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リアクション
取り憑く者達 4
静かな夜だった。
葦原の町は既に眠りの中につき、全ての物音まで闇の中に閉ざされてしまっているようだ。
なのに、どうしてか胸がざわめく。どこかで、何かがおきているような気がする。
芦原 郁乃(あはら・いくの)は、そんな胸騒ぎで眠れずにいた。
ここは、葦原城下の宿屋だ。彼女はパートナーの蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)とともに、ここに泊まっている。
突然。
郁乃は誰かの声を聞いたような気がした。
「……?」
何かが自分の中に入ってくるのが分かる。その、何かから郁乃は必死で抵抗しようとした。しかし、そこに秘められた必死な叫びを感じた時、郁乃は決意した。
……いいよ、私の体、貸してあげる。それで、少しでもあなたの苦しみが癒されるなら……
突然、息ができなくなって、マビノギオンは目を覚ました。目の前には郁乃の顔がある。どうやら、自分は首を絞められているらしいと分かる。
「何を……するんですか?」
マビノギオンは思い切り郁乃を突き飛ばして言った。
突き飛ばされた郁乃は、次は栄光の刀を手に取った。そして、『即天去私』を展開し、マビノギオンに襲いかかってくる。
「ああ!」
マビノギオンは、寸でのところで攻撃をかわして叫ぶ。
「主、気でも触れたのですか?」
その言葉には答えず、郁乃は言った。
「死んでおくれよ」
「はあ?」
「死んでおくれ。お前さえ居なければ、あの人は私の者になるんだ」
それで、マビノキオンは『彼女』がいつもの郁乃とではない事に気付く。
「さては、奈落人に取り憑かれましたね」
その言葉に答えを与えるはずもなく、郁乃は再び襲いかかってきた。
「憎らしい! 死んでおしまい。」
「うあ!」
「今生で私の願いが叶わなかったときの事を想像しただけでも……」
「やめ……!」
『彼女は』感情むき出しでマビノキオンに襲いかかる。
「この思い叶わぬなら、いっそ、あの人も手にかけて」
……違う
その姿を見て郁乃は思った。
……ただ癒すだけでは解決しない。彼女の誤りも正さなきゃ
自身の愛のために、想いを叶えるために、他は見ずに、考えようとしないで突っ走る彼女に郁乃は心の中で語りかけた。
……相手を愛したときに、相手の生きる世界も愛せればよかったのに……
しかし恋に狂った『彼女』の心には届かないようだ。
それでも、郁乃は語りかける事をやめなかった。
……わたしには多くの友だちが、そして唯一無二の恋人もいる
でも、自分の世界だけを強要したことはない……はず
仲間であっても、共にあっても全てが一緒ではないんだよ
知っていたはずなのに、なぜ目を逸らすの?
その時『彼女』が答えてくる声が聞こえた。
『ずいぶんと上から目線で言ってくるじゃないか』
郁乃は答える。
……そうじゃない……そうじゃないんだ。お互いを共感し、理解できれば…その想いを持つことを許せれば…わたしたちはいくらでもつながり合えるんだ……
一方、マビノギオンは『彼女』を見て言った。
「叶わないことは恐怖であり絶望なのでしょう、世界の全てが相手への愛のためだけに存在しているのでしょう。
人生の全てをかけた、真っ直ぐで捨て身な恋愛。
あたしはここまで一つのものに執着できるだろうか?
魔道書として永き時間をすごしてきたがどうだったか?
尊敬と恐怖が混じりあい胸を騒がせます
しかし、いえることがあります
それだけでは駄目ではないだろうかということ
いえ、自身でもそれは分かっていたのではないですか
そしてあたしも主との時間は大切なのですから、そこだけは譲れないのです」
マビノギオンは立ち上がり、まっすぐに『彼女』の目を見て言った
「……負けられません」