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魚地帯

 
 
 さて、時間は遡り、先頭が最後の難所にさしかかったころのことです。
「出発前に、おさかなに注意って言われたけど、なんだったんだろうよね」
「はははは、ピラニアでも泳いでいるのかと思ったが、そんなことはなかったのう」
 何ごともなくじきにゴールできそうだとほっとする秋月葵さんに、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』さんが豪快に笑いました。もはや、豪華バーベキューは目の前です。
 そのときでした。急に、水面がバシャバシャと波立ち始めました。
「何ごとだ!?」
 タライ舟から身を乗り出したフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』さんの顎に、何者かが強烈なアッパーカットを食らわせました。
「黒子ちゃん、どうし……はうあっ!」
 ノックアウトされたフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』さんを助け起こそうとした秋月葵さんでしたが、同じように何かにノックアウトされてしまいました。川に落ちなかったことだけが幸いと言えるでしょうか。そのままタライ舟に運ばれて流されていきます。
 秋月葵さんたちをノックアウトした物の正体は、全長一メートルを優に超える、大きなお魚さんでした。そのお魚さんたちが、群れをなして水面からピョンピョンとジャンプしてくるのです。その数、百匹以上……。
 
    ★    ★    ★
 
「なんなのよ、この魚たちは!」
「美羽、危な……はうっ」
 同じようにして襲われた小鳥遊美羽さんとコハク・ソーロッドくんが、サイコキネシスでお魚たちをはねのけようとしました。けれども、数が多すぎます。二人とも、お魚さんたちのジェットストリームアタックをうけてノックアウトされてしまいました。
 
    ★    ★    ★
 
「こ、これは……。総員応戦せよ!」
 迫ってくるお魚さんたちを見て、リブロ・グランチェスターさんが叫びました。
 なんとか、持っていたオールで、四人が身を守ります。けれども、カヤックの船体部分はお魚さんたちの直撃を受けてボロボロです。かろうじて残った、細長い丸太の筏にしがみつく形となりました。
「あと少しだ、このまま乗りきるぞ」
 なんとかバランスを保ちながら、リブロ・グランチェスターさんたちはお魚さんたちから逃げて行きました。
 
    ★    ★    ★
 
「うむ。後ろの娘、なかなかの身体つきであるな」
 相変わらず、アガレス・アンドレアルフスさんが水着ウオッチングと称して、後ろから追いかけてくるフィリシア・レイスリーさんのナイスボディを堪能していたときです。
「お師匠様、何か迫ってきます。……あれは、パラミタハクレン!」
 こちらにむかって飛び跳ねてくるお魚さんの正体を博識で見抜いたリース・エンデルフィアさんが叫びました。ハクレンの群れがどんなに凄いかは、後で動画サイトで調べましょう。いちおう、地球の物は、繁殖期に多数の個体が一斉に川面からジャンプするという珍しい習性を持っています。体長一メートルを超す大きな魚が数メートルジャンプしながらやってくるのですから大変です。しかも、それが群れでやってくるのですから、巻き込まれたら脅威ですらあります。
 ちなみに、ハクレンは鯉の仲間ですのでそんなに尖ってはいませんが、海の魚のダツなどは口の先端が槍のように尖っていて、猛スピードで水中からジャンプするので、分厚いベニヤ板などには簡単に突き刺さります。これが人間だったら、ジャベリンを投げつけられたようなものです。
 ハクレンの場合は、さながらその巨体から、砲丸を投げつけられたような物でしょうか。ですので、直撃を受けた秋月葵さんたちはノックアウトされてしまったのでした。契約者でなければ、今ごろおだぶつだったかもしれません。リブロ・グランチェスターさんたちがオールで叩き落とさずに受け流すように防御していたのは賢明だったと言えるでしょう。
「むむ、殺気。リースよ、これしきのことで何を騒いで……うぼあっ!?」
 殺気看破して振り返ったアガレス・アンドレアルフスさんが、ハクレンにパクンとされて川に落ちてしまいました。
「お師匠様!」
 歴戦の防御術でなんとか凌いでいたリース・エンデルフィアさんが叫びましたが手遅れです。
「お師匠様。私は……お師匠様の分まで美味しい物を食べます。またお会いできる日まで、さようなら……!」
 涙を振り絞ると、お魚さんたちをやり過ごしたリース・エンデルフィアさんがさっさと筏を漕いで先を急ぎました。
 
    ★    ★    ★
 
「な、な、な、なんであんなのがいるのよ。ぜーんぶ、吹雪のせいなんだから!」
 迫りくるハクレンの群れを見て、コルセア・レキシントンさんが悲鳴をあげました。
「やられるものですかであります!」
 殺気を看破しつつ、葛城吹雪さんが歴戦の武術で、なんとかハクレンの群れから身を守りました。
 
    ★    ★    ★
 
「りゅーき、あれって……」
「ああ、食材だねえ。つかまえるよお!」
 他の人たちとまったく違う反応を示したのは、マティエ・エニュールさんと曖浜瑠樹くんたちです。
 二人は光学迷彩で姿を隠しつつ、歴戦の武術で飛んでくるハクレンたちをつかまえていきました。どうやら、バーベキューで焼いて食べるつもりのようです。
 
    ★    ★    ★
 
「うーん」
 オールで漕ぎながらも、ジェイコブ・バウアーくんは、どうしてもチラリチラリと後ろにいるフィリシア・レイスリーさんの方を盗み見てしまいます。なまじ意識してしまったら、視線を外すことができません。自分のパートナーが、こんなにいい女だったことに気づかなかったのは、あまりにうかつでした。
「ジェイコブ、前!」
「ん?」
 突然のフィリシア・レイスリーさんの叫び声に、ジェイコブ・バウアーくんがあわてて視線を前に戻しました。
「なんじゃあ、こりゃあ!?」
 大型の魚の群れが、空中を飛んでこちらに突っ込んできます。
「隠れろ!」
 そう叫ぶと、ジェイコブ・バウアーくんがフィリシア・レイスリーさんをかばうようにして覆い被さりました。
 ごすんごすんと、容赦なくハクレンがジェイコブ・バウアーくんにぶつかります。
「ジェイコブ、ジェイコブ。大丈夫? 返事をして!」
 なんとかやり過ごすことはできたものの、ジェイコブ・バウアーくんは気絶しています。フィリシア・レイスリーさんが、急いでヒールをかけました。
「ううん、なんとかやり過ごせたか?」
 意識を取り戻したジェイコブ・バウアーくんが、急いでオールを使ってその場を離れました。またいつハクレンたちが戻ってくるとも限りません。
「よかった、無事で。さあ、急ぎましょう」
 ほっとしたように、フィリシア・レイスリーさんが言いました。
 そんな彼女の足許には、ハクレンに吹っ飛ばされてきたアガレス・アンドレアルフスさんが転がっていたのでした。