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リアクション
幾度の戦いを経て、イルミンスールの生徒はついに、かつて世界樹イルミンスールが座していた場所に出現した世界樹クリフォトを攻略、ザナドゥの本拠地であるベルゼビュート城への入り口を築くことが出来た。
これに対し魔族は、もはや入り口を奪還することは叶わないと踏んだか、あるいは最後の抵抗か、再び分身を出現させると一路、ウィール砦へと進軍する。そこはほんの小さな砦であったが、この地に設けられた『フォレストブレイズ』という機能が、森の侵食を食い止めている。これを破壊すれば、再び森は瘴気に侵食され、クリフォトの力がより広範囲に及ぶ。今現在制圧されているクリフォトを放棄しても困らない、そういう算段であった。
これ以上、森を傷つけさせない。悪しき魔族をこの地より追い払い、平和を取り戻す――。
砦に集まった者たちは、誓いを胸に抱き戦いへと赴く。
●ウィール砦:司令部
(現在の敵兵の位置は……ここか。予想される進撃路は……こんな所か。
今の所は敵側に有力な魔族も、事態を混乱させる突発的要素も見当たらない。このままでいてくれよ、でないと俺が負荷で死んじまう)
モニターに並ぶ様々な情報を精査分析し、区別し終えた閃崎 静麻(せんざき・しずま)が、それら情報をレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)の元へ送り、ふぅ、と一息つく。
ウィール砦は今、出現した世界樹クリフォトから出撃してくる魔族と対峙しようとしていた。数は多く見積もっても千を超えない程度だったが、樹を潰すまでは際限なく魔族が攻めてくるかもしれない。数千、下手すると万単位の軍勢を相手に、情報網の構築は必須と言えた。
(ま、協力者も得られたことだし、情報の収集は確証が持てる。最終的な判断は他の奴らに任せて、俺は俺のやることをするさ)
再び、モニターに目をやる静麻。今の所は緊急を要する情報は上がってこない。無論油断は禁物だが、戦端が開かれるまでは多少、気を抜いてもいいように思えた。
「彼我の戦力は、このようになっているものと思われます」
静麻から区別された情報を受け取ったレイナが、地図の上に駒や旗、コーン等を用いて再現していく。敵を示す駒はウィール砦正面のものが最も大きく、次いで両脇、さらに両脇と小さくなっていた。割合で示すなら、砦正面が4、その両脇が2、さらに両脇が1といった所だろうか。
「ここに、フォレストブレイズの位置を重ねますと……」
地図の上に、柵を持った人形が4つ置かれる。敵の駒と人形は、ちょうど向きあう位置関係になっていた。
「なるほど、狙いはフォレストブレイズか。確かにあれは我の城において重要な役割を持っておる」
「さ、サティナさーん。いつからここはサティナさんのお城になったのですかー?」
腕を組み、ふむと頷いたサティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)へ、今やこの砦ならぬ『ウィール要塞群』の司令官である土方 伊織(ひじかた・いおり)のツッコミが入る。
「なんじゃ伊織、おぬしは司令官で我は城主、違ったかの?」
「ち、違いませんけどー。……はわわ、なんだか物凄いことになってるのですよー……」
アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)がザナドゥから帰還を果たしたことで、自分の役目もようやく終わったかと思いきや、「この戦争が終わったら役職を解除してやるから、それまでは【ウィール要塞群司令官】として頑張ってくれ」と無茶振りされてしまったのである。
「お姉様、伊織さんを困らせないで下さい。すみません、伊織さん」
「えっと、セリシアさんが謝ることはないのですよー」
姉の振る舞いを見かねたセリシア・ウインドリィ(せりしあ・ういんどりぃ)が伊織に頭を下げ、伊織が恐縮した面持ちを浮かべる。
「なに、向かってくる愚か者共なぞ、我が赤備えと精霊で追い払ってくれる。
セリシア、伊織のこと、頼むぞ。我は前線指揮に行って来る。特大の雷でもお見舞いしてやろうかの」
そんな二人をどことなく楽しむような顔で、サティナがそう言い部屋を後にする。
「伊織さん、フォレストブレイズの方は私たちに任せて下さい。伊織さんは砦正面の魔族へ対処をお願いします」
「……分かりましたー。そっちの方はお願いしますですー」
セリシアの申し出に頷いて、伊織は砦正面の魔族への対処法を考案する。出来る限り引きつけた上で罠や伏兵を以て撃破、その間にフォレストブレイズを狙おうとする魔族を追い払い安全を確保。ベルゼビュート城やザナドゥでの大規模戦争が決着を迎えるまで砦を守り抜く、が大まかな方針であった。
「何よ、ここでステージでもやるつもり?」
「あっ、カヤノ様! わ、凄いです! カヤノ様、おとなです!
凄いですよね、おにーちゃんが用意してくれたんです!」
やって来たカヤノ・アシュリング(かやの・あしゅりんぐ)に、整えられた音響設備の前でノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が事情を説明する。
「花妖精に歌を聞かせて励まして、少しの間だけでも浄化の力を上げられないか、って思ったんです。みんなも手伝ってくれるって言ってました!」
「そういうこと。……そうね、あたしも歌ったことあるわけだし、元気になってくれるかもね。頑張ってちょうだい」
「はい! えっと、カヤノ様は行かれる……んですよね」
魔族がいる方角を見つめて、ノーンが沈んだ面持ちになる。
「大丈夫、一人で行くわけじゃないし。あんたのことはあたしが守ってあげるから、あんたは精一杯歌ってきなさいよ」
ポンポン、とカヤノがノーンの頭を撫で、沈んでいたノーンの顔がパッ、と明るくなる。
「カヤノ様……はいっ!」
じゃあね、とカヤノが立ち去るのと入れ替わるように、複数の精霊たちが準備を終えてやって来る。見慣れた顔もあれば、初めての顔もあった。
「みんな、わたしに力を貸してくれて、ありがとう! みんなで頑張れば、きっとうまくいくよ!」
ノーンが言い、インカムを身に付けた精霊たちの真ん中に立って、すぅ、と大きく息を吸う。
「いっくよー! エレメンタル・フィナーレ!」
外から聞こえてくるノーンたちの歌を、あてがわれた一室で御神楽 陽太(みかぐら・ようた)と御神楽 環菜(みかぐら・かんな)が耳にする。
「……勝てるかしらね」
ぽつり、と呟いた環菜へ、陽太が振り向き言葉をかける。
「大丈夫。必ず勝ちますよ、イルミンスールは」
言って、陽太が周囲に目を配らせる。……そう、勝って、イルミンスールに平和が戻って、そして二人一緒にツァンダに帰る。戦争の混乱が落ち着いたら、またエリザベートと環菜の仲睦まじい――傍目にはそうは見えないかもしれないが――やり取りが見られたらいい。
その為に、打てる手は打った。後は皆を、信じるだけ――。
砦正面の敵を陥れる罠として採用されたのは、落とし穴であった。これは及川 翠(おいかわ・みどり)とミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)によるものである。
「落とし穴に落ちて混乱している敵に、上から集中砲火を浴びせるの」
翠が、掘る穴の形状や仕掛ける罠を事細かに話していく。問題は穴を掘る人員の確保と規模であったが、人員の方は八神 九十九(やがみ・つくも)とウルキ ソル(うるき・そる)、テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)とマナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)、ドクター・バベル(どくたー・ばべる)とノア・ヨタヨクト(のあ・よたよくと)、他契約者、さらには力仕事に長けた精霊をあてがうことで目処が付いた。規模も、流石に一辺60個は厳しかったが、砦正面の敵がどこから進んできてもどこかの落とし穴に引っかかる程度には用意が出来ていた。
「翠、そろそろ敵の姿が見えるはずよ」
準備を整え、砲撃の位置についた翠へ、ミリアが話しかける。落とし穴に引っかかった所で、両脇及び砦側から契約者が魔法や重火器で攻撃を加える。上手く事が運べば、敵は砦へ攻め入る力を大きく失うはずである。
「うん。……大丈夫だよね、きっと上手くいくよね」
「ええ、きっと」
震える翠の手を取って、ミリアが微笑む。テの震えが収まった所で、翠の視界に敵の姿が映り始める。ただ戦う相手を求めて突き進んできた魔族は、仕掛けられた落とし穴の存在に気付くことなくそれを踏み抜き、そして地面の下に転がり落ちる。
「いっけー!」
それを合図として、翠が穴に向けて電撃を放ち、他の契約者も続いて攻撃を加える。出来る限りここで敵を食い止め、他の場所に向かった者たちが魔族を切り払い、あわよくば包囲殲滅まで持っていく、その為に彼らは奮闘していた。
(万が一、この砦が落ちるようなことになれば、イナテミスが戦場になってしまいます。
何としてもそれだけは避けなくては……)
正面で戦闘の火蓋が切って落とされたのを確認して、シャレン・ヴィッツメッサー(しゃれん・う゛ぃっつめっさー)が情報網に連絡を入れる。これからおそらく、双方共に負傷者が急増するだろう。戦闘が長引けば、食料や物資の調達も急務になる。直接戦うことは出来なくとも、そういった面でシャレンは手を尽くすつもりでいた。
(私も戦闘は得意とは言えないが、そうも言っていられないな。
もしもシャレンが危険に晒される場所に出なくてはならない時は、代わりを務めるなり、護衛を務めるなりしよう)
ヘルムート・マーゼンシュタット(へるむーと・まーぜんしゅたっと)も、シャレン同様に自らの成せることをなすつもりでいた。安全であるはずのイナテミスを出、シャレンがこの危険な地にまで足を踏み入れた覚悟を、出来る限り尊重してあげようと思ったからである。
「シャレンは、医務室を頼む。私は武器庫に控えている」
「ええ、お願いしますわ」
それぞれが得意とする場所へ向かうことを決め、二人はその場を離れ駆け出す――。
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