校長室
【2024VDWD】甘い幸福
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21.勇気を一粒 (……これまで、水場でのデートは相性が良かったから……) 風馬 弾(ふうま・だん)がアゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)をヴァイシャリーに誘ったのは、そんな縁起を担いだからだった。 勿論、ヴァイシャリーがシャンバラで最も風光明媚な街として知られているということもある。 昼間の<はばたき広場>は、広がる青空と時計塔を背景に白い鳩がその名の通り翼をはためかせて、それが爽やかだ。 ヴァイシャリーは地球の中でも日本文化の影響を受けており、弾は異国に母国の混じった風景を楽しみながら、露店でバレンタイン仕様のココア生地の苺クレープを食 べながら、歩きながら……周りのカップルたちのことを意識してしまう。この雰囲気なら、いけるかもしれない……。 (でも、風景よりもアゾートさんはもっときれい……とか言ってみたり) 一人で想像して真っ赤になっている弾だったが、アゾートの不思議そうな視線に気付く。 「どうかした?」 「クリーム、付いてる」 弾は慌てて口の端っこについた生クリームを拭った。 二人は、水路を行くゴンドラや水上バス(ヴァポレット)を眺めてヴァイシャリーを歩いた。 風景を眺めるのが主目的、のようになっている。 (……それ以前に僕たちはカップルらしく見えるかな……) へこむ弾だったが、アゾートは相変わらず無口でも、僅かに微笑んでいるところを見ると楽しんではいるようだ。 「アゾートさんの故郷のスイスもこんな街並なのかな〜」 「……スイスは高い山が多いから、全部とは言えないけど」 アゾートは午後の暖かな日差しも名残惜しい大運河を指して言う。 「首都のベルンにはヴァイシャリーと同じように、大きな川が流れているんだ」 少しずつ日が傾いて、夕方になった頃、弾は特に景色の良さそうな場所を見付けてアゾートを誘った。 「ア、アゾートさん。これ、今日バレンタインだから……チョコ作って来たんだ。 確かスイスとかでは、男女問わず贈り合うらしいから……僕からでも、おかしくないよねっ」 弾は火傷と切り傷だらけの指でチョコを一つ摘まむと、アゾートの口元に差し出した。 「あ〜ん」 「……あ〜ん……? ボクは口、開ければいいの?」 不思議そうな顔で従うアゾートの口に、弾はチョコレートを入れる。 アゾートは意味が分かっていないようだったが、少し笑みを見せて、 「……おいしいよ、ありがとう」 と言ってくれて、それだけで弾は十分幸せな気持ちになるのだった。 そしてチョコを食べてから、二人はまた歩き始める。