがマグマフィーチャーに先制攻撃を加え、そして一行の元には相田 なぶら(あいだ・なぶら)が現れ、強い口調で告げる。
「ここでの戦いは俺達に任せて、皆は先へ行ってくれ!」
一行の盾となりマグマフィーチャーの追撃を阻止する意思を固めたなぶらの言葉に、サークル炎塊を持つ者たちは感謝しながら炎龍への道を急ぐ。当然そんな事はさせまいとマグマフィーチャーが迎撃に飛び出すが、なぶらの抜き放った光剣から生み出される破壊のエネルギーがマグマフィーチャーの頭部を砕き、ただの岩塊に帰す。
「調査の時はカレンが獣追っ払ってくれたから、流石に体力あり余ってるんだよね。
炎龍の相手……はちょっとどうしたらいいか分からないけど、キミたちの相手なら俺でもしてやれるかな」
剣を構えたなぶらへ、新たにやって来たマグマフィーチャーが口から熱された岩の塊を放つ。
「ふっ!」
なぶらが剣を振り、再び破壊のエネルギーを元にして生み出した衝撃波を岩へぶつければ、それは何等分かに分断されて下の溶岩の池へと落ちていった。
「その攻撃なら、何度撃ってきても――」
そう言いかけた所で、マグマフィーチャーも二度の愚は犯さなかったらしく、今度は純粋な炎を固めた弾を放つ。マグマフィーチャーにとっては必殺の一撃、しかしそれもなぶらのパートナーであり、『炎熱の精霊』でもあるカレン・ヴォルテール(かれん・ゔぉるてーる)によって阻まれる。
「うおぉ、あっちぃ〜! 炎は得意なはずだけどよ、それでもこんなに熱いのかよ」
煙が生じている両の手を振るカレン。含まれていた熱量はカレンを一瞬たじろかせるほど相当なもののようであった。
「だからって俺らだけとっとと退散、ってわけにもいかねぇしな。炎龍を鎮める術は分からねぇ、けど、鎮める手段持ってる奴の盾くらいになら、なってやるぜ。
おいなぶら、おまえもしっかり盾役を果たせよ?」
「そのくらい、分かっているさ。方針を変えてまで俺が提案したことだし、ね!」
別方向から繰り出される溶岩の塊を、やはり剣を振った時の衝撃で破壊する。主に物理的な攻撃はなぶらが、魔法的な攻撃はカレンが受け止めることで、彼らは効率的に敵を引きつけていた。
「皆、前方に見える道へ入ってくれ! アルティア、誘導を頼む!」
『サークル炎塊』所持者を誘導していたイグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)が、マグマフィーチャーの追撃を避けるため細い通路を選び、そちらへ向かうよう指示すると同時に、アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)に先導をお願いする。
「了解いたしましたわ。イグナ様は?」
「我はここで彼らと、マグマフィーチャーを引き付ける。うまく引き付けられれば、さほどの被害もなく下層部へ辿り着けるはずだ」
イグナの導き出した経路は、一旦外側へ向かった後徐々に下り、また内側へ向かっていくものだった。迂回することにはなるが、常にマグマフィーチャーの攻撃に晒される危険性は、盾役となっているなぶらとカレン、イコンで交戦を続けている非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)とユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)が引き付け続ける限り、減じられる。
「……分かりましたわ。どうか、ご無理はなさらないよう!」
一瞬だけ躊躇する様子を見せたアルティアが、イグナを気遣う言葉を残して箒に乗り、サークル炎塊所持者の先頭に立つ。小さくなっていくそれらの背中を見送って、イグナは搭乗するドラゴンに呼びかける。
「我等では荷が重い相手かもしれぬ、だが、どうしても守らなければならない者がいる。……付き合ってくれるか」
主の頼みを、ドラゴンは一声啼くことで了承する。イグナを背に乗せて羽ばたいたドラゴンは、飛び交う炎弾を口から吐く冷気の弾で撃ち落としていく。戦場に加わることで、少しでも近遠とユーリカの負担を減らす算段だった。
「そこっ!」
眼前に捉えたマグマフィーチャーへ、E.L.A.E.N.A.I.が構えた漆黒の刃を持つサイズが振り下ろされる。刃はマグマフィーチャーの弱点である頭部をかち割るように切り裂き、活動していた存在をただの岩の塊へ帰す。
(斬れる所にいるのを斬ってるだけですのに、こんなにも疲れるものなのですわね……!
一人ではとても、ここまで戦えそうにありませんわ)
肉体的な疲労は感じないものの、効果的に武器を振るい敵を倒すという行為は、精神的に多大な負担を強いる。ましてやユーリカもそして近遠も、普段から戦いに身を置いているわけではない。
(……近遠ちゃんが、炎龍を鎮める手段を持っている人達を送り届けるために、戦うと決めたのですわ。
疲れているのは近遠ちゃんも同じこと、あたしだけが弱音など、吐いていられませんわ!)
自らを奮い立たせ、ユーリカが攻撃の時に備える。機体は回避を重視した機動を行いながら、サイズの攻撃範囲を掠めるように飛ぶ。
(サークル炎塊の所持者は、奥へ逃れたようですね。……今なら、射撃武器の使用も可能なのかもしれませんが……)
機体の操縦を行いつつ、状況を確認した近遠が近接兵器のみでの戦闘から、射撃兵器を加えた戦闘への移行を検討しかけ、思い留まる。最大の要因は、今この場で戦っているイコンが、自分の乗るイコンのみだという事実だった。
(射撃武器と近接武器を切り替えて応戦することが、果たしてスムーズに出来るだろうか)
その点には疑問を覚える。ここにもしもう一機イコンがいれば、役割を分担して行うことが出来たのだが、イコン戦力も限られている。多くは炎龍とその周りのマグマフィーチャー相手に関わらざるを得ない状況下、増援は期待薄だった。
(……なら、今のままの戦闘を続けた方がいいかもしれない。ユーリカに負担もかけられないし)
機体の特性とやや異なる線とはいえ、今の戦い方に身体と精神が適応しかけている状況を捨てるのは、惜しかった。
(……うん。今はこのままで行こう。もし射撃武器が必要な時は……)
近遠が下に意識を向ける、そこにはここからでも見える巨体がうごめいていた。
――炎龍。かの存在を鎮めるためには、大量のエネルギーを用いた強大な一撃が必要なはず――。
(……本当は、そんな事になる前にどうにかなってくれるといいんですけど)
自分はそのために、『サークル炎塊』を持っている者たちを送り届けようとしているのだ。その事を頭の片隅に常に起きつつ、近遠はマグマフィーチャーの迎撃を続ける――。
(……そう、炎龍は何者かに『強制されている』。
パラミタにおいて守護者と言われている龍を強制的に操作する……それは果たして、神か悪魔か。どちらにしても、只者ではありませんわ)
中層部と下層部の中間辺りで、契約者と炎龍の戦闘を傍観していた中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が、聞こえてきた会話から興味深い情報を引き出し、口元に笑みを浮かべる。『龍を制御するほどの力を持つ者がどういった存在なのか・これから何をしようとしているのか』という興味が、新たに生じていた。
(『サークル炎塊』を渡したこと、悔やまれますわね。試したいことが出来ましたのに)
綾瀬が手に入れた『サークル炎塊』は、通りかかったリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)に渡してしまった。今から追いついて返してもらうことは可能かもしれないが、既に誰かと合流していた場合、サークル炎塊を自分の目的の為だけに使うことを阻まれる可能性が高い。行って徒労に終わる上に警戒されるのでは、流石に割に合わない。
(……そういえば確か、サークル炎塊は2つずつ発見されていましたわね。中層Aでは私が見つけた1つだけ……つまり、後1つが眠っている可能性は、高い)
その点を思い至った綾瀬は、周囲へ研ぎ澄ませた感覚を飛ばす。五感の一つを封じたことで鋭く育った他の感覚、さらに契約者となったことで強化された感覚は、強力な魔力の波動を容易にキャッチする。……が、それがある位置を把握した瞬間、綾瀬の表情が歪む。残り一つの『サークル炎塊』は、炎龍レンファスの中だった。
(……ひとつ、賭けてみましょうか。炎龍の中に『何者か』が居て、私のような存在を『面白い』と思っていただけるのならば、あるいは……)
――『何者か』は力を用い、自分を招待するかもしれない。ダメならその時は、リンネに渡した球体を返してもらうまで。
そうして綾瀬は、炎龍レンファスの中に居るであろう『何者か』へ呼びかける。
「そこに居るんでしょう? 私はあなたに興味を持ちましたの。
私はあくまで『傍観者』。私の行動は全て『暇つぶし』。私はただ、あなたが何者かを知りたいだけ。
……さあ、私を連れて行ってくださいな」
――あはははは! それほどのことを『暇つぶし』と言っちゃう!
面白いね、君。分かった、僕もレンファスが鎮まるまでは暇だし、それまで付き合ってあげるよ。
そのような声が聞こえたかと思うと、綾瀬の身体が忽然と消える――。
次に感覚を知覚した時、綾瀬は自分が炎龍の内部に居ることを悟る。
「ようこそ、炎龍レンファスへ。どう? 溶岩の中なんて見たことないでしょ」
そして、すぐ近くから聞こえてきた声を放った対象へ、綾瀬は恭しく一礼して告げる。
「お初にお目にかかります、中願寺綾瀬と申します」
「こちらこそ初めまして。僕は……そうだね、一言で言うなら『未来からやってきた世界樹』って所かな」
自分の事をそのように告げる少年、見る限りでは少年の姿であり、『世界樹』という巨大な存在には到底見えない。ただ内包する力の巨大さは、少年の言葉に一定の説得力を与えていた。
「あなたは龍を操り、何をしようとしていますの?」
「うーん、そうだね。これも一言で言うなら、『経験してほしかった』かな。世界樹イルミンスールが今どうなっていて、そしてこれから自分達が何をすればいいのかをね。
これは契約者がレンファスを鎮められたら話すつもりだけど、先に話しちゃうね。僕ともう一人のこと、僕たちが何故ここに来たのかを」
少年は綾瀬に話し始める――。
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