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リアクション
3.ドキドキ花粉症ライフ
「虚雲くん……待っ、たぁ?」
と、待ち合わせ場所へ来た佐々良縁(ささら・よすが)は、思わず鈴倉虚雲(すずくら・きょん)の袖を掴んでしまう。
「っ、縁ねえ……ど、どうした?」
「うん……なんか、さっきからくらくらしちゃって、調子がおかしい……の、かも」
と、縁は虚雲を見上げた。
「でも、今日はせっかくのデートだし……」
その目はいわゆる普通の花粉症により潤んでいた。その上、またたび花粉による酔いで顔は上気している。
「縁ねえ、無理はするな? 歩き方もおかしいし」
と、ドキドキする心臓を抑えつつ、縁を心配する虚雲。
しかし縁は首を振った。
「だいじょうぶ。虚雲くん、待たせちゃったみたいだし、悪いよ」
「わ、悪いっていうか……」
人気のないところに連れ込みたくなる可愛さだ。
「ほら、行こう」
と、縁は歩き出したが、その足は千鳥足でおぼつかない。
慌てて虚雲が隣へ立って背中を支えた。
「気をつけろって、縁ねえ」
「……ごめん、虚雲くん」
言いながら、彼にもたれるようにして歩き出す。
普段にも増して距離が近かった。
目をごしごしとこする縁に、虚雲の興奮は高まるばかりだ。しかし理性はまだ生きている。
「どこ、行こっか……?」
「と、とりあえず……公園、とか」
ゆっくり、互いの歩調に合わせながら昼間の空京を歩く。
どこかで誰かが誰かに追いかけられていようとも、誰かが誰かに抱きつかれていようとも、二人の視界には入らない。
「きょ、今日は天気も良い、し……のんびり、しよう」
「……うん」
緊張するしドキドキもするけれど、それが今は心地良い。
虚雲を見上げた縁が、ふいににこっと笑う。
「?」
「楽しいね、虚雲くん」
縁が酔っているからだとしても、虚雲は照れずにはいられなかった。
「……あ、ああ、そうだな」
何気ないこの時間こそ、幸せと呼ぶに相応しい。
虚雲は縁の背に回した手に力を入れると、より強い力で彼女を抱き寄せた。
「まさかアリアが酔っちゃうなんてねぇ」
と、チャティー・シュクレール(ちゃてぃー・しゅくれーる)は七尾正光(ななお・まさみつ)におんぶされている娘を見た。
「まだお酒を飲める年齢じゃないのに、一体どうしちゃったのかしらねぇ」
「にゃぁーん」
甘えた声を出して、正光の頬を舐めるアリア・シュクレール(ありあ・しゅくれーる)。
「何が原因なんだろうな」
と、まんざらでもない表情で呟きながら、正光は休めるところを探していた。
その途中、ふと耳に入った言葉にチャティーがはっとした。
「夜君、楽しかったねー。皆のお洋服も買えたし、今日の空京、噂の花粉症で大騒ぎだったねー」
鏡氷雨(かがみ・ひさめ)と姫神夜桜(ひめかみ・よざくら)だ。
「そうだね。猫みたいな人がかかる花粉症だから、僕とかひー君には関係ないしね」
「ね、なんか面白いよねー」
と、笑う氷雨。
その姿を見送って、チャティーは正光へ声をかけた。
「正光くん、原因は猫みたいな人がかかる花粉症みたいよ」
「猫みたいな人?」
そして同時に、二人はアリアの頭に付いている猫耳を見た。
「……あ、あそこ空いてる」
とりあえずそれは置いておいて、正光は近くのベンチへ歩み寄った。
アリアをそっと降ろしてやり、チャティーを見る。
「母さん、何でこういう時に限って猫耳なんか付けたんだよ」
「えぇ、だって知らなかったんですもの。それにアリアは元々猫っぽいから、私だけの責任ってことでも――」
「でも半分はあんたのせいだろ、母さん!」
と、正光が大きな声を出す。猫耳を作ったのは誰でもないチャティーであり、それをアリアへ付けさせたのも彼女だった。
「あうぅ、ごめんねー!」
と、チャティーはすぐに謝る。
すると、ふいにアリアが正光へ腕を突き出した。
ばしっとパンチを食らわされて、正光は慌てて言う。
「いたっ、わ、わかった、抱いてやるからねこぱんちはやめて」
と、アリアの隣へ腰を下ろし、甘えてくる彼女を膝の上へ乗せた。
「にゃうー」
ご機嫌な様子でアリアが鳴く。――こんな彼女も可愛いけれど、噂の花粉症はいつになったら終わるのやら。
「まあ、そのうちに眠っちゃうでしょうし、待つしかないわねぇ」
そう言って、チャティーもベンチへ座った。
またぺろぺろと顔を舐められながら、正光はアリアをぎゅっと抱っこする。酔っている間の記憶が残るかどうかは分からないが、たまには悪くないだろう。
微笑ましく息子たちの様子を眺めながら、チャティーは言った。
「もうすっかり、春ねぇ」
「今も、ちらほら酔っ払ってる人いるね……って、アレは……」
氷雨は前方で立ち尽くしている人物を見て、にやり笑った。
「ひー君、誰か知り合いでも見つけたの?」
と、いそいそと歩き出す氷雨を追う夜桜。
ぼーっとしていたセルマ・アリス(せるま・ありす)は、突然声をかけられてはっとした。
「セールーマー君っ、なにしてるのー?」
「あれ、氷雨さんだー。こんにちはー」
にぱっと笑顔を浮かべるセルマだが、その目はすぐに遠くへ行ってしまった。焦点が合っていない。
「セルマ君も酔っぱらいさん?」
氷雨はそんなセルマの前で手を振って見せたが、反応がなかった。
酔いのせいで気が抜けているのか、いつの間にかセルマは『超感覚』まで発動してしまっている。黒い猫の耳と尻尾だ。
「大変だねー。ボク、酔いさますいいものあるよー」
「え、いいものあるのー? なんですかー?」
虚ろに言葉を発するセルマに、氷雨は「ちょっと待っててね」と、声をかけてから、後ろにいた夜桜を振り返る。
「夜君、夜君! 今日買ったお洋服から、ピンクのワンピース出して」
「何でワンピース……?」
疑問を口にしながらも、指示された物を取り出す夜桜。
ワンピースを受け取った氷雨は、すぐにセルマへそれを差し出した。
「セルマ君、コレを着るといいよ! そうすれば酔いさめるよ!」
「わーかわいいワンピースですねー。これに着替えていいんですかー?」
と、にこにこするセルマ。
「ほら、あそこの影で着てくるといいよ」
「分かりましたー、行ってきますねー」
建物の影で、セルマはこそこそとワンピースに着替えだす。
その様子をにやにやと氷雨が見ているのを見て、夜桜は呟いた。
「あぁ……彼って、噂のひー君のオモチャか」
「氷雨さんー、着替えてきましたよー。これどうですか? 似合いますかー?」
と、戻ってきたセルマはやけにノリノリな様子で、スカートの裾を少しだけつまみ上げた。
「わぁー、セルマ君可愛いー、可愛いー」
氷雨は満足げに笑うと、さりげなくカメラを取り出した。
「ほら、セルマ君、笑って笑ってー」
「笑えばいいんですねー。それでは、にぱー」
と、全力で可愛い笑顔を浮かべるセルマ。すでに立派な男の娘だ。
「もっと皆にその姿見せないとね! よし、セルマ君。行こう」
「え、皆さんにお披露目? いいですねー、行きましょうかー」
正気を失ったセルマは、氷雨に手を引かれて人気の多い方向へ向かうのだった……。
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