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紅葉が散る前に……

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紅葉が散る前に……

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皆で楽しく紅葉の山で

 トントン、トントン。
 紅葉の山の川辺で軽快な音を立てながら、水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)がバーベキューに使う野菜を切って行く。
 トントン、トン、トン……。
 ふと、包丁の音が止まった。
「あっちはどうなってる……かなあ」
 霧島 玖朔(きりしま・くざく)早瀬 咲希(はやせ・さき)の2人はテントの設営に行っている。
 イルミンスールの学生である睡蓮は力仕事が苦手なため、自分はバーベキューに必要な肉や野菜の準備をすると言って、ここに残ったのだが。
 ニンジンを切って、ナスを切って……しているうちに段々と不安になってきた。
「向こうで……いい雰囲気になってたりしないかな?」
 睡蓮は咲希に色々と先んじられていた。
 先のデートでは咲希だけが玖朔と公園でデートしてキスをして。
 吉野デートの際には、水筒を使った間接キスでも先を取られ。
(でも、背中を洗ってあげた時は……)
 その時の行動を思い出して、睡蓮は自分で恥ずかしくなる。
 ただ……。
(霧島さん、教導団の人だから、なかなか会えなくて……だから……)
 だから今日は絶対後悔しないようにしたい。
 睡蓮はそう気合を入れていた。
 他校生同士の恋愛は割と辛い。
 抽選という名のラスボスに勝てなかったり、同校生同士のカップルが当然のように依頼に一緒に行ってるのを見て、羨ましく思ったり。
 睡蓮はイルミンスールの生徒だが、咲希は玖朔と同じ教導団の生徒なので、そこはやはり羨ましく思っていた。
「せっかくメイドになったのだし、いいところ見せないと……」
 この少ない機会を逃さぬため、睡蓮は玖朔が用意した牛肉と豚肉、そして珍しい猪肉を綺麗に切った。
 そして、先に切った野菜と共にお肉を串に刺し、準備をしていく。
 玖朔がおいしく食べてくれるように、と願いながら、睡蓮は一生懸命、串を作っていくのだった。

 その頃、咲希は玖朔を手伝って、キャンプの設営をしていた。
 しかし、睡蓮が不安がるような展開は、特に起きていなかった。
「後はバーベキュー用の薪や練炭を運ばないと」
 航空科のため、歩兵科ほどの体力はない咲希だが、それでも教導団仕込みの体力でなんとか運んで行った。
 焼き芋用の芋を少量運び終え、咲希が玖朔に促した。
「さ、それじゃ戻りましょう。水無月さんも待っているでしょうし」
「ああ」
 キャンプの設営を終えた玖朔が咲希と並んで、睡蓮のところに戻る。
「あ、お2人とも」
 早く帰って来た2人に睡蓮はうれしそうな微笑みを見せる。
 何もなかったんだ、と安心したのだろう。
「ただいま。それじゃ、始めようか」
 玖朔と睡蓮と咲希の3人は仲良くバーベキューを始めた。
 火術と氷術で火加減を調節して、睡蓮が上手に焼いて行く。
「はい、刻みネギと卸しニンニクを入れた焼き肉のタレ。おいしいよ」
 咲希がそのタレにワサビを添えたお皿を配る。
 自然に気を配る咲希は、ちゃんとゴミ用のポリ袋も用意している。
 天気の良い秋の日に、紅葉を見ながらのバーベキューは、夏とはまた違った趣があり、楽しくて思い出に残る一日となった。

 夜。
 キャンプを設営したということは、つまりはそこで寝るということだ。
 玖朔の用意したおいしいお肉をいっぱい食べた三人は、川の字になって一緒に寝た。
 いや、ある意味寝てはいない。
 なにせ本番はこれからだから
 三人で星を見た時は、咲希が玖朔に寄りかかって星を眺め、一歩リードされた。
 睡蓮はそのことを悔しがっていた。
(もう少し、もう少し積極的なら……!)
 もっとも咲希の方とて悩みがある。
 お互い牽制していると進展がしない気もするけれど、牽制しないと相手に取られかねない。
 しかし、あまり2人で牽制をしすぎると、奈良の温泉でのように玖朔が逃げることになるかもしれない。
 悩ましい……。
 そう思いながら、咲希はコロンと転がり、玖朔に抱きついた。
「……霧島さん……」
 そしてそのまま玖朔の背にくっつき、安心して寝てしまった。
 咲希が寝たあと、睡蓮は2人の様子を見て、おろおろしていた。
(同じテントでお休みしてるのに……)
 バーベキューでもお肉や野菜を焼くばかりで、ぜんぜん何もできなかった。
 あーんとかするべきなのかなと思いつつ、結局は動けなかった。
 今もこうやって咲希は玖朔にくっついているのに、自分は何もできない。
(早瀬さんがき、キスしたんだから、私だって……そ、それくらい……)
 睡蓮は本日五度目のチャレンジをしかけて。
(……無理だよぉ)
 まためげた。
 ぐすんと泣きながら、それでもやっとの勇気を出して、少し、玖朔に近寄る。
「水無月」
「は、はいっ」
 近寄った瞬間に玖朔の目が開き、睡蓮は驚いて離れかける。
 しかし、その腕を玖朔が取り、自分の方へ睡蓮を引き寄せた。
「あ、あの……」
 近寄ったりしてゴメンナサイ、謝ろうとして、睡蓮は頬に触れられて、言葉を止めた。
 パチンと音がした。
 玖朔がSPタブレットを開けた音だ。
 何をしているのかと睡蓮が見ていると、玖朔はそれを口に含んだ。
 そして……。
「あ……」
 睡蓮にそのまま口移しの要領でキスをした。
「口直しはこれで十分だよな?」
 玖朔の気遣いに、睡蓮は涙が出そうになった。
「今日は一日ありがとうな。料理もやってくれて、感謝しているよ」
「はい、はい……」
 髪を撫でられ、睡蓮は幸せいっぱいの気持ちで眠りについたのだった。


 「ってか、目立つ集団だよなぁ243、210、188、182!」
 ウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)は楽しげに自分たちの集団を見つめた。
 是非ともウォーレンには雷堂 光司(らいどう・こうじ)に「君たちは目立ってないよ」言って欲しいくらいだ。
 教導団3人、薔薇学1人。
 でかいなんてものでない集団が、しかも男だけの集団がそこにはある。
「……何故、男しかいないのだろう……」
 フリッツ・ヴァンジヤード(ふりっつ・ばんじやーど)は周囲のカップルたちを見て、何とも言えない気持ちになった。
「こうなったら鷹村に『うらめしや〜』という電波を……。いやいや、電波を送りすぎて、鷹村が来れずにルカ嬢が一人で出かけていたし」
 一人、真剣な顔で考え込む。
 しかし、どの友人知人も割と一人参加で、電波を送る当てが見つからなかった。
「ここはやはり女性2人連れてバーベキューに行った霧島に呪いをかけておくべきか……。いや、セオボルトも何やら女性と出かけるようなことを言ってたし……」
 その横でサミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)も、やきもきとしていた。
(本当はフリッツだけ誘ったんだけど……な)
 それでもまあいいか、とサミュエルは思った。
 人が増えても、楽しければ良しと。
 じっとフリッツを見てみる。
 うまく表現できないけれど、フリッツを想う気持ちは、団長を思う気持ちとは違う気がする。
 フリッツには「嫁に来い!」と言った。
 クリスマスもバレンタインも誘ってみた。
 2月になったら言えと答えられたり、地球に帰るから無理言われたりだけど、ちゃんと行動した。
 団長好き好きと言うとフリッツが嫉妬するというので、その言葉も封印した。
 でも。
「でもね。俺だってフリッツが他の人と仲良かったらそれなりに嫉妬するヨ……?」
「ん?」
 隣で何か声が聞こえた気がして、フリッツが視線を向ける。
「何か言ったか?」
「あ、ウウン……」
 言葉を飲み込むサミュエルを見て、フリッツが小さく溜息をつく。
「あのな、何かあるときはちゃんと……んっ?」
 フリッツはサミュエルを諭しかけて、ふと、何かが引っかかっていることに気づく。
「あ、待ってフリッツ。ちょっと屈んでみ?」
 ウォーレンがフリッツを止めて、ちょいちょいと下の方に手招きする。
 フリッツが屈むと、ウォーレンは手を伸ばして、フリッツの髪にくっついた枝を取ってあげた。
「なんていうかさすが背の高いメンツってところだよね。紅葉がつくかなーと思ったけど、枝にひっかかるなんて」
 枝と一緒にくっついてきてしまった紅葉の葉を見ながら、ウォーレンが微笑む。
「フリッツの髪は紅葉色〜♪」
「…………」
 そんな様子をフランチェスコ・フキロイ(ふらんちぇすこ・ふきろい)は黙って見ていた。
 むっつりとしていて、何を考えているのか分からない。
 しかし、ウォーレンはそんなフランチェスコに気づき、近づいていって、飴を差し出した。
「はい」
 手に乗せられた飴を見て、フランチェスコは何とも言えない顔をする。
 しかし、こくりと頷いたのを見て、ひとまずもらう気はあるようだと、ウォーレンは理解した。
 その後は『フリッツの隣の取り合い』になった。
「ああ、もう……山道なのだから、横に並ぶな。というか、普段の歩道でもするな。他の人の邪魔だ」
 もうなんだか修学旅行の引率の先生気分でフリッツが窘める。
「ごめんな、フリッツ。第三師団のことで忙しいのに」
「ああ、ハムスターのゆる族が見たいな……」
「へ?」
 ウォーレンが問い返すが、心ここにあらずなのか、フリッツは適当な生返事をする。
 しかし、サミュエルが同じように「フリッツ骨折平気かな?」と聞いても「ああ……」くらいしか言わないので、別にウォーレンにだけ適当ではないようだ。
 適当に見晴らしのいいところにつくと、ウォーレンが肩提げバッグから大きなシート、水筒、コップ、ゴミ袋を出し、水筒の紅茶をみんなに配った。
「さ、フリッツも座ろう」
 サミュエルが手を繋いでフリッツを座らせ、みんなで一緒にご飯を、になる。
 のだが……。
「はい、お弁当」
 一生懸命作ったサミュエルの料理は……何を使ったらこんな色が出るんだろうという素敵なお弁当が出来上がっていた。
「朝から頑張って作ったよ!」
「がんばった……?」
 頑張らない方が良かったのではと言いたげなフランチェスコだったが、フリッツは気にせず弁当を見た。
「フリッツも食べて!」
 サミュエルに差し出されて、ハンバーガーを開けていたフリッツが頷く。
「ああ、ありがとう」
 なんでもないようにフリッツが普通につまむ。
「……これ」
 フランチェスコもフェデリコが空京に行って買ってきた良い食材で作ったお弁当を持参していて、その中からリンゴをフリッツに差し出した。
「くれるのか」
「…………うん」
 こくりと頷くのを見て、フリッツがそれを受け取る。
 フランチェスカはそのまま、フリッツのハンバーガーを見て(ちょっとお揃い)と思いながら、チーズバーガーをもぐもぐ食べた。
「フリッツの好きな食べ物って何?」
 ウォーレンが質問すると、フリッツはちょっと首を傾げた。
「味はあまり気にしないから別になんでも」
「そっか。俺は家庭料理が得意なんだ。料理は機会あったらその時に」
 機会があるといいなと思いつつ、そう言ったウォーレンだったが、急に卒倒した。
「ああっ、ウォーレン!」
 慌ててサミュエルがスルメを口につっこむと、ウォーレンが復活した。
「す、スルメがなければ死んでいた」
「それもイッキョウ……カモ?」
「サミュー!?」
 2人がじゃれ合う中、フランチェスコが横目でフリッツを見る。
 フリッツには以前お茶会で見かけたときに一目ぼれして、一度告白している。
 でも、それにイエスの返事はなく。
 ふと見ると、ライバルいっぱいだった。
 フリッツを恋愛として好きなウォーレンも。
 無意識にフリッツと2人で行きたいと思ったサミュエル。
 みんなライバルだ。
 といっても……当のフリッツはと言うと、食事を終えて、一人、紅葉を眺めていた。
「以前写真で見た日本の光景にそっくりだが、植生が同じということは、つまり土壌や植生にも大きな類似点があるのだろうか……」
 パラミタで紅葉が見られる場所があるとはなあと思いながら、(やれやれ、我も何をやっとるんだか)と自分に苦笑する。
 なまじ仲の良いやつらに誘われた以上は無下に断ることもできんしなぁ……と思って来てみたが、気晴らしになるようなならないような。
「みんなカップルで来てるな」
 ふと気づくとウォーレンが隣にいて、話しかけてきた。
「そうだなあ……うん、いいことだよ。愛する人がいるのはさ☆」
 にかっと笑った後、ウォーレンはフリッツと同じ紅葉を見ながら、語るように言った。「愛しても良い人ができたら、己の全てで愛しむと決めてたりな。……許されるなら命懸けで幸せにするよ。なーんてな☆」
「そうか、そのような相手ができたらいいな」
 フリッツがそう答える。
 それは別に意地悪でもなく、フリッツはそんな感じで思っていた。
 ウォーレンに限らず、誰に対しても同じ感じで。
 そのままゆっくりと紅葉を見て、四人は帰っていた。
「……負けない」
 フランチェスカがそんな言葉を残しながら。