空京

校長室

重層世界のフェアリーテイル

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重層世界のフェアリーテイル
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リアクション


第四世界・5

「……ミルク」
 深月 広太郎(みづき・こうたろう)はカウンターの隅の席につき、声を抑えて注文した。
「おいおい、ここは酒場だぜ、ミルクなら……」
 その声を聞きつけた荒くれが、難癖をつけようと近づいて来る……が。
「……邪魔をするな」
 ぼそりと呟くのは、平 将門(たいらの・まさかど)。無法者たちと事を構えないように広太郎から言い含められているので、かなり不機嫌な様子だ。
「ひい……」
 その剣幕に驚いて、荒くれが身をひいた。店主は何も言わず、ぬるいミルクを広太郎の前に置く。それを口にして、広太郎は周囲を見回した。
 どうも、また酒場の中が険悪な空気になっている気がする。
「そんなに俺たちがめずらしいか?  何なら、レスリングでもするか?」
「なんだよ? 腕っ節で勝負しようってのか?」
 一角では、東條 カガチ(とうじょう・かがち)が、腰に刀を差したまま、周囲の男達に話しかけている。酒場の荒くれどもは、どうやら喧嘩を売られたと受け止めている様子だ。
「お前、今何か怪しい動きをしたろう。どういうつもりだ?」
「いや……何も、誰かに何かをしようとしたわけでは」
 その隣でも、フラワシを放って見回りに行かせたとは言えずに東條 葵(とうじょう・あおい)が荒くれに絡まれていた。
 別の一角は、もっと危険だ。
「わ、私はただ、賢者や伝説について聞きたいだけで……」
「そんなことはどうでもいい! 何だか無性に、お前から種もみを奪わなきゃいけない気がするんだよ!」
「待て待て、ご主人様に手を出すんじゃない」
 妙なところで種モミ剣士としての能力を発揮してしまっているアレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は、種は種でも火種を産みそうな気配だ。


(……あんまり、刺激しない方がいいと思われますが……)
 と、考えている広太郎のすぐ近くでも、動きがあった。
「ボクもミルクを頼むよ」
 酒場じゅうから奇異の視線を向けられているブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)に、店主はまたミルクをグラスに注ごうとするが……
「ノン、ボクはあの子のミルクでお願いするよ」
 ……と、ブルタはジェニファーを指さした。
「……はぁ?」
 びきっとジェニファーの帽子ごしに青筋が浮かんだかと思うと、得意の早抜きで腰の銃に手をかける。かなり引き金が軽い性格らしい。
「まあまあお待ちください。彼も悪気があって申したわけではないのです」
 ステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)が、ブルタのフォローに回る。
「そうだよ! 夢の100センチ超えのその至宝! それを愛でるのは全人類の権利……いや、むしろ義務! 義務だからしてボクとしては当然ギムギムしなければならないと思うんだ!」
「そ、そういうのはダメですよっ!」
 話に割り込んだのは、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)。この町に貢献するため、ウェイトレスとして酒場に雇われたのだ。
「そうだよ! セクハラ禁止ー!」
 七瀬 巡(ななせ・めぐる)も、歩の前にちょこちょこと飛び出して抗議する。
 ……のだが、ブルタの悪癖が伝染したのか、それとも元もとの気性か。酒場の男達は、この場にこんなに女がいるのは珍しいとばかりに、学生たちに声をかけ始めている。
 そうしてナンパ、というよりは、『お誘い』されたうちの一人……緋姫崎 枢(ひきさき・かなめ)は、男の手を払いのけてきっとにらみつけた。
「そういう冗談は、鏡で自分の顔を見てからにしてくれる?」
「まあまあ、枢。どうせ口だけで、実際には何もできないわよ」
 その相棒、ナンシー・ウェブ(なんしー・うぇぶ)も便乗する。
「そうね。こんなチキン野郎に構ってる暇はないわ! もっといい男を探さなきゃ!」
「なんだと、このアマッ!」
 さすがの無法者も、こう言われ放題で黙っていられるわけはない。腰の銃に手を伸ばそうとするが……」
「おっと、そこまでにしておくんだな」
 いつの間にか、カガチが鞘に収まったままの刀を男の首元に突きつけている。が、男がそれで収まるわけもない。ますますヒートアップして、腰の銃に手をかける。


「……これはかなり、危険な雰囲気であります」
 広太郎は壁際に寄りながら、ぼそりと呟く。
「……これでも黙っていた方がよいのか?」
 将門が不機嫌そうに問う。
 広太郎は答えに窮するが、そうしている間にも酒場の温度は上がっていく。
 男を払いのけた枢とナンシーがカガチや葵にすり寄り、ブルタはそのマネをするようにジェニファーに向かうも、はっきりと逃げられている。アレフティナから種モミを奪おうとする無法者とスレヴィはもみ合いをはじめていた。
「なあ」
 と、同じカウンター席で、日向 朗(ひゅうが・あきら)が店主に声をかけた。
「店の中で暴れられちゃ、あんたも困るだろ? 俺が連中をおとなしくしたら、コイツをおごりにしちゃくれないか?」
「おお、そりゃあいい! 俺もちょっと、気持ちよくなって体を動かしたいなと思っていたところだ!」
 零・チーコ(ぜろ・ちーこ)も、飲み干した瓶を置いて賛同する。火種があるなら油の用意もバッチリというわけだ。
 一方、ジェニファーが逃げる先に別の人影。
「ベイベー、こっちだ!」
「な、何!?」
 尾瀬 皆無(おせ・かいむ)が手招き。酒場の中も頭の中も混乱しはじめていて、ジェニファーは思わずそちらにかけよった。
「ほ、本当はならず者に絡まれてるところを助けたかったんだけど、まさかお仲間から助けることになるとは……とにかく、もう心配はいらないよ」
「な、何が?」
 ほとんど同じセリフを繰り返すジェニファーに、皆無は隣の人影を示した。
「このおっかないお姉さんが何とかしてくれるから」
「テ・メ・ェ・ら……」
 狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)は、皆無の発言に突っ込むのも忘れて、ぷるぷる震える拳を振り上げた。
「暴れるなら表でやりやがれ! 文句あるならあたいが相手になってやるぞ、ゴラァ!」
 すっかり熱くなった荒くれたち(と、契約者たち)は、このきっかけを得て、一斉に表に飛び出していった。
「あああ、情報収集はどうなるんでありますか……」
 広太郎は、頭を抱えていた。