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リアクション
2.またたびがまたたび
「せっかく珍しい木だし、この現象が一時的なものなら切っちゃうのはもったいないよ」
鳥丘ヨル(とりおか・よる)がそう言うと、目賀獲ことトレルは、嫌そうな顔をした。
「だから、もっと人や生き物のいない田舎に移したらどうかなって思うんだ」
「移すって、例えば?」
聞き返すと、ヨルは考えるように少し上を見上げた。
「まずはその木が誰に植林されたか、誰の物なのか調べて……もし誰かの物なら、トレルに買い取ってもらって――」
「え、それ無理。ただでさえ、うちのマヤーが花粉症でべろんべろんなのに」
「でも、伐採しちゃうのは可哀相だよー」
と、ヨル。
すると、新宮こころ(しんぐう・こころ)が口を開いた。
「ボクも可哀相だと思うな、出来たら説得とかで解決できないでしょうか?」
「説得って言っても、相手はトレントだしなぁ」
と、トレルは頭を悩ませる。
「大体、猫っぽいとかってどうやって木が判断するんですか?」
と、疑問を投げかける沢渡真言(さわたり・まこと)。
ネット上に挙げられていた条件を伝えるトレルだが、その他にも当てはまりそうな条件はありそうだ。
「なるほどね。あたしは花粉対策してきたから大丈夫だけど、気をつけた方が良いかもね」
と、三笠のぞみ(みかさ・のぞみ)。
実際に被害は拡大しつつある様子だし、説得や移植をするのであれば一刻も早く手を打つべきだろう。
「まあ、とりあえず向かうか」
トレルはそう言ってその場をまとめると、歩き出した。
すると、ぼーっとしていたヨルが突然、近くの木に登り始めた。
「ちょ、ヨルちゃん!?」
するすると慣れた様子で上まで上がっていくと、ヨルが人目を気にせずに叫ぶ。
「トレル大好きー!!」
「はあ!?」
突然の告白にびっくりするトレル。
「女の子寄りでも男の子寄りでも、トレルはおもしろい人だと思うよ」
と、にっこり笑顔を向けるヨル。どうやら、高いところが好きなヨルもついに花粉症デビューしてしまったらしい。
トレルは苦い顔を浮かべながら、彼女を無視することに決めた。
そして一同を振り返って言う。
「これはもう、切るっきゃないな」
「トレルも上っておいでよ、気持ちいいよ!」
「切るのも良いが、根こそぎ枯らす方がいいにゃん」
ヨルを無視してトレルへ話し掛けたのは毒島大佐(ぶすじま・たいさ)だ。しかし、今日はいつもと様子が違う。
「火を使うのは危険だにゃ。花粉に付いたら粉塵爆発が起こるかもしれないし、生木って燃えにくいし、やたら煙が出るから被害が増すだけにゃ!」
「あー、なるほど。っつか、お前も酔ってるのか」
「にゃん」
いわゆる萌えボイスでハイテンション気味に鳴く大佐に、トレルは溜め息をつかずにはいられなかった。
「よって、凍らせるのが一番だと思うにゃ!」
「はいはい。構わずにさっさと行こうか」
と、再び歩き出すトレル。
またたびの木は見事なまでに大量の花を咲かせていた。
匂いもそれだけ強烈で、近づくほどに頭がくらくらしてくる。
「これがまたたびの木かー。さっそく、伐採だよ!」
と、『血煙爪』を構える湯島茜(ゆしま・あかね)。
しかし、彼女が前進する前にものすごい速度で木に向かって行く者がいた。
「おーおー、殴ってる殴ってる」
クロ・ト・シロ(くろと・しろ)の『降霊』したフラワシだ。他の人の目には見えないので何が起こっているかは分からないが、またたびの木が揺れた。
クロのフラワシは猫っぽい特徴を持っているようで、どうやらまたたび花粉に酔ってじゃれついているらしい。
「あ、引っ掻いた……って、引っ掻くってレベルじゃねーな。抉れてやがる」
「私には地面が揺れてるだけで、何が起こってるか全く分かりませんね」
と、言い返すのはラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)。いつもの柔らかな物腰と表情は消え、無表情である。
「またたびからのラブコールに、オレの猫としての本能が全力で応えてるだけさ」
「よく真顔でそんな臭い事言えますね」
「……」
どこか殺伐とした会話を続ける二人。
だが、酔っているのは彼らだけではなかったようで……。
「――うにゃっ?」
はっとした茜が『血煙爪』を持ったまま酔っぱらい始めた。
「うにゃにゃにゃにゃにゃー!」
と、フラワシに負けない勢いで『血煙爪』を振り回し出す茜。これはやばい。
「うわぁ、酔っ払うってああいうことなんだね!」
「感激してる場合じゃ……ふぇ……?」
こころを茜から遠ざけようとした途端、ふらつく真言。
「あ、あれ……な、なんれ、効くんれすかぁ?」
ぱたっとその場に座り込んでしまうが、すぐに立ち上がろうとして失敗する。
「真言まで酔っちゃったの?」
「ふらふら、して……あ、あついれすぅ」
のぞみが真言を介抱する間に、またたびの木が眠りから覚めていた。
「んぅー、のぞみにこころちゃんは、熱くないのれすかぁ?」
と、執事服を乱し始める真言。
目覚めた木は枝を振り乱して暴れ始めた。すかさず大佐が『アシッドミスト』で葉や花々を枯らせるが、それをきっかけにして他のまたたびトレントまで目を覚ましてしまう。
「もう、可愛いんだから。とりあえず避難するわよっ」
と、真言を二人がかりで立ち上がらせるのぞみとこころ。
相変わらず暴れている茜は無謀にも突っ込んでいき、あっという間に突き飛ばされて戻ってきた。
クロのフラワシの酔いはピークを迎え、次々とトレントたちにじゃれついては幹を揺らしている。
「やばいよな、この状態」
「どこからどう見ても、状況を悪化させているようにしか見えませんね」
「そっちじゃない。オレが、だ」
「さぁ、世にも不思議っ! アルコールが入っていないのに、何故か、ほろ酔い気分が味わえる不思議な屋台屋さんですよっ」
と、葉月可憐(はづき・かれん)は道行く人々へ呼びかけた。
「ここの料理は全て、同じ効果がありますから、お好きな物をどうぞっ」
新作だって随時出していきますからね、と、上機嫌な可憐。
彼女はまたたびトレントの花粉を集めて、それを『謎料理』により調理したものを屋台で売っていた。
本来は伐採のために来ていたのだが、どうやら空京に来て考えが変わったらしい。
「いかがですか? 世にも不思議な、ほろ酔い気分が味わえる料理ですよー!」
よほど自信があるのか、可憐の表情はキラキラと輝いていた。
――ふふ……これは絶対、今年の大トレンドですっ!
「可憐、やっぱり酔ってるんじゃ……?」
と、手伝っていたアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)が呟く。
「え、酔ってるように見えます? 私は普通のつもりなんですけどねぇ」
と、可憐。
もしも花粉症にかかっているのであれば心配なのだが、アリスには判断が付かなかった。
可憐は普段からこんな感じだったような気もするし、ちょっとやり過ぎな気もする。……果たしてどちらだ?
「あ、また新しいのが出来ましたっ」
と、可憐は鍋の蓋を開けた。そこへまたたびの花粉を仕上げに投入して、皿へと盛りつける。
「あ、それ味見しても、良い?」
あまり美味しそうには見えないそれに、アリスが興味を示した。
「はい、どうぞっ」
と、可憐がそれを差し出す。
スプーンでちょっとすくって口に入れ、アリスは料理の感想を言う。
「うん、おいしいねー」
「ですよねー。さあ、どうぞ皆さんも見て行ってくださーい」
と、再び呼びかける可憐。
アリスはおいしいと言ったが、彼女の舌は頼りにならなかった。それを証明するかのように、屋台に近づく者は未だ一人として現われなかった。
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