校長室
【2024VDWD】甘い幸福
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14.希望 バレンタインのランチタイム。 「夜は予定ありそうだからね、昼にしたんだ」 リン・リーファ(りん・りーふぁ)は、ゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)を誘って、予約してあったレストランに訪れた。 「バレンタインの特別なコースを予約しておいたよ」 「それは楽しみだ」 外見年齢相応のお洒落をして、リンはレストランの中にゼスタをエスコートする。 桃色とチョコレート色の照明と蝋燭がテーブルに置かれており、ほのかに甘い香りが漂っていた。 窓際のテーブルに向かい合って腰かけて。 運ばれてくる料理を楽しんでいく。 「フルコースはフレンチでどの料理にもチョコレートが使ってあるんだって」 「……チキンにも?」 ゼスタはフォークで、ワインで煮込まれたチキンを刺し、リンに見せた。 「うん、衣とかソースにね」 「ふーん、だから普段のものより甘いのか」 ゼスタは料理を口へと運び、満足そうに頷いていく。 「このワインは去年のと似てるね?」 ふふっと笑いながら、リンはグラスに入ったワインを揺らして香りを確かめる。 アルコールの匂いと、チョコレートの匂いが混ざった甘い香りだった。 「そーいえばぜすたん去年は総長さんと勝負してたっけ。まだ一年前? もっと前だった気もする」 「それは、思い出さないでいい」 義理チョコの苦い思い出が浮かんで、ゼスタは少し不機嫌そうな顔になる。 「ごめんねっ」 言いながら、リンはくすくす笑ってしまう。 リンにとっては楽しい思い出だし……ゼスタにとっても、忘れたい過去というほど嫌な思い出ではないはずだ。 「そうだ、今年は総長さんからチョコレート貰えた? あと水仙のあの子からも」 「神楽崎からは義理。アレナからは試食のみ。ま、もらったということにしておく」 「そっか、良かったね。あ、じゃあ総長さんたちにお返し考えなきゃだね!」 リンが嬉しく思いながらゼスタにそう言うと。ゼスタはちらりとリンの顔を見て、答える。 「それじゃ、アレナには神楽崎やリンチャン達へのお返しの試食を頼んで、神楽崎分を預けることにする」 「うんうん。……でもなんだかちょっと元気ない?」 少しゼスタが会話に集中していないような気がして、リンは不思議そうに彼に問いかけた。 「あ、いや。少し気にかかってることがあってな」 ゼスタは軽く苦笑して、パートナーの神楽崎優子からチョコレートを貰った時のことをリンに話した。 優子が、アレナを将来自分の籍に入れるつもりだということ。 ゼスタの偽物が現れた時、ゼスタの家に掛け合って引き取ろうとしていたということ。 アレナが優子の娘になることをこのまま望むのなら、ゼスタのことも、将来自分の息子にと考えている、ということを。 「……息子! ぜすたんが総長さんの息子!?」 驚いた後、リンは声を上げて笑い出した。 「はははは……神楽崎の野郎、ふざけやがって」 苦笑いをした後、ゼスタは言葉を続ける。 「だが、この話には続きがあってな。 俺の偽物がシャンバラに現れた時、神楽崎は実家に連絡をいれて、アレナと俺を実家の――自分の父親の養子に出来ないかと頼んだそうだ。正確に言えば、神楽崎の父は、既にアレナについては手続きをしていないだけで、神楽崎家の娘として考えてくれているらしい」 「で、総長さんのお父さんはなんて答えたの?」 「俺についても、了承してくれたそうだ。場合によっては地球の警察病院で俺の身柄を預かろうかと話を進めていたんだと」 食後のチョコレート風味のコーヒーを飲んで、ゼスタはふうと息をついた。 少し考えて、ゆっくりと呟きのような小さな声で言う。 「神楽崎の協力があれば――10年、もしかしたらもっとずっと早く、自立することが出来るんじゃないかと思えた」 それからリンを見て尋ねる。 「今の仕事と立場から完全に離れるために、しばらくシャンバラを離れたいって言ったら――リンは一緒に来て……いや一緒に行けるか?」 「どうかな?」 リンはにこにこ笑みを浮かべている。 「ったく、自分からは無茶なこと言うくせに、俺の誘いには一発OKの返事をくれない。お前ってホント天の邪鬼」 ちょっと膨れて言うゼスタを、リンは可愛く感じた。 「命を大切に、ゆっくり考えていこうね。でも決行する時は、家出とか駆け落ちみたいになるのかな、ふふふ」 最後の一口サイズのチョコレートケーキを食べて、リンは満面の笑みを浮かべた。 「美味しかった〜」 料理も美味しかったけれど、ゼスタがしがらみから抜け出せるかもしれないということを聞いて。 本当に本当に、自分のこと以上に嬉しくて、笑みが止まらなかった。 「うん、美味かった」 ケーキを口に運んで、ゼスタも笑みを浮かべる。 「ホワイトデーは、クリスマスにもらったチケットを使おう。今度はぜすたんがエスコートしてね」 「ああ、スイートルームも予約しておくぜ」 「おお! 一人で泊るのはもったいないから、みゆうたちも呼ばないと」 「こら」 ゼスタがリンの頭に拳をとんっと置いた。 リンはゼスタを見上げて悪戯気に微笑み、ゼスタも笑みを浮かべて。 会計を済ませてからも少しだけ。ゼスタの講義の時間が訪れるまでの間、一緒に過ごしたのだった。