校長室
【2024VDWD】甘い幸福
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16.言えなかったこと 2月26日。 バレンタインとホワイトデーの間に、クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)の誕生日がある。 クリスティーはこの日、ペンフレンドである百合園女学院校長の桜井 静香(さくらい・しずか)を誘って、ヴァイシャリー湖遊覧クルーズを楽しんだ。 パートナーのラズィーヤや生徒達との貸切でのクルージングは時折楽しんでいるものの、こういった一般の人たちと一緒に楽しむ機会は殆どなかったようで、その日は普通の女の子のように、静香は景色や跳ねる魚、空を飛ぶ鳥たちの姿を純粋に楽しんだのだった。 クルーズを終えたあと。 クリスティーは予約してあったレストランで食事をして、それから休憩用の個室に静香と共に訪れた。 静香はクリスティーにも自分の性別が男であることを明かしてあった。 そしてクリスティーには人に言えない秘密があることも知っていた。ただ、秘密の内容は知らないし、静香から無理に聞き出すこともなかった。 「薔薇学の喫茶室で期間限定で売られているものなんだ」 どうぞ、と。クリスティーは、薔薇の形のクッキーを静香に差し出した。 「ありがとう。……うん、ちょっと苦みがあって美味しいね」 タシガン・コーヒーを生地に練り込んだビターな味のクッキーだった。 2人はお茶を飲みながら、クッキーを摘まみ、ゆっくり休息の時を過ごしていく。 お茶を飲み、外に広がっている庭園を眺めながら、クリスティーは手紙では明かせなかった過去の事を、静香に話す……。 「発端は契約者になりたくてイギリスから空京に来て、そこで同じ理由で空京にきていた相棒と出会ったんだ。 互いに一目見て運命的なものを感じて1時間も話したら契約する事になったんだけど、その瞬間……2人の体が入れ替わってしまったんだ」 「……え!?」 驚く静香に軽く笑みを見せて。 クリスティーは話しを続けていく。 「今でも何が起きたのか分からない。 最初のうちは元の身体に戻りたい、いつか戻れるかと模索したけど、そのうち2人とも互いの身体に刻んだ経験や思いは手放せないものになったから、今の自分が本当の自分だと考えるようになったんだ」 「うーん……」 「静香さんとも最初からこの姿で出会ってるしね」 そう微笑みながら言うと、難しい顔をしていた静香も微笑して頷いた。 「歌い方を勉強しなおさないといけなかった事は辛かったけど楽しくもあった。不満があるのは背が伸びない事かな」 「ああ、うーん。身長は遺伝的な問題もあるしね。でもほら、僕の方が小さいし、ね」 静香の言葉に、柔らかな笑みを浮かべて頷いてから。 クリスティーはお茶を口に運んで。 少しだけ、言葉を休んでから。 息をついて、真剣な目で静香を見た。 「そしてもう1つの秘密を知ってほしい」 そう言うと、クリスティーはおもむろに服を脱ぎだした。 「……え!? どうしたの、暑いの!?」 驚く静香の前で、ナベシャツとトランクスの下……に履いているものを、女性用のパンツの姿を静香の前にさらけ出した。 「え、ええっ」 驚いている静かに、クリスティーは頭を下げて謝罪をする。 「ごめんなさい。男として女性が好きだといいながら、とんだ変態だよね」 「えっ、で、でも……体が入れ替わったからで」 「うん、心では男のままなのは本当なんだ」 「と、とととにかく、服着てね? 僕は見ちゃいけない気がする……っ」 静香は赤くなって俯いた。 「うん、変な姿見せて、ごめんなさい……」 謝罪しながら、クリスティーは再び服を纏った。 静香はほっとした表情でクリスティーに視線を戻す。 「クリスティーさんにとっての、皆に知られたくない重要な秘密。僕に話してくれてありがとう」 下着姿の女性の体を見たからか、静香は恥ずかしげに言葉を続けていく。 「心と体が一致しないのは、とっても辛いよね。僕に出来ることがあったら、言ってね。 それから、クリスティーさん達の事情を知ったら、誰も変態だなんて思わないと思うよ。パラミタでは同性同士の恋愛も普通のことだし、女性の身体で男性の心で女性を好きになってもおかしいことじゃないと思う、うん! 僕もびっくりしたけど、クリスティーさんに対しての気持ち、何も変わらないよ」 言って、静香は曇りのない目で、クリスティーに微笑みかけた。 温かい、と、クリスティーは感じた。 苦しかった思いが、溶けて消えていくような感覚を覚えていく。 「そうだ。お誕生日おめでとう!」 静香は用意してあったプレゼントを取り出して、クリスティーに渡した。 「ありが、とう」 驚きながら受け取って、中を確認すると。 中には手作りのベルトループキーホルダーが入っていた。 男物でも女物でもない。 クリスティーに似合いそうなものを、静香は用意してくれていた。 「大切にする」 プレゼントを握りしめて、クリスティーは嬉しそうに微笑んだ。 静香も「喜んでもらえてよかった」と、可愛らしい笑みを浮かべていた。