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【Tears of Fate】part2: Heaven & Hell

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【Tears of Fate】part2: Heaven & Hell

リアクション


●クロスライン

 クランジΙは起き上がった。胸に銃弾を撃たれ危険な状態だ。
 どれくらい気を失っていただろうか。激しい痛みこそがイオタを揺り起こしたのだった。
「……」
 イオタは帽子を被り直そうとして、それが地面に落ちてぐしゃぐしゃになっていることに気づいた。拾って叩き、頭に乗せようとするも、ほぼ真二つに裂けていることを発見する。
 イオタは毒づき、帽子を丸めて投げ捨てた。このとき彼女から洩れた言葉を聞く者があれば、その口汚さに驚いたことだろう。とてもではないが、十歳に満たない少年――本当は少女なのだが、が口にしていい言葉ではない。
 帽子がなければ、イオタは銃の照準を合わせることができない。帽子の角度と目線、これが一種、まじないのように彼女のコントロールを調節していた。遠距離攻撃ならばスコープがあるのでまだましだが、ハンドガンでの射撃精度は素人に毛が生えたような程度に落ちることだろう。加えてこの怪我だ。ライフルの弾数も心許ない。今、敵に見つかるのは避けたかった。
 余談になるが――クランジは機械的存在であるにもかかわらず、奇妙な『癖』がある者が多い。ある特定のものに固執するのだ。その理由は明らかになっていないが、確実にその傾向はあった。
 たとえばΚは黄金の半仮面で変身能力をコントロールしているが、あれはただの鉄の仮面に金メッキしただけのものに過ぎない。しかしあの仮面が媒体にならなければ、Κは姿を変えることができないのだという。
 シータにとってはチェスボードと駒がそれに相当する。パイはビーフジャーキーを定期的に食べていないと超音波の威力が弱まるらしい。以前はともかくかつて、ローラことローの強さは、パイがそばにいてこそのものだった。
 イオタにとっては帽子が、同様の意味を成していた。本来ならば帽子があろうがなかろうが射撃能力には関係のないはずである。しかし、帽子のない状態では実力は大きく低下する。
 負けるつもりなどなかった。ましてや撃たれるつもりは。だからイオタは帽子の予備など持ってきていない。鞄の中身は、ライフルの弾とハンドガンだけだ。
『イオタ! あなたの相手は私よ』
 ローザマリアはそう言っていた。それはわかっている。しかし今の自分では、ローザマリアと対等な闘いは望めないだろう。
「何っ!」
 直後、イオタは頭を押さえて転倒した。
 にわかには信じがたいが、イオタを目がけ廃自動車が落下してきたのである。
「よくかわしたな、とだけは褒めてやろう」
「ロストナンバー……か」
 イオタは狼のような目で相手を睨め付けた。ライフルは落ちてしまった。ハンドガンの入った鞄も数メートル先にある。
 カイサだった。ローザマリアを残してここまで来たのだ。
 カイサは、ゆっくりと背中の翼を拡げた。孔雀に似た羽だ。これが、異様な緋色の光を放ち始めた。孔雀の模様がすべて目のように動き始める。
「私はイオタ、お前になる!」
「世迷い言を」
 ゆっくりとイオタに近づくカイサの眼前を機銃が駆け抜けた。
 黒いパワードスーツに身を包んだ一団が無言で近づいてくる。
 カイサは彼らを知らない。しかしこの島にいる多くの者なら、彼らが塵殺寺院ブラッディ・ディバイン部隊であること容易に知るだろう。
 カイサは戸惑い、二三歩後退した。黒いパワードスーツの一団が狙っているのは自分か、それともイオタか。
 その問いに答が出る前に、また新たな勢力が出現していた。
「白竜の言う通りだったね。行軍の道のりまで当てるなんてさすがだよ」
 世 羅儀(せい・らぎ)が弾幕援護の要領で反撃したのである。教導団員の制服姿。もちろん雨で濡れ鼠だが、帽子の下の顔に付かれた様子は微塵もなかった。
「魍魎島の地の利を活かし、用意させて頂きました。必要な情報網は使えるだけ使い、島の随所には監視カメラも設置しています。ブラッディ・ディバイン……皆さんの揚陸作戦もあらかじめ察知しています」
 叶 白竜(よう・ぱいろん)の言葉を裏付けるように、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も姿を見せている。
「悪いわね。あんたたちの動向はここまでしっかり見させてもらった、ってわけ。クランジ叛乱軍と私たちの戦いのどさくさに漁夫の利を得ようという考え方なら、お門違いとだけ言わせてもらうわ」
 セレンフィリティはマシンピストルを両手に構えていた。
 パートナーのセレアナいわく『いい加減・大雑把・気分屋と三拍子揃った、およそ軍人向きとは言えないアチャラカな人』で通ってきた彼女であるが、決めるところは決める。今年はそんな一年にしたいと、団長の鋭鋒に誓ったばかりだ。その誓いに違わず、セレンフィリティの目には鋭い光があった。手にした銃は決して脅しではないだろう。とうに安全装置は外され、トリガーに指がかかっている。
 そんなセレンフィリティの勇姿に負けぬくらい凛々しく、セレアナも告げた。
「いくら少数精鋭といっても、移動の痕跡を完全に消せるわけではない……雨のお陰で苦労はしたけれど、こうやって包囲するのはそれほど難しくなかった」
 セレアナはぐるりとブラッディ・ディバインの顔ぶれを見た。
「降伏するなら今のうちだけど?」
 マスクをしている者が少なくないためその表情まではわからない。そして、独自の経路で教導団が突き止めた情報――クランジΚがここにいる――というものの真偽はここではわからない。このうちどれか一人に化けている可能性があり、油断はできなかった。
 この作戦には一点欠けがあった。
 ブラッディ・ディバインを包囲したとセレアナは告げた。実際そのつもりだ。しかし相手を見ると六人いる。それに比べ、と羅儀は思った。
(「オレたちは四人。この背後にまだまだ手勢があるようなハッタリを見せてはいるけれど、実際、対ブラッディ・ィバイン勢はこれだけなんだよね。微妙に人数、負けてる……」)
 いかなブラッディ・ディバインといえど、個々人の戦闘能力ならこちらが勝っているという自信は羅儀にもある。しかし問題は、相手もそのことを理解しているかどうかだ。捨て鉢になって反撃されれば、何人かを取り逃がす怖れがある。
(「感度の悪いカメラではきっちりと人数が把握できなかったせいもあるし、対シータ叛乱軍に人数を割かなければならなかったっていう事情はあるけれど……。もっと相手が少ないかと思っていただけに困ったな。素直に降伏してくれればいいけど」)
 そればかりではない。もう一つの不安材料は、謎の機晶姫二体の存在だ。羅儀にはまったく見慣れない姿である。白竜もセレンフィリティたちも同じだ。相対する二人の機晶姫がこの作戦に関係している存在でないのは確かで、味方という保証もない。一人は怪我をしているようだが……。
(「どちらかがクランジって可能性、捨てきれないのよね」)
 セレンフィリティは警戒を怠らない。
 まるでその考えを読んだかのように、
「気をつけろ……そいつはクランジΙ(イオタ)だ!
 誰あろうそのイオタ自身が、カイサを指さして声を上げた。
「な……! 私は……」
 カイサは否定しようとするも、負傷しているイオタの発言のほうが信頼性が高いのは事実だ。
 白竜も視線を奪われる。セレンフィリティの注意もカイサに向かった。
 この場の誰も、イオタの姿を知らないのが災いした。
 一瞬生じたこの隙に、
「我々は降伏などしない!」
 ブラッディ・ディバインの兵士たちが一斉に銃のトリガーを引いた。その中には煙幕弾も含まれている。一気に戦場は混乱に陥った。
 この隙に足元の銃を拾うと、イオタはその台尻でカイサの頭を殴りつけた。呻き声を上げて倒れたカイサを無視して胸の傷を押さえながら走る。走りながらイオタは、鞄を拾ってたすき掛けにした。
 イオタが戦場から離脱する一方で、この混乱に乗じて場に入り込む一団もあった。
「火事場泥棒、というつもりはありませんが、結果としてそう呼ばれるかもしれませんね」
 久我内 椋(くがうち・りょう)ら四人である。
 浴槽の公爵 クロケル(あくまでただの・くろける)がパイプをくゆらせ、濃い煙を吐き出した。さらに、魔鎧化したホイト・バロウズ(ほいと・ばろうず)が椋の防御力を高める。
 四人はブラッディ・ディバイン側につき、一斉攻撃で教導団の四人を押し返した。元々椋にはブラッディ・ディバインとコネクションがある。事前に示し合わせての行動ではないが、ごく当然の成り行きだ。
「Κの保護とクランジ達の回収が出来れば宜しいのでしょうかね、モードレットは」
 椋は問うた。モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)の本心を聞いておきたかった。
「芸術品として? それとも、機晶姫の一つの完成形として、でしょうかね?」
 話しながら椋は、龍神刀でセレンフィリティを牽制する。煙幕立ちこめる中での戦闘ゆえ、椋たちもブラッディ・ディヴァインの新手と思われているに違いない。(完全に間違いというわけでもないのだが)
「芸術品? 違うな。完成形というのも論外、むしろ正反対だ」
 言い捨てるようにモードレットは告げ、炎の宝剣でセレアナを攻め立てた。
「迅い……! ブラッディ・ディヴァインのデータにないわね。こんな攻撃!」
 セレアナは懸命に槍でこれを防ぎながら、徐々に距離を取らざるを得なくなる。四人がブラッディ・ディヴァイン勢に加わったことで、彼らは不利に陥ったのだ。
「正反対とはどういうことです?」
 改めて椋は問うた。
 聞くまでもないだろう、というようにモードレットは応えた。
「殺戮兵器としてつくられたのであれば、奴らはとても優秀な失敗作だ。優秀であるが故に与えられた役割からはずれて踊る事を覚えてしまったのだからな……だから俺は、『道具』として奴らを求める。ヘタに同情を寄せて己を見失わせるよりかは、道具として最後まで愛でる方が遥かにましな扱いではないか?」
 このとき突然、モードレットの眼前に白竜が出現した。彼は羅儀と共に後退したはずだ。瞬間移動したとしか思えないほどの事態だ。
「道具たることは否定しない。だが、貴様の道具では……ない!」
 おおよそ、白竜らしくない口調で『白竜』は言った。目が怒りに燃えている。
「Κか。やはりブラッディ・ディバインの中に紛れていたのだな。単刀直入に言う。俺に従え」
「貴様の道具ではないと言った」
 白竜(Κ)は腰の銃を抜きモードレットの顎に押し当てた。防ごうと思えば、モードレットであれば銃を抜いた瞬間にその手をたたき落とせただろう。しかしモードレットは動かなかった。
「Κ、聞け。お前を使いこなせるのは俺くらいのものだ。それに、相応しい形で愛でることができるのもな」
 冷たい目でΚを見る。人間に化けてはいるが、瞳孔の奥に、針のような機械パーツがのぞいている目を。
「救援にだけは感謝しておく。その妄言は聞き流すが次はないと思え」
 Κはモードレットを突き飛ばしてその場を逃れた。