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【ニルヴァーナへの道】浮遊要塞アルカンシェル(後編)

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【ニルヴァーナへの道】浮遊要塞アルカンシェル(後編)

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第3章 空京

「当然ではあるが、敵の急襲があれば女王は安全な場所に移される……。しかし、どうにも、あらかじめ準備された場所へ誘い込まれた気もするな。気にし過ぎであれば良いのだが」
 国家神、アイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)のパートナーである高根沢 理子(たかねざわ・りこ)が人質になっているという知らせを受け、姫神 司(ひめがみ・つかさ)は、ロイヤルガード志願者として、宮殿を訪れていた。
 彼女は政府の信用を得ている為、すぐに広間へとは通されたが、女王は既に退避した後であり謁見は叶わなかった。
「これが杞憂でなければ、今のシャンバラも古王国時代とさして変わらぬ道を歩むか」
 室内に集った者を見回して、要人に関係する状況全てを疑い、安全策を練っていく。
「女王の避難場所については、本人と護衛しか知らないとのことです」
 グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)が、小声で司に言った。
「知っていたとしても、簡単に漏らすような意識の足らないものはいないだろう。いては困る」
 司は大きくため息をつく。
 会議に最初から参加できていたのなら、自分も護衛に志願したかったのだが。
「連絡も禁じられてるらしい」
 情報収集を行っていたヒューバート・マーセラス(ひゅーばーと・まーせらす)だが、アイシャとの連絡方法だけはなかった。
「それも通信機で簡単に連絡が出来てしまうようでは困る。傍受の可能性があるからな」
 会場を見回していた司は、政府のパソコンを用いて、情報受発信を担当している人物に目を留めた。
 それはリア・レオニス(りあ・れおにす)のパートナーの、レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)だった。
「なにかの際には、電波の届かない場所にいたとしても、彼を通じて連絡をしてくるだろう」
 司は、アイシャを護衛して宮殿を離れた者の名だけ確認させてもらう。
「女王と縁のある十二星華に、ロイヤルガード、軍属の者か。堅実な人選だな」
 アイシャ自身、もしくは同行者が漏らすようなことをしない限り、大丈夫だろうと思えた。
 理子にもしものことがあれば、アイシャもただでは済まないが、命に別状はないはずだ。
「しかし何故、犯人達は代王である理子が乗る列車を計画的、かつ用意周到に襲撃出来たのだ?
1日一便などでは無い上に、ヒラニプラ行きの列車に乗る情報自体どこから漏れたのか……
そもそもアルカンシェルが動き出してから襲撃計画を立てたのでは、間に合わないであろう。
襲撃に事前計画性と確証があり過ぎる。ある程度の期間をかけて仕組まれたものと考えるのが妥当か?」
「そうだな。偶然のようには思えない」
 聞いた情報をとりまとめながら、ヒューバートが司の問いに答えた。
「犯人は代王を押さえた事を知らせて来ただけで、何も要求はしてきていないのか?」
 司がヒューバートに尋ね、ヒューバートが情報を確認する。
「普通に、近づくなとだけ要求しているようだけど、救出に動かなきゃ、アルカンシェルに撃たれて、落ちるだろうし、動かないわけにはいかない」
「……不可解ですね」
 グレッグが考え込みながら言い、司とヒューバートが頷いた。

「冷静な判断が出来る者のみ、集まってくれ」
 ミケーレ・ヴァイシャリーと、官僚達から宮殿に集まった者達にもアレナ・ミセファヌスに届いた何者かの言葉が伝えられた。
「情報を整理し、取るべき手段を決めよう」
 そう発言をしたのは、レン・オズワルド(れん・おずわるど)だ。
 彼が目を向けると、情報収集に勤しんでいたパートナー達はうなずいて、現状の報告を始める。
「手短に報告いたします」
 メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)が各地から届いている情報について、手短に説明をする。
 アルカンシェルに突入した者達は、制御室を除き目的場所についていると思われるが、まだ良い知らせはない。
 外部からバリア装置を2か所破壊したようであること。
 その2か所の位置から推察し、全部でバリア発生装置は6か所と思われるということ。
 防衛システムの解除に至らずとも、バリア発生装置を全て破壊した後であれば、駐留軍の一斉攻撃でアルカンシェルを破壊することは不可能ではないと思われること。
 ただ、犠牲は出るだろうということ。
「空京の避難ですが、混乱は起きていますが、着実に進められています。この辺りに留まっているのは、宮殿に残っている人達だけです。今の報告で空京駅が狙われていることが判明しましたので、即座に、駅からも離れていただくようご指示をお願いします」
 ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)は避難状況を報告した。
「そのここに残っている者だが、女王だけではなく要人は全て避難すべきだ。ここも攻撃目標のようだからな」
 ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)は、既に避難場所として、ツァンダの蒼空学園に要請を出してあると話す。
「そうだね。早く避難した方がいい。既にミサイルの射程内に入っているとの連絡も入っていますしね」
 ミケーレがそう言い、官僚達に避難を促す。
「無論、お2人にも避難していただく」
 ザミエルはミケーレと錦織百合子にそう言った。
「俺は君達と一緒でいいよ」
「……私も、白百合団員が全員避難してからにいたします」
「そういうわけにはいきません」
 レンが厳しい声を上げる。
「まずは自分達の生まれや立場を自覚していただきたい」
 女王が避難したのと同様、2人も『契約者だから』『友人が残っているから』などという理由で、残ることが許されない要人だ。
「……そうだね、従うよ」
 ミケーレは僅かに笑みを浮かべた。
 百合子は黙ってうつむく。
「だけど、君達だけに任せるわけにはいかない。君達が責任を負える立場じゃないって意味でもね。契約者でヴァイシャリー家の一員である俺の存在は空京に必要だと思うけど?」
 そのミケーレの言葉に已む無くレンは頷く。
「では、お2人は自分達の移動場所として考えていた市街地に、移っていただきます」
 レンは宮殿から避難をする可能性を考え、国軍に協力要請を出し、市街地に第二本部と作ることをも計画してあった。
 その第二本部の取りまとめをミケーレにお願いしたいと言う。
「仕方ないね」
 苦笑して、ミケーレは百合子に目を向ける。
 百合子も軽く苦笑をする。
 これまでに届いていたデータと、レン達が手配した場所までの地図を受け取ると、ミケーレは百合子と護衛、警備兵を連れて、宮殿を発つことにする。
 その前に。
「また後程会いましょう」
 レンはそう言い、右手を差し出した。
 ミケーレはくすりと笑みを浮かべながら、レンと握手を交わす。
 その瞬間に、レンはミケーレが指に嵌めていた指輪から、サイコメトリで情報を得る。
 浮かんできたのは、見たことのある女性の顔。彼女にもらった指輪のようだった。
「アイシャ様も第二本部にお呼びして、対策を練ることにするよ」
 最後にミケーレは笑顔を浮かべながら、一瞬威圧的な鋭い目をレンに向け無言で『何も言うな』と語りかける。そして、百合子達と共に車庫に向かって行った。
(僅かな疑念を感づかれたか……それとも……)
 レンは席に戻りながら考える。
 ヒラニプラ行きの列車が乗っ取られ高根沢 理子(たかねざわ・りこ)が捕らえられている。
 こちらも一連の要塞の動きに連動した事件と判断するのが自然だが、そうなると敵は代王のスケジュールも把握していたことになる。
 要塞の出現タイミングといい、一連の出来事が全て『不自然な程』スムーズに起きている。
 ――内通者の存在。
 口には出さないが、レンはそれを感じ取っていた。
 ミケーレについては、立場は信頼できるが、個人として信頼できるかどうについては、まだ何とも言えない。
 その為、同行をする友人から情報を得るつもりであった。
 要塞内にいる仲間ともテレパシーで連絡を取り、情報の取りまとめに従事していく。

「同行させてください。情報面でのサポートもできますよ」
 会議中、百合子の傍に座っていた志位 大地(しい・だいち)とパートナー達はミケーレと百合子達をサポートして避難することにした。
 ……彼女達がティリアから報告を受けている時、大地はレンと意見を交わしていた。
 ミケーレは一見、契約者達に理解があり、皆を正しい方向に導いてくれているようには、見える。
 が、そう見せかけて会議の流れを意図的に作ってるのかもしれない。
 事件の解決だけではない、なんらかの目的の為に。
 そんな風に考えて、大地は百合子の護衛として、監視を目的に2人についていくことにしたのだ。
「第二本部へはどのように向かわれるのですか?」
 メーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)が、ミケーレに問いかけた。
「公用車で連れて行ってもらうつもりだ。大事な兵力を割いてもらうわけにはいかないからね」
 避難誘導も、護衛も自分達より一般人や政治家に割くべきだとミケーレは言う。
「シャンバラの人々のことを、考えてくださっているのですね」
 青い鳥のそんな言葉に、ミケーレは薄く笑みを浮かべている。
「普通にね。貴族は民に養ってもらっている。民を生かす仕事をするための移動ならやむを得ないけれど、民を犠牲にする避難なら俺はする必要はないね」
 そういう彼は、優しそうな人に見える……けれど、底が見えないとも感じる。
 大地は気付かれないよう注意深く観察を続け、青い鳥は殺気看破を試みてみる。
 現在のところ、害意を感じることはなかった。
「ミケーレさんは、今回の首謀者について何か心当たりがあるのでは?」
「……そうだね。今一番怪しんでいるのは、君のことかな」
「!?」
 ミケーレの鋭い目が一瞬大地に向けられた。
「要人を護衛するふりして、拉致……いい手だと思わない?」
「リスクが大きすぎますよ」
「一般善良学生を装って、シャンバラに潜伏し、テロ決行を待っていたとかね」
「そういう人もいたようですけれどね。俺は善良じゃありませんし。ま、疑っていただいても構いません」
 こちらも疑っているのだから。
 そう大地は心の中で付け加える。
 だが、彼らが本当に皆のためを思って動いているのなら、その命の優先順位は高く、自分を危険に晒しても守るべき存在だとも思っている。
「パラミタでは情報の流出を防ぐことはとても難しいです。プライバシーを守ることも。ミケーレはパラミタ人で、私は彼のパートナーです。彼はシャンバラの未来を見据えて、自分のすべきことを考えているでしょう。今回は足かせにならないために、私も同行いたしますわ」
 百合子は本当は自分だけでも、ここに残りたいのだと意思を示した。
「百合園の皆さんのこと、心配ですよね。でも、彼女達は大丈夫です。『百合園女学院の生徒』ですから」
 友人のことを一番に考えて互いが互いを守るだろうと、大地は百合子に話した。
 百合子は淡い笑みを浮かべて、首を縦に振る。

(特に怪しいところはない、と言いたいところだけれど……油断はできないわよねぇ)
 シーラ・カンス(しーら・かんす)は、ベルフラマントで気配を薄れさせた状態で、ミケーレと大地達の後をつけていた。
 変わらず、デジタルビデオカメラでの撮影も続けている。
 定期的に殺気看破も使っているが、自分に対しての害意も今のところ特には感じていない。
(それにしても、彼が白で、逆に避難する要人の中に内通者が紛れていたら……それも危険よね)
 そんなことを考えながら、シーラは静かに後をつけていく。