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ニルヴァーナのビフォアー・アフター!

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ニルヴァーナのビフォアー・アフター!

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?エピローグ?

「いい夜だ……」

 大仕事をやり終えた充実感を漂わせるセルシウスが、天を仰ぐと、無数の流星群が流れていく。

 その夜、松葉杖をついたセルシウスは仕事場に届いていた『お仕事が終わったら、遊びに来てくれると嬉しいわ――BAR蒼の竪琴・マオ』と白波の透かしが入ったカードに紺のインクでしたためた招待状を持ち、繁華街の喧騒を離れた場所に建つ小さな店を訪れていた。

 道中、松葉杖で歩くセルシウスは、「畜生!! 祥子とオレのオトナデートの約束がぁぁ!」と酔っ払って暴れるキロスに絡まれたものの、「コドモデートならいいわよ」と祥子が現れて事無きを得ていた。ちなみに、キロスと祥子のコドモデートは、偶然通りかかった前髪ぱっつんロングなウィザードの少女によりキロスだけ攻撃を受けて阻止された模様である。



「ここは……」

 『蒼の竪琴』と描かれた吊り看板を見つめ、セルシウスが呟く。

 彼にはこの店に見覚えがあった。何故なら、黒崎 天音(くろさき・あまね)の依頼でセルシウスが作ったBARなのだ。

「ふむ。まぁよいか……」

 ヨロヨロとした足取りでセルシウスは店の扉を開けると、扉に垂れる鈴が涼やかな音で来客を告げる音を響かせる。

 オルゴールの繊細で美しい音色が響く店の中は、カウンター席以外にテーブルが8席ほどある小さな造りで、ピアノが置かれたステージが備えられている。

 イメージとしては穏やかな蒼い海の中、とでも言えばよかろうか?

 内装は、シックな黒、海をイメージした深い蒼と、波と水面の光の色のような象牙色を基調に、上から下へ明色から暗色へ移りゆくよう調整され、薄暗いながらも間接照明で落ち着いた内装に仕上げられている。

「(……確か、天音殿からは「自分の源氏名が黒薔薇の『黒真珠』なので、真珠とオルゴールの曲に引っかけて、海の中のようなしっとりと落ち着いた雰囲気にして欲しい」とのオーダーを受けたが、これ程までに美しくなるとは……)」

 店内を見渡すセルシウス。

 バーカウンターの内に立ち、無口にグラスをキュッキュと磨くのは、バーテンダー姿のブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)であるが、彼はセルシウスに視線を少し向けただけで、また無言でグラスを磨く。静かで落ち着ける空間を作り出すのは、ブルーズの好みでもあった。

「……!」

 店内を見渡すセルシウスの瞳が、バーカウンターで細かな泡を昇らせるシャンパンのグラスに口をつけている黒髪の麗人のところで止まる。その麗人こそ、セルシウスに招待状を送ったマオ(天音)本人である。ただ、幾度か会ってはいるものの、セルシウスは未だ天音がマオであることはハッキリと知らない。姉弟や親戚関係者だと勘違いしたままである。

 扉の鈴の音色に入口へと顔を向けるマオがセルシウスの姿に微笑する。

「お久しぶり、来てくれて嬉しいわ」

 マオの後ろ姿は、結い上げた黒髪と背中の大きく開いたプラチナカラーの細身のロングドレス、正面から見れば胸元を飾る大粒の黒真珠が穏やかに店の灯りを弾いている。

「うむ、久しいな。貴公の美しい姿を見に来たのだ」

 セルシウスが素直にマオの容姿を褒める。尚、本国のエリュシオンでも浮いた話が無いセルシウスには、男色疑惑が数多く上がっている。

「まぁ、嬉しいわ。それに……素敵なお店をありがとう。お仕事は終わったのかしら?」

「ああ……ご覧の有り様だがな……他に客は?」

「貴方に建てて貰ったお店で、最初のお客様としてもてなそうって……。街で見掛た時、お疲れみたいだったしね」

「それは光栄だな……っと!?」

 セルシウスは松葉杖をついてマオのところへ行こうとするが、バランスを崩しかける。

 サッとマオがセルシウスを支える。

「どうしたの? この足?」

「ふ……涅槃の間を作るために少々張り切りすぎただけだ」

「そう……」

 マオは深く事情は聞かずに、セルシウスをカウンター席まで連れていく。

「随分、疲れた顔をしてるのね……」

「ここ数日まともに寝てないのだ……」

 苦笑するセルシウスをマオはじっ……と見つめた後、

「アルコールより、胃に優しい暖かい食事の方が良いかしらね?……彼にあれを」

 マオの言葉に、ブルーズが無言で奥の厨房へと姿を消す。

「お仕事が全部終わったなら、もうエリュシオンへ帰るのかしら?」

「ああ……いや、まだ街で作っていない家や店舗がある。それらの完成を全て見届けてからだな」

「あまり、無理をしてはいけないわよ? ……なんて言っても、貴方はするのでしょうけど?」

 マオはシャンパンを一口飲むと、そのグラスの縁を色っぽく撫でつつ悪戯っぽい笑みを浮かべてセルシウスを見つめる。

「…………わた」

 何か言おうとしたセルシウスの前に、厨房から戻ってきたブルーズが、一杯のスープとグラスを置く。

「む……これは?」

 セルシウスが器を見つめる。

「良い匂いだ……カツオ出汁だな」

「ええ、カツオ出汁がたっぷり効いた和風のとろみスープと、乳酸菌飲料の水割りよ。さぁ、どうぞ?」

「しかし、疲れきっているためか、あまり食欲は無いのだが……」

「そういう人向けのオーダーなのよ。さ?」

「うむ……ズズッ」

 具だくさんのスープをスプーンで一口すするセルシウス。

「……う、美味い!!」

「でしょう?」

 スープには、くたくたに煮込んだキャベツと大根、ジャガイモが入っており、カツオ出汁がそれらと良くマッチしている。しかも、とろみがかかっているのは、敢えて熱々ではなく人肌程度の適温まで落とした温度がこれ以上冷めないように、との工夫だ。

「この甘すぎず、さらりと飲めるドリンクも良いな! 少しだけ甘い分、水よりも飲みやすいぞ!」

 乳酸菌飲料の水割りを美味そうに飲むセルシウス。尚、この二品はブルーズの二日酔い用メニューそのものだ。

 夢中でスープを食べるセルシウスの姿に、頬杖をついたマオはクスリと笑って椅子から立ち上がると、ステージの方へ向かう。

「……」

 スープを完食し終えたセルシウスが、背中の大きく開いたマオのロングドレスを追う。

 やがて、カウンターに置かれていた宝石箱のようなオルゴールの箱の蓋がブルーズの手によって閉じられると同時に、ステージに立つマオがマイクでセルシウスに呼びかける。

「あなたが好きな、エリュシオンの歌を教えてくれるかしら? こう見えても私、意外と勤勉なのよ」

「エリュシオンの歌……か」

マオの微笑みに、セルシウスが好きな曲のリクエストを暫し考える。

「我がエリュシオン帝国の豊かな大地を歌った歌を知っているか?」

「その歌……『緑の中で』かしら?」

「ああ。お願いできるか?」

 ブルーズがセルシウスの空いたグラスに再び乳酸菌飲料の水割りを無言で注ぐ。

 グラスを手にしたセルシウスは、ゆっくりとマオの歌声に耳を傾ける。

 マオが歌うその歌は、エリュシオンの広大な土地を歌った歌であり、セルシウスの心の中に、幼き日に駆け巡った緑の草原が蘇る。

「(アスコルド様……私はやり遂げました……是非、私の涅槃の間に……)」

 セルシウスの想い出に蘇ったアスコルドは、彼にいつもは見せない穏やかな笑顔を見せる。