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とりかえばや男の娘 二回

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とりかえばや男の娘 二回

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刹那

 最後の部屋への入り口は、道元達が隠れていた隠し小部屋の奥にあった。
 十兵衛は、それに慎重に手をかけ、ゆっくりと開ける。
 静かに、闇が開く。

 そこは六角形の板張りの部屋で、床には魔法陣のような文様が描かれている。
 そして、数名の男女と忍びの者がおり、奥の側面の壁を背に座っている紫色の髪の青年を恭しく取り囲んでいた。男は、グラスに注いだ真っ赤な液体を飲んでいる。
「刹那殿。お久しゅうござる」
 十兵衛は青年に声をかけた。青年が顔を上げる。病的なほどに白い肌をした美しい青年だ。しかし、赤過ぎるほど赤い唇と、金色に光る目が、何か禍々しい雰囲気をこの青年に与えている。
 刹那は十兵衛を見ると
「久しぶりだな。元気そうで何より」
 と笑った。ぞっとするような笑みだ。
「よくここまで来られたな。道元はどうした?」
「道元ならここに」
 シオンが、縄でぐるぐる巻きにした道元を自分の足元に放り出した。
「この通り、俺たちが倒させてもらった。あんたも覚悟した方がいい」
「ふん」
 刹那は冷笑した。
「元々、そのような者、頭数に入れてなかった」
 その言葉に道元が「く……っ」とうめいた。

「その通り、刹那殿には我々がついている」
 刹那にかしずいている男女が言う。見かけは普通の葦原城下の人間のようだが、その目はうつろで、赤く光っている。

「貴様ら、全員、奈落人だな」
 椎名 真(しいな・まこと)に憑依した、奈落人の椎葉 諒(しいば・りょう)が言った。

「そのとおり。こやつらはみんな、人に憑依した奈落人。そして、私の可愛いしもべ達だ」

 刹那が答える。

「最近人いなくてバイトシフトキツいと思ったら……ククク……」

 諒は怒りながら笑った。そして、奈落人達に向かって怒鳴った。

「恨みつらみは知らないがナラカの人口密度増やすんじゃねぇ馬鹿野郎! 力づくでも帰らせるぞ、俺のバイトの休みの為にも」

 個人的恨み満載のようだ。

「俺達はなあ、ほんっとうに手が足りなくて困ってるんだぜ。なんで、俺がヒヨコの選別までしなくちゃならないんだあ?」

 それを聞いて、東條 葵(とうじょう・あおい)に憑依した、奈落人マリー・ロビン・アナスタシア(まりーろびん・あなすたしあ)が叫んだ。

「あれ、あそこに居るのカモ……じゃない諒よぉ! 手が足りない? ヒヨコ選別? 知らないわよそんなの適当に分けとけばいいでしょ」
 その横で東條 カガチ(とうじょう・かがち)がつぶやく。
「葵ちゃんナチュラルにナカノヒト変わるのやめて……」

「あの声は?」
 諒は声のした方を見た。そして、つぶやいた。
「鬼子もきてるのか……ちっ!」

 諒の舌打ちをスルーして、アナスタシアは刹那に言う。

「あんたが片っ端から唆して地上に連れてきちゃうからこっちは店の手も足りゃしないのよ! 店ってこっちでいうキャバレーとかそういうのなんだけどさ。やっぱそういうとこの子って皆こっちで悲しい目にあってきた子達で……でもそんなの忘れてナラカで新しい人生送ってるところにさあ、ちょっと野暮すぎるんじゃないのぉ?」

 その言葉を聞いて諒(姿形は真だが……)は青ざめた。
「……雰囲気が違うマサカ……アナスタシア?」
 よく見ると、葵は目は金髪で片目だけ紫の瞳になっている。しかし、格好はいつもの葵だ。どうも、身支度が間に合わなかったらしい。
 アナスタシアは答えた。
「ちがう。今日は葵の体だから『ロビン』」
「そんな事は、どっちでもいい……」
 諒(姿形は真だが……)の額から汗が流れる。
 アナスタシアは、ナラカではキャバレーで歌やダンスを披露する仕事をしており、椎葉諒の事は、一度からかいがてら身ぐるみ巻き上げた仲である。以来、諒にとっては天敵なのだが……
「ちゃあんとそのあとサービスだってしたわよぉ?」とは本人(アナスタシア)談だ。

「ほう。お前らも奈落人なのか」

 刹那はおもしろそうな顔をした。

「そのとおりだ」
「そのとおりだよ」
 と二人がうなずくと、刹那は自分の周りを取り巻く奈落人達に言った。
「お前達のお仲間が、ナラカに戻れと言ってるぞ。さあ、お前達はどうする」

「戻らない」
「戻りませんわ」

 奈落人達は口々に答えた。

「我々は、もうナラカには戻らない。なぜなら、刹那様と約束したからだ。魔剣『双宮の剣』を刹那様のために手に入れるかわりに、元の姿で地上に蘇らせてもらうと」

「魔剣を手に入れた代償に、元の姿で地上に蘇るだと?」

 諒は奈落人達に聞き返した。

「そのとおり」

 刹那がうなずく。

「私は、聖なる者を滅ぼす魔剣を手に入れるために、奈落人に依り代を提供しているのだ。魔剣はナラカに封印されており、近づけるのは奈落人のみ。しかも、魔剣を手に入れるためには『愛する者を手にかけた罪人の魂』を必要とするのだ。そのために、奈落人に取り憑かれた者は、愛する者に襲いかかるのだ。知っているか? この憑依事件を起こした奈落人は、いずれも生前さまざまな悲恋を抱えて亡くなった者ばかりだと」

 諒は努めて冷静に聞き返した。
「……なんで、そんな剣が必要なんだ?」

「知れた事。私が、この闇の力で世界を手中に収めるために、邪魔をしてくるであろう珠姫や、その力を受け継ぐ竜胆とやら、その他の聖者どもをこの世から一掃せねばならん。どうだ、お前達も私に協力しないか? 魔剣を手に入れれば、私の呪力で生前の姿へと蘇らせてやろう」

「断るね」

 諒は拒んだ。その答えを予想していたかのように、刹那は笑う。

「ふん。馬鹿な奴らだ。まあいい。目障りだ。消してしまえ」