空京

校長室

重層世界のフェアリーテイル

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重層世界のフェアリーテイル
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リアクション


第四世界・3

 酒場の中に、ざわざわと喧噪が広がっている。
「うっわー……」
 緋山 政敏(ひやま・まさとし)は、その酒場の中にあまりの人数に気圧されていた。
「何驚いてるのよ。打ち合わせ通り行くわよ」
 一緒に訪れるリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)が肘で政敏をつつき、一歩前へ踏み出した。
「いきなり発砲されたの! 誰でもいいわ、手を貸して!」
 リーンの高い声が、酒場の中に響く。と、ざわつく中から、ひとりの女が踏み出した。
「いったい、どうしたの? 保安官なら、事務所だよ」
 長い赤茶色の髪。日よけのハット、胸元にはバンダナ。革ジャケットにには収まりきらない胸が突き出した、肌も露わなカウ・ガール。腰には二挺のシングル・アクション。
「いや、もっと緊急事態が発生した。君の名前は?」
 リーンを押しのけて前に出てくる政敏に、女は怪訝な表情を浮かべる。
「……ジェニファー・リード。この酒場のウェイターだけど、何か?」
「それじゃあジェニー、聞いてくれ。俺の部族の風習で、立派な女性に出会ったらこの器具をおっぱいに向けて撮影しないと……」
 政敏が携帯を懐から取り出すと同時……
 ちゃっ、と小さな金具の音だけを立てて、同じ角度でジェニファーは銃を政敏の胸に向けていた。
「にぎやかし? みんなぴりぴりしてるんだから、冗談はやめてくれない?」
「い、いや……」
 拳銃を向けられて、さすがにカメラを起動させることはできない。政敏は携帯を引っ込めた。
「ヒュウ。ほれぼれする早抜きね」
 カウンターから様子を見ていたセフィー・グローリィア(せふぃー・ぐろーりぃあ)が、高く口笛を吹いた。
「ぴりぴりしてるって言ったわよね。何かあったの?」
「あったんじゃなくて、これからあるのよ」
「それは……」


 セフィーが話を聞き出そうとしたとき。
「何度も言うとる通り、そないなことはできまへん」
「待てよ、一緒に酒を飲もうつってるだけじゃねぇか」
 酒場の一角で騒ぎが始まる。第四世界に来るなり、酒場の店員にさせられた清良川 エリス(きよらかわ・えりす)が、男達に絡まれているのだ。
「好きなんだろ? そう聞いたぜ」
 酔っている様子の男が、エリスの手首を掴んでいる。ちなみにエリスを見せに放り込み、噂を流した張本人であるティア・イエーガー(てぃあ・いえーがー)は、かなり遠巻きにその様子を眺めていた。
「待ちな」
「やめろ!」
  酒場の片隅、赤髪の女……オルフィナ・ランディ(おるふぃな・らんでぃ)と、アルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)がその男の両腕を掴み、床に突き倒す。
「女の肌に汚い手で触るんじゃないよ」
 見下ろすオルフィナ。アルフはエリスに向き直った。
「大丈夫だったか? これからは俺があんなやつに絡まれないように守ってやるぜ」
「け、けっこうどす」
「そう言わずに……」
「ナンパはほどほどにしてくれよ。アルフ」
 その様子に、呆れた様にエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)は頭を押さえていた。
「……でも、これから何かがあるというのは?」
 そしてエールヴァントも話に加わる。しかし、ジェニファーは周囲を見回した。ガンマンを押し倒したよそ者たちに、客どもが警戒の目を向けている。
「……よそ者に簡単に話すと思う?」
 その中で、ええはい話しますなどと言える空気ではない。それくらいは、ジェニファーにも分かっている様子だ。


「まあ、まあ、待ってくれ。彼らは私の仲間なのだが、ここの常識がよく分かってなくてね。お詫びに一杯、奢らせてくれ」
「そう、そうとも。全員に酒を配ってくれよ」
 怪しい雰囲気を察したレーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)と、閃崎 静麻(せんざき・しずま)が立ち上がって周囲に言う。
 ただ酒と来れば、荒くれがこれほど好きなものもない。彼らも顔をほころばせる。
「さあ、お酒を運びましょう」
 レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)が、隣のイライザ・エリスン(いらいざ・えりすん)に言う。
「ですが、警戒しないと誰かが発砲したら……」
 イライザは言うが、レーゼマンは小さく首を振る。
「対処は後からでいい。それよい、こちらから警戒していたら、ますます向こうを警戒させるだけだろう」
「そうそう。半分は俺が出すからな。そうだ、貴様のぶんは俺が持つから、俺のぶんは貴様が払ってくれ」
 静麻がどんと、レーゼマンの前にジョッキを置く。
「いや、私は……」
「いいからいいから」
 肩を抱いて勧めようとする静麻。酒場の中はかなり和らいだ雰囲気だ。
「でも君たち、お金はあるの?」
 ふと、ジェニファーが聞いた。レーゼマンはゴルダを取り出すが、酒場の店主は首を横に振った。
「こ、こっちならどうだ?」
 あまり気が進まない様子で、静麻は宝石を取りだした。今度は、店主も首を縦に振った。
「ようやく、話が聞けそうだ。マスター、アレをひとつ頼む」
胸をなで下ろす蘇芳 秋人(すおう・あきと)が、カウンターに登るように座りながら言った。
「何どす、アレいうんは?」
 エリスが不思議そうに首をかしげる。明人の後ろにたたずんでいる蘇芳 蕾(すおう・つぼみ)が、ふっと息を吐いた。
「秋人様がアレと言われれば……チョコレートパフェに……決まってる……」
「何、それ? あるものを頼んでよ」
 ジェニファーがいよいよ怪訝そうな様子だ。蕾は表情を変えないまま、カウンターを乗り越えようとする。
「ちょっと、何してはるん! あんまり妙な事して、また空気悪ぅなったらどうしはるの!」
 慌ててエリスがそれを引き留める。
「……厨房を借りようと、思っただけ……です」
「郷に入っては郷に従えと言うだろ。人の感情を逆撫でするようなことはしない方がいい」
「全然、説得力ないわよ」
 政敏が言うのに、リーンがぼそりと突っ込む。
 やれやれと、セフィーは肩をすくめた。
「……それで、これからっていうのは?」
 問いかけに、ようやくジェニファーも肩の力が抜けた様子で壁にもたれた。
「……大会があるのよ、もうすぐ」