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リアクション
「……参ったな」
やはり要の離偉漸屠を魔改造しようとやってきた武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は、すでにある程度カスタマイズされたイコンを前にしてうなっていた。
牙竜の手には「ひび割れた装甲板」と「機晶爆弾」があった。
「予算が無い、っていうのがまさかここまで響くとは思わなかった……」
牙竜の作戦はこうだった。
まずひび割れた装甲板を利用して、離偉漸屠の外観を装飾する。これは「リーゼント型は子供にウケないだろう」という配慮からである。牙竜は今でこそ【マホロバ幕府・陸軍奉行並】だの【葦原藩・第四階梯】だのといった役職にあるが、以前までは――いや現在も時々、【ケンリュウガー】を名乗るご当地ヒーローをやっているのだ。その牙竜のセンスから考えてリーゼントが子供にウケるとは思えず、また紫色も趣味が悪い。そこで装甲板を変形させ、鬣をつけ、全体の色も紫から黄色に変えて、細かいところを子供が喜びそうなデザイン――ライオンをイメージして造形しようとしていた。
「でもそれ、周りを装飾しただけだから大して強くなってないような気がするんだけど……」
その話を要にした時の返事がこうだった。
「百獣の王ライオン型になるんだから、外見は強くなると思うぞ? ……思うんだけど」
牙竜の誤算の1つは、この装甲板がイコンを装飾できる程度の量と大きさを有していないことだった。イコンが持てるサイズの装甲板か何かがあれば、もしかしたら可能だったかもしれないが。
「ま、そんなことよりも俺の改造の本命は別にある、んだけどなぁ……」
牙竜の本命の改造とは、「機晶爆弾を利用した装甲のパージ」だった。
魔改造――特に要の場合は大きさを重視する傾向にある。つまり、装甲や武装を大量に取り付けるということであり、その分重量が増え、まともに動けなくなるということだ。
それを回避するためには、装甲や武装を取り払う必要がある。最初から取り除いていては改造の意味が無いため、戦闘中でも瞬時に分解できるような構造でなければならない。そこで機晶爆弾の出番だ。爆弾をうまく分解し、装甲と本体の間に挟みこんでおき、スイッチ1つで全パーツが吹き飛ぶようにする。銃器類など、特に「弾切れ」を起こすような武装もデッドウェイトとして処分することができるため一石二鳥である。
牙竜曰く、このパーツ取り外しを「脱衣機能(キャスト・オフ)」という。もっとも、要に破壊工作の技術が身についていなければ、正しく作動せずに装甲ごと自爆してしまう可能性があるのだが、牙竜としてはそれでもいいと考えていた。
だがそれを行うには爆弾の量が足りなかった。機晶爆弾それ自体は小型だがかなりの威力がある。それなりの量を確保すれば牙竜の考える改造もうまくいったであろう。とはいえ、さすがにイコンに設置するには力不足といったところなのだが……。
「考え自体はよかったんだけどね〜」
「参ったなぁ……。俺のロマンがぁ……」
他に使える物は無いかと探してみるが、彼が持ち込んだ【ダイリュウオー】――葦原明倫館の【雷火(機体コード:RAI-KA)】をカスタマイズしたものは、残念ながら「鬼刀」1本のみ。武器として持たせることもできるが、これで爆破を行うのは到底無理のようだった……。
「はあ、剣術ね……」
「正直今のままですと、いずれ命を落としかねないですからね」
自分もかつてはそうだった。安芸宮 和輝(あきみや・かずき)は要にそう説く。
「和輝さんも、よほど自分と似たスタイルの人を失いたくないみたいで……」
和輝のパートナークレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)が、イコン【クェイル(機体コード:CHP001)】に乗りながらため息をつく。
そのクェイルの操作を担当していた安芸宮 稔(あきみや・みのる)もまた同じくため息をついた。
「とはいえ、また説明が難しくなっているようですね。要さんがまともに聞いてるように見えないんですが……」
クレアと稔は乗ってきたクェイルに積んでいたホバーユニットを要の離偉漸屠に装着しているところだった。本当は廃品の中から使えそうなジョイント類を探し出して、関節部分の補強に使いたかったのだが、そうそううまくは見つからなかったようだ。ホバーユニットを取り付けるのは、上からの重量負荷を軽減するための措置である。
「でもさぁ、別にイコンと剣術ってあんまり関係無いよね? そりゃまあ普段からイコンで戦う時に剣を使うっていうならわかるけど」
「それもまあもっともな話ですよね。ただ、何ゆえに剣術とイコンなのか、ですが……、それはどちらも大型化すると基本的なところの強度と精度が求められるようになるわけで、使いこなすには、イコンの場合は素材と設計の吟味、人間の場合は鍛錬が必要なのです」
「はぁ……」
大型の物体というものは、基本的にはそれだけでかなりの重量を有するものであり、それを扱うためには人間なら筋力、イコンならジョイントパーツ等の強化である。
「さらに言うと、従来のイコンでは出力も強度も不足するので合体させるならフレーム・駆動系を補強し、制御系の精度・速度を引き上げて、その分他をシンプルにしてやればいいのですし、人間ならフレームや駆動系は肉体の鍛練と同じで、制御系は技術や思考の速度に……」
そこまで言って和輝は気づいた。隣にいた要が固まっていたのである。
「しまった、またやっちゃった……。要さん、起きてください」
「あう……」
要の体を揺すり意識を元に戻す。
「とにかく要さん、イコンも人間も、合体だの強化だのを行うとすれば、それなりの準備が必要なんですよ。そこはわかりますよね?」
「それはまあもちろん」
「関節部分とか必要なところだけを強化して、他はある程度は無視する。そうしないと、動こうにも動けないんですよ。そこはわかりますか?」
「まあね」
「つまり――」
「あのさ、和輝君……」
和輝の説明を遮って要が渋い表情を作る。
「多分、和輝君が言ってることって、パラ実だと無理だと思うの」
「……え?」
「私含めてパラ実生ってさ、どっちかっていうと細かいところはあまり気にしないのよね」
パラ実生は一般には不良の集まりという認識であり、個人差もあるが「4以上の数字を数えられない」というのが常識である。さすがに要は4以上を数えられるが、それでも頭が悪い方であることには変わりはない。
その要に言わせれば、和輝の講釈はイコンの専門家である天御柱学院の人間になら通用するだろうが、パラ実では通用しないというのだ。
「いやまあ和輝君の気持ちもわかるけど、それをパラ実生に言っても……」
細かいことはどうでもいい、と一蹴されてしまうだろう。自分の身を案じてくれているというのは伝わったが、それにしては方法が悪いのだ。
さらに、和輝はこの説明を「イコンの改造の過程を見ながら」行おうと考えていた。だが実際に行われているのは、持ち寄ったパーツを適当な場所に取り付けているというだけの、普通では考えられないほどに適当すぎるものだった。そもそもこの時点で和輝の説明は説得力を持たないのである。ジョイントパーツを持ち込んで、それを要の離偉漸屠に組み込むということができれば、あるいはまた変わっていたかもしれないが。
実は和輝のミスは他にもあった。
「それにその説明、剣術とどうつながりがあるのかよくわかんない」
「うっ……!?」
イコンと人体の共通点、及び鍛錬の方法について説明するということは考えていたが、それが剣術とどう関連してくるのかという点に、和輝は思い至らなかった。そもそも先日の失敗の時点で、要は和輝の剣術講座をほとんど聞いていないのだ。本気で剣術を教え込むなら、それこそ数日は要するだろう。
その上、要としては剣術にこだわる必要性を感じていなかった。大きければ何でもいいという要は、アレックスの所持する光条兵器がたまたま巨大剣であるからフェイタルリーパーをやっているのであって、違う武器が手元にあるならたとえそれが斧だろうがバズーカだろうが槍だろうが、それを中心に扱うだろう。巨大な物の最たるものとして、いつか使われそうになった「光条砲」というものがあったが、見た目が「超巨大な大砲」である以上、要は嬉々として発砲しようとするだろう。そのエネルギー源が剣の花嫁であると知れば、さすがに使おうとはしないだろうが……。
そしてもう1つの誤算があった。
「なあアンタ、要に何かしらものを教えたいようだが、その方法じゃ多分無理だと思うぜ?」
いつの間にか要のパートナーであるアレックスがやってきていた。
「いや前にも言ったけどさ、要にものを教えるためには、とにかく超アバウトで感覚的なやつじゃダメなんだ」
「ええ、ですから具体例を挙げて、と考えてたんですが……」
「……とりあえず考えるより先に体が動くタイプのこいつが、そもそも具体例を見ながら考えるということをすると思うか?」
「あっ……!」
そう、そもそも要は長く細かい説明が聞けないのだ。
和輝も先日の失敗を元に今度はわかりやすく説明を、と思っていたのだが、想像以上に要の理解力が足りなかったのだ。
「身も蓋も無い言い方だが、こいつにものを教えたいなら、もう言葉じゃなく体に叩き込め、って感じだな」
「うわあ……」
頭脳労働ができない以上、体を動かさせて覚えさせるしかない。どちらかといえば真面目な方である和輝にとって、それはもしかすると無理な注文なのかもしれないが……。
「和輝さん、結局また失敗したみたいです」
「そもそも要さん、あまり人の話を聞かなさそうですしね」
クェイルのコクピット席から外の光景を眺め、2人はホバーユニットの設置を再開した。