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イコン最終改造計画

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イコン最終改造計画

リアクション

 中にはイコンではなく、別のもので挑む猛者もいる。
 シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)は【ペガサス(コード:Pegasus)】の【ディジー】に乗ってイコンと戦おうとしており、パートナーのリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)に至っては生身である。
「離偉漸屠……。生身でもいけそうだけど、模擬戦やるならそれはさすがに失礼か……」
 シルフィスティはかなりの鍛錬を積んだ契約者であり、ゴーストイコンなどあっさり倒せるであろう実力の持ち主である。ましてそれよりもはるかに弱いパラ実イコンなど、片手で楽に倒せるほどだった。
「ま、いくら大きくしたところで、所詮は寄せ集めよね」
 動力がしっかりしていなければ威嚇すらできなくなるのが関の山。シルフィスティはそこを理解した上で、完膚なきまでに【ドージェ様代理聖像1号】を叩きのめすつもりでいた。
 一方で生身のリカインは考えが多少違っていたようだ。
(……とりあえず自滅しそうなフィス姉さんは放っておくとして)
 上空にいるから声を出したところで相手に届きはしないのだが、万が一を考えてリカインは胸中でつぶやく。
(私の咆哮で吹っ飛ばしたことがあるからゴーストイコンがそれなりに弱いのはともかくとして、離偉漸屠が弱いってことはないと思うんだけどね……。やっぱり大事なのはパイロットなんじゃないかしら)
 残念ながらリカインの考えは間違いである。性能面で言えば、パラ実イコンはゴーストイコンよりもはるかに弱いのだから。
「っていうか、後先考えないであれこれくっつけようなんて発想じゃ、イコンがかわいそうじゃない」
 わざわざ口に出して不満を漏らす。
 別にリカインは要に恨みがあるわけではなかった。先日は思わぬ形で殴り倒されたものの、相手が「コメディの権化」であろうことを考えれば、恨みなど湧きようはずが無かった。今回は偶然似たような立ち位置になってしまっただけであって、何かしら含むところがあるわけではないのだ。
(万が一にもフィス姉さんが事を為しちゃったらそれまでだけど、多分無いだろうから……)
 その時は自分が相手をする。あの魔改造イコンが無理矢理盛り付けただけの見かけ倒しかどうか、咆哮を叩き込んで耐久力テストを行うつもりなのだ。
「それで崩れたとしても、恨みっこ無しよ?」
 いつか訪れるであろうその時に備え、リカインは深呼吸を繰り返す。
「それじゃあ、まずはこんなのはどう!?」
 シルフィスティがディジーに命令し、近くの小山を崩させる。崩れた小山から出来上がった大岩を、ディジーは思い切り蹴り飛ばす。
 飛んできた大岩を避けることはさすがに難しく、ギガキングドリルの前面に備えていた巨大同人誌に命中する。
「あうっ! う〜、同人誌が無ければ危なかったですね〜」
 岩が当たった衝撃だけは吸収できず、九十九の体が揺らされる。
「あの同人誌、どんな素材よ。大して効いて無さそうじゃない! だったら、これならどう!?」
 叫んで、今度は魔法の投げ輪を繰り出す。ダメージは期待できないが、通常以上に大型である魔改造イコンの体にあっさりと絡まり、その動きを疎外しようとする。
 だが今回は相手が悪かった。相手のイコンの動力部は単一のものではなく、移動は専ら出虎斗羅2台で行われる。動きを阻害するならそちらを狙うべきだったのだが、シルフィスティは胴体部分を狙ってしまった。
「しまった、これじゃ全然効果無いじゃない。だったら……」
 投げ輪を手放し、次の攻撃に移る。岩を調達するのは時間がかかるから、今度は手軽にできるペガサスのキックだ。
「やっぱ狙うなら一番頭の部分――ってこら! 誰が木の葉を撒き散らせって言ったのよ!」
 シルフィスティが突撃を命じるが、ディジーはそれを無視して周囲に魔法の木の葉を散らし、彼女の視界を封じる。
「視界を塞ぐなっていつも言ってるでし――うわわわわ!」
 ディジーは、今度はその場で暴れだし急激な曲芸飛行を行った。その場での宙返り――突然のムーンサルトにシルフィスティは必死でディジーに掴まった。
「サーカスやショーじゃないんだから曲芸なんて勘弁してよ……」
 そして、その一瞬の隙が命取りだった。
 次の瞬間、シルフィスティの目に「ゲブー様サイキョー!」の文字が飛んでくるのが見えた。もちろん本当に文字が実体を伴って飛んできたわけではないが、少なくともシルフィスティにはそう見えた。
 それは琴音ロボ部分に取り付けられたソニックブラスターからの攻撃だった。
「ほんぎゃあ!?」
 音の振動波をまともに受けたシルフィスティとディジーは、そのまま為す術も無く落ちていき、大荒野の地面に人型、及び馬型の穴を開けた。
「あ〜あ、やっぱりやられちゃったか。それでは僭越ながら……」
 その光景を眺めていたリカインは、必殺の咆哮を叩き込むべく息を吸う。
 だがその咆哮が発せられることは無かった。
 リカインには見えなかったが、離偉漸屠のコクピット内で要はガラス板と釘を持っていた。そして目の前には、先ほど取り付けてもらったマイクがある。
「それでは皆さん、ご静聴お願いしま〜す!!」
「ん?」
 その言葉が琴音ロボ背部に取り付けられたスピーカーから流れたかと思えば、この世のものとは思えない、地獄すら生ぬるいかもしれない殺人音が響き渡る。
 それはたった3秒程度の効果音でしかなかったが、音を聞いた者には1時間程度のオーケストラのように聞こえた。世界最悪の不協和音によるオーケストラである。
「…………」
 その不協和音を無理矢理聞かされたリカインはその場で立ち尽くし、ゆっくりとその体を横たえた。
「こ、こんなわけのわからない方法でやられるなんて……、やるじゃない……」
 それが本日のリカインの時世の句であった。

「こ、これは予想以上に効きますね……! まさかこれほどの威力だとは俺も想定してませんでしたよ……!」
 このオーケストラの指揮者を演じたクロセル・ラインツァートも被害者の1人だった。彼は要のアナウンスのすぐ後で耳を塞いだが、増幅された不協和音は指越しに鼓膜を直撃したらしい。
「さすがにこれは、考え物ですかねぇ……。無関係の一般人までやられてしまったようですし」
 クロセルの視線の先には、リカインのもう1人のパートナーであるヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)がいた。彼はどちらかといえばシルフィスティのブレーキ――雷が苦手な彼女を止めるために、電撃攻撃を行う役だった。シルフィスティが暴走した瞬間が自分の出番だが、それが来るまではどうしても暇になってしまう。そこでその時が到来するまで、他の連中のイコンのアイディアを勉強していたのだが、その最中に要のガラス攻撃を受けてしまい、今しがた昏倒したのである。
(な、何もしてないのに……。何で自分がこんな目に……?)
 何もすることなく出番が無くなってしまった1人の男は、そのまま気を失った。

「あははははは! 強い! 強いよこのイコン!」
 離偉漸屠のコクピット内で要は腹を抱えて笑い続けていた。それもそのはず、スクラップ同然ともいえる魔改造イコンが善戦しているのである。大きさはパワーであるということがこれである程度は証明できたといっても過言ではないだろう。もっとも、このような無茶苦茶な戦法が通用するのは、あくまでもコメディの時だけなのだが。
「まさかこのポンコツがここまでやるとはなぁ……」
「正直、後が怖いですね……」
 アレックスのぼやきにベアトリーチェが応じる。こちらはほとんど攻撃していないのに、なぜか相手が一方的にやられていくのだ。この調子の良さが反動となって全て返ってくるのかと思うと恐ろしくなる。
「ま、いいじゃない! やられたらその時はその時よ!」
 美羽はベアトリーチェの心配をよそに楽観的である。何しろボタン1つ押すだけでいいのだ。これほど楽な戦闘は他に無い。
 この【ドージェ様代理聖像1号】において最も重労働を強いられていたのが足担当である、久と菊の2人であった。2人はボタン1つという楽なものではなく、しっかりとしたハンドルとペダルによる操作を強要されていた。いくら2人の息が合っているからといっても、この状態が常に続くのは厳しいものがある。
「さすがに、体力もきつくなってきたな……。なあ弁天屋、そっちは大丈夫か?」
「総長どのに心配してもらえるなんてありがたいねぇ。そんな総長こそ、ガタ来てんじゃないかい?」
「馬鹿言え。俺はディフェンスには定評があるんだぜ。こんなとこでくたばれるかよ!」
「出虎斗羅乗りに必要なのは、突進力じゃないのかい? 要に激突させようとしたのにさ」
 そのような軽口を叩き合いながら2人は笑う。模擬戦はまだ続くのだ、こんなところで限界を訴えるなどできるわけがない。
 そしてそんな2人に鞭を打つかのように次の刺客が迫ってきた。魔鎧のドール・ゴールド(どーる・ごーるど)を纏った鳴神 裁(なるかみ・さい)、及び後藤 山田(ごとう・さんだ)が駆る【ゴッドサンダー】である。
「ごにゃ〜ぽ☆ いやぁ熱血硬派ごっこといい、今回のイコン魔改造といい、要っちは面白いこと考えるなぁ。というわけで、どれだけ強くなったか試してみようぜ☆」
 メインパイロット席に座りながらそのようなことを裁は口にする。
「今度はイコン戦……。この前はこっちが勘違いして親友とか何とか言っちまったが、今度は間違わないぜ……」
「おやサンダー、やけに気合入ってるねぇ?」
「そりゃそうだろ! 今度こそ名前を覚えてもらわなけりゃならないんだからな!」
「……ああ、山田(やまだ)さん、ね」
「ちゃんと名乗らないと要さんには伝わらないと思いますよ〜?」
 意気込む山田に裁とドールのツッコミが入るが、それで気落ちするような山田ではない。
「この前はつけられなかった決着、ここでつけてやるぜ!」
「んじゃボクも付き合おうかな。天学パイロットの底力、見せてあげちゃうよ!」
 その言葉と共に、ゴッドサンダーが出力を上げる。
「やれやれ、また飛行型かよ」
「意外と動くの大変なんだから少しは加減してくれよ、まったく!」
 久と菊のぼやきはもちろん裁たちには伝わらず、ゴッドサンダーは容赦なく攻撃に入る。
「ボクは風、風(ボク)の動きを捉えきれるかな、要っち?」
 ゴッドサンダーの最初の手は蛇腹剣だった。イーグリットの機動力を生かしたヒット&アウェイ戦法。それでまずは魔改造イコンの防御力を削っていく。
「相手が早くって、こっちの弾が当たらないよ!」
「さすがに元は離偉漸屠ですからね。多少の性能落ちは覚悟しなければなりません!」
 美羽がゴッドサンダーに魔力の弾丸を当てようとボタンを連打するが、機動力に勝るイーグリットベースの機体にはかすりもしなかった。
「さっきから何人もがやられてるからね。見た目で判断しちゃうと逆にやられちゃう」
「全くだな……!」
 暢気な口調の裁とは対照的に、山田の声には力が入りすぎている。それもそのはず、山田はイコン戦には不慣れであり、操縦技術はかなり低い方だったのだ。
「サンダーさん〜? まずはどこから何が飛んでくるかというのを把握することに集中した方がいいですよ〜?」
「だから今やってんだろうが!」
 裁の鎧として装着されているドールが山田のアドバイザーを務めているが、それで急激にイコン操縦がうまくなるわけではなく、むしろ裁の足を引っ張る結果に終わっている。
「参りましたね……。時々挙動不審になるようですけど、それでも向こうの錬度が圧倒的に上です〜」
 ギガキングドリルの中でボタン操作を行っている九十九も焦りを隠せない。胴体部分が持っている武器は接近戦用のものばかりであり、高速で動くゴッドサンダーを捉えることができないのだ。
「そぉれそれそれそれ〜☆ どうしたどうした要っち! そんなんじゃボクには勝てないよ?」
 途中で蛇腹剣を手放し、「イコン用まじかるステッキ」での殴打に切り替える。どちらかといえば図体がでかいだけの【ドージェ様代理聖像1号】がその攻撃を避けられるはずがなく、ひたすら殴られるに任せているだけであった。
「ちょっとさすがにキツイよ総長! このままじゃジリ貧だ!」
「ああ、全くだ! 俺らの前に上がやられちまう!」
 2人で同時にハンドル操作を行い、ゴッドサンダーの攻撃に対処しようとするが、いかんせんトラック2台の動きではイーグリットの機動力に対抗することはできなかった。
 その上、この連戦で接合部分がかなりもろくなっている。このまま分解してしまうのは時間の問題といえた。
「……思った以上に、こっちやられないね。サンダーがいる分、もしかしたら不利になるかもって思ってたけど……」
「どうも予想以上に相手の動きが悪いみたいだな。さっきからほとんどその場を動いてないぜ?」
 出虎斗羅の動きはゴッドサンダーを捕捉するために回転する、その1つだけを強いられており、間合いを取るなどといった動きができなかったのである。それは多少のハンディキャップを有する裁たちにとっては幸運ともいえた。
「そんじゃ、ここいらで決めといきますか!」
「おっしゃあ! ぶっとばしてやるぜ!」
「サンダーさん、計器類ですよ〜?」
「ああもう、わかってるって!」
 ゴッドサンダーはその手からステッキを落とし、何も無いマニュピレーターで拳を固める。固めた拳に気のようなものが集まり、必殺の体勢をとった。
 イナンナの拳――カナンの天地の気を集めて殴りつける必殺攻撃である。
「そんじゃあいくよ!」
 裁がゴッドサンダーの出力を最大にまで上げ、突進する。
 その勢いに呼応して山田もまた吠える。
「要! これで終わりだ!」
「もう、山田(やまだ)君はさっさと座布団持っていっちゃってよ!」
「!?」
 自分の存在を知らせた覚えは無いはずなのに、なぜか要のその発言がスピーカーから聞こえてきた。ちなみに山田は外見は女であるため「君」付けは間違いといえるのだが……。
「だから山田(やまだ)じゃねえって言ってんだろうがーーーーー!」
 お返しとばかりに山田はソニックブラスター越しにその声を発する。音の波による攻撃で魔改造イコンは全体にダメージを受ける。
 その勢いも乗せて、ゴッドサンダーは必殺の拳を離偉漸屠部分に叩き込もうとする。
「さぁて、これでとどめ――」
「そうはいくかあああああああ!」
 その声は出虎斗羅に乗っていた久と菊のものだった。
 叫びが聞こえたかと思うと、要たちのイコンはその場で急速に回転し、体全体をスピンさせた。これはとっさに2人が考え付いた苦肉の策ともいえる行動だった。
 ゴッドサンダーは機動力を中心に魔改造イコンにダメージを与えてくる。だがその攻撃は全て接近戦だ。ならば、接近してきたところにカウンターを食らわせてしまえばいい!
 問題はその方法だった。こちらも近接武器はあるが、スピード重視の敵には当たりにくい。だが幸いにして自分たちにはこの巨体があるではないか!
 細かく計算したものではなかった。だがそれは起こった。出虎斗羅2台による大掛かりなスピン攻撃が、近づいてきたゴッドサンダーを巻き込み、そのまま反対方向へと弾き飛ばしてしまった。
「なにいいいいい!?」
「ひえ〜、うそ〜ん!」
「あ〜れ〜?」
 三者三様の悲鳴をあげ、ゴッドサンダーはそのままいずこかに墜落した。