リアクション
○ ○ ○ 堀り途中のようだったと聞いていた穴は、殆ど見当たらなくなっていた。 土で覆って隠してある――落とし穴が無数あると思われるため、別荘には迂闊に近づけない。 『SOS班』はまずは、別荘の傍から消毒を始めることにした。 「人類の敵、ゴキブリが居そうだな!」 崩れかけた塀の辺りにも、多くのゴミが散乱している。人が出したゴミだと、直ぐに理解できた。 しゅぅぅっと、一色仁(いっしき・じん)は、塀に消毒剤を吹きかけていく。 「見ろ、虫が湧いてやがる! 放置できないな!」 「ダニや病原菌もいますわ! 最低ですわ!」 ミラ・アシュフォーヂ(みら・あしゅふぉーぢ)は、ゴミの中に見えた蛆虫に大量に消毒剤を浴びせる。 「生きている価値もありませんわね!」 ぐるりと周辺を回り、警戒をしながら消毒をしていくが、中から人物が現れる気配はない。 だが、別荘に目を向ければ、明らかに人影がある。 そっと覗き込んだ仁が目にしたのは、女だった。 少年ではない。化粧が濃く、鋭い目をした女――。 『SOS班』青野武(せい・やぶ)と黒金烏(こく・きんう)のペアは塀の側面に回りこみ、隙間から敷地内に侵入していた。 野武はポストの中にあった小包を回収し、身を伏せる。 草が伸び放題ではあるが、身を隠せるほど生えてはいない。 「これは誰かが『餌付け』している……だが、鼠や害虫を何のために餌付けするのか?」 金烏が、別荘に逃げ込む鼠を見てそう呟いた。 既にゴキブリも鼠も何度も目にした。 不良とはいえ、ここに住んでいるのだとしたら、駆除ぐらい行なうはずではないのか。 「ううむ……」 野武は低く唸り声を上げる。 「……まさか、これは『バイオテロ用のキャリア』として一斉に放たれるために育成されているのでは?」 若い不良がそこまで考えているとは思えない。 だが、別荘から聞こえてくる声は、少年の声だけではない――。 女性のけたたましい笑い声、怒声も時折響いている。 「何かおかしいですぅ」 皇甫伽羅(こうほ・きゃら)は眉を顰めた。 野武と金烏のペアと反対側から別荘に近付いた伽羅とうんちょうタン(うんちょう・たん)だったが、聞いていた情報と明らかに何かが違う。 夜間であったため、皆が見間違えたのか、それとも昨晩は集団で夢でも見ていたのか。 別荘の周りにあったという穴は全て埋められており、小火を起こしたという2階の修理も終わっている。 近付くことへの危険性を感じて、木の陰に隠れながらキャラとうんちょうタンは、別荘の中を注意深く見る。 鞭を持った女性が、見えた。 不良少年達は、その女性の言いなりになっているように、見えた……。 「占拠している不良達は、何者かに指揮されていたようですぅ」 「組織的なものを、感じるでござる」 伽羅とうんちょうタンは顔をあわせて頷き合い、その場から退避した。 好奇心で別荘の裏側から近付き、部屋への侵入を試みた初島伽耶(ういしま・かや)は、思わぬ事態に陥っていた。 見張りは正面にしかいなかったが、後方の窓は全て木で塞がれており、中に入り込めないようになっていた。 「いい部屋はあたしのものにする。掃除済ませて寛ぐんだ〜」 「不良には早々に出て行ってもらわないとね」 パートナーの アルラミナ・オーガスティア(あるらみな・おーがすてぃあ)も伽耶も浮かれていた。 交戦になってもいいよう警戒をしながら、側面に回りこんだ途端……突如頭上より、銃弾が振ってきた。 「な、何、突然撃ってくるなんて」 見上げれば、真っ赤な口紅をつけた女性がギラリと目を光らせながら、突撃銃を構えている。 「こちら初島! 危険が危ないの! ……そうだ、携帯は繋がらないんだったーっ!」 降り注ぐ銃弾の雨の中、伽耶とアルラミナは一目散に逃げ出した。 銃声に軽く眉を顰め、ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)は作業を急ぎ進めて行く。 パートナーのアマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)と共に、消毒に携わった時間は僅か数分。 軽く中の様子を探り、周辺をデジタルカメラで撮影した後、別荘から離れて2人で編集作業を進めていた。 編集機に写っているのは、動画サイトからダウンロードしてあった鏖殺寺院構成員の動画だ。 それに、このあたりの風景を組み合わせていく――。 そうして作り上げた1枚のディスク、それから用意してあった構成員のアクセサリーそっくりの「遺留品」を手に、ミヒャエルとアマーリエは『SOS班』の集合場所へと急ぐ。 ○ ○ ○ 「お、お疲れ様ですっ! え、えっと、皆さんも休憩してくださいっ。お茶も用意してありますので!」 七瀬歩(ななせ・あゆむ)は、周辺の掃除と警戒に勤しんでいる男性陣に声をかけた。 薔薇の学舎やイルミンスールの顔立ちのよい男性達を前に、少し緊張をしてしまう。 「ありがとう、じゃ少しだけ」 どさりと荷物を下ろして、クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)が微笑む。 「ゴミは中に入れないで、外で燃やそう」 高月芳樹(たかつき・よしき)が、火術を発動しようとする。 「あ、ちょっと待って!」 クライスは慌てて止める。 「こちらは、不法侵入者です。現場では申し訳ありませんがこちらで監視していただけないでしょうか?」 パートナーのローレンス・ハワード(ろーれんす・はわーど)も、台車に乗せたゴミを持って来たのだが……。 「きゃっ」 ゴミ袋の中に入ったものを見て、歩は小さく悲鳴を上げた。 「おっと、危ない」 芳樹は魔法を放とうとした手を引っ込めた。 ズタボロになった不良が袋詰めされてるのだ。 「昨晩捕まえたんだ。……流石に放っておくことが出来なくて」 クライスが苦笑する。 「わ、解りました。あたし達が責任持ってお世話します。真心を込めてお付き合いすれば、きっと心は伝わるはずですから! こちらには女の子が沢山いますし、世話係用のテントの方に連れていきましょう」 「よろしくお願いいたします」 ローレンスは歩の案内で世話係用のテントの方に台車を押していく。 「ねえ、古そうな別荘だったけど、家具とか少し残ってるのなら、チャリティバザーをやるのはどうかな? 売上げは恵まれない子供達に寄付するの」 芳樹に付き添っていたパートナーのアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が、テントに入るなりそう提案した。 「ミルミはそれでもいいと思うよ〜。大したものはないと思うけど……。不良さん達に壊されてるとも思うしね。あと、秘宝もバザーに出しちゃってもOK! だよね?」 ミルミの言葉に、執事のラザンが頷いた。 「建物の建材も再利用できるものは再利用したいよね。ただ壊すだけではもったいないから」 「おー……アメリアちゃんって、しっかりしてるんだね! ミルミ達は色んなもの直ぐ使い捨てにしちゃうから、バザーとかもったいないとか考えつかなかったよ。中のものも、壊した後のものも、秘宝も、工事してくれた人達にあげるから、好きにしていいよっ」 「欲しい方は沢山いるようですので、喧嘩にならないよう皆で話し合って下さいね」 ミルミの言葉にラザンがそう付け加える。 「うん。それじゃ、私も紅茶戴こうかな。芳樹も早く!」 アメリアは芳樹手を引っ張って、テントの中の椅子に座らせると自分も椅子に腰掛けティーポットを手にとった。 「遠方から軽く覗いてみたが、昨晩の穴がなくなっているようだ」 「割れた窓とかも、木で塞がれてた」 比島真紀(ひしま・まき)とサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)がテントに現れて、席につく。 「占拠しているものの大半は、昨晩外に飛び出てきたようだが、負傷者もいる中でそれほどの作業があの程度の人数で行えるとは到底思えん。土で埋めて、木で塞いだだけだろうか」 「どうぞ」 紅茶を出した翔に「ありがとう」と礼を言い、真紀は言葉を続ける。 「搦め手からの侵入になるよう、囮と本隊に分かれて行動してはどうかと思う」 「でも、やはり最終的には正面衝突は避けられないでしょうねえ」 ルーシー・トランブル(るーしー・とらんぶる)がSOS班が向かった別荘の方に顔を向けた。ここからでは屋敷は勿論、塀さえも見えない。 そろそろSOS班が戻る頃だろうか……。 「準備は十分整えておきませんと」 息をついたルーシーに、そっと自然に近付いて翔が「どうぞ」と紅茶を差し出す。 「ありがとうございます」 ルーシーは礼を言って、翔の用意した辛いお菓子と一緒に戴くことにする。 「別荘の周りですけれど、隠してあるだけで堀になっていたり、落とし穴があるようでしたら、丸太や梯子を用意してかけて渡った方がいいでしょう。丸太はこのあたりの木から調達できますし、梯子は持ってきていますしね」 訪れたばかりだが志位大地(しい・だいち)は腰を上げる。 「様子を見てきます」 「いってらっしゃい。がんばってね〜」 パートナーのシーラ・カンス(しーら・かんす)は、手を振って大地を見送った後、減ったお菓子の補充を始める。 「……あの、実は……」 それまで目立たないように端の方に座っていた月守遥(つくもり・はるか)が、意を決して声を発した。 「師匠……ええと、私のパートナーの犬神疾風(いぬがみ・はやて)、何故か別荘の中にいるみたいなの。えっと、不良というわけじゃないんだけど、多分軽い気持ちで引っ張ってかれちゃったんじゃないかと。ごめんなさい!」 遥は皆の前で深く頭を下げた。 「それじゃ、壊す前に呼びに行かなきゃねぇ。パートナーのあなたが行けば、こっちに来てくれるよー!」 シーラがお菓子を持って遥に近付き、遥は受け取りながら少しだけ笑みを浮かべて頷いた。 「俺、何でこんな所にいるんだろう……」 ふと、疑問の声を上げながらも、疾風は人質の監視を続けていた。 昨晩は本当に酷い目に遭った。 まずはいくつもの殺虫剤。 数も多く、投げ出しても投げ出しても飛び込んでくる始末で、苦しいのなんのって。 窓を閉めて待機していたところ、今度は強烈な酸の霧が部屋に流れ込み、部屋の外へ出てみたら、廊下にも流れ込んでいて。 仲間が裏口から脱出しようとしたのだが、何故かドアが開かなかった。 また、2階の人質が捕らえられていた部屋にも、変な薬が投げ込まれたらしくて……。 煙がもくもくと立ち込めたと思ったら、鼻が曲がるほどの異臭が充満し、何人か倒れてしまいまだ寝込んでいる子もいる。 そして今は。 便所の数が足りなくて困ってる。 仲間達が食あたりを起こしたらしい。午前中は元気に皆働いていたのだが、突如昼頃になって便所に駆け込み始めた。 朝食を作った3人――エル・ウィンド(える・うぃんど)、ホワイト・カラー(ほわいと・からー)、晃月蒼(あきつき・あお)もこの部屋にいるが、今のところ焼きを入れられたりはしていない。 この別荘に、便所は1箇所しかない。100人以上の人数が集まっているというのに。 故に自分達男性は兎も角として、加勢にやってきた女性達と腹を壊した不良達が便所の前で時折激しく争っている。 空かないし。空いても臭いが凄いし。暑さで籠もるし。 女性にとって最低最悪な環境だった。 夜通しでやっていた作業も、便所抗争、便所対策で皆精一杯であり、何も進まなくなってしまった。 「……といった、罠はどうかな?」 小鳥遊美羽(たかなし・みわ)は、甲斐甲斐しく怪我をした不良の治療をしながら、その部屋で別の監視の不良に罠について意見を出していた。 「ガラスの欠片、こちらにまとめておきます。お洗濯などありましたら、手伝いますよ」 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)も、優しく不良に声をかける。 彼女達も人質として捕らえられ自由は許されなかったが、献身的な世話と親身になった発案により少年達の心を掴みつつあるようだ。 「私もお掃除手伝います……あっ」 秋葉つかさ(あきば・つかさ)が、不良に足を捕まれ床に転がった。白い大腿が露になる――。 欲求不満の不良達のセクハラ行為は、秋葉つかさ(あきば・つかさ)が請け負ってくれている。 「やるなら、つかささんにして下さい!」 が、この部屋の流行語大賞に選ばれそうな勢いだ。 疾風がちょっと気になっているのは、最後につれられてきた百合園女学院の少女だ。 トイレに行きたい、キッチンに連れていって欲しいだとか、部屋から出ることばかり考えている。 この中で一番、逃走を考えているということだろうか。 |
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