リアクション
◇ ◇ ◇ 一回戦を終了して控え室に戻るキリアナを、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が呼び止めた。 「ぅおい〜っす、調子はどうだ?」 「まずまずやね」 キリアナは笑みを浮かべる。 「まずは一回戦突破おめでとう。優勝できそうか?」 「そうやね。それなりに自信はある、と、言うときます」 ふふ、と笑ったキリアナに、アキラは訊ねた。 「ちょっと真面目な話があるんだけど、今、時間いいか?」 「構いません。何どす?」 一回戦が終了し、ランチタイムという名のインターバル時間に突入している。 クリストファー達がパフォーマンスを披露する予定だが、急がなくても大丈夫のはずだ。 「その前に幾つか訊きたいんだけど、セルウスって、捕まえて本国に連れ帰ったらどうなるんだ?」 「それは、うちには解れへんことどすね。 引き渡した後のことは、うちの仕事ではおまへんですので」 キリアナは、困ったように笑う。 「じゃあもうひとつ、セルウス捕獲の期限はあるのか?」 「特にいつまでとは言われてませんけど……」 「じゃあさ、あのさー、こういうのはどうだ? とりあえずセルウスを捕獲するのは一時保留にして、セルウスに協力する、っていうのは」 アキラの提案に、キリアナはぽかんと彼を見た。 「セルウスも、自分がやったことは悪いことだって自覚はあるみたいだし、反省もしてるんでしょ?」 キリアナの腰に括り付けられたクトニウスに訊ねる。 もごもごとクトニウスはうめいた。頷いたらしい。 「ここでセルウスを捕獲できたとしても、また取り返しに来ると思うんだよな。 そういうのを繰り返してるよりも、謝罪と処罰を受けることを約束させて、先にセルウスの目的を終わらせて、それから連行した方が、結果的に早く終わるんじゃないかなと思うんだけど。 まあ、セルウスも説得しないとだけど」 「……成程」 キリアナは苦笑した。 「それは、ええ案やと思います。でも、聞けません」 「どうしてネ?」 アキラのパートナー、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が訊ねる。 「それは、国の事情というやつで。 今遊んでるうちが言えたことやおまへんけど、そういうのはちょい、色々と面子を潰される人がおるし、うちも、団長の顔を潰してしまうわけにはいきません。 もう、この大会が終わったら、あの子はエリュシオンに連れ帰ります」 「……そっか」 アキラは残念そうに息を吐く。 「色々考えてくれたのに、堪忍どす」 「いや、俺は、選択肢のひとつを言ってみただけだから。 ただ捕まえる以外にも、方法はあるんじゃないかなって」 申し訳なさそうなキリアナに、アキラは笑ってみせた。 『以上で、午前中の試合を終了致します。 舞台上のパフォーマンスは13時15分より始まります。 午後の試合は、予定より一時間遅れ、14時より開始。 二回戦第一試合に参加の選手は遅れないよう集合してください。5分以上の遅刻で不戦敗となります。 13時現在の迷子のお知らせ、 ペンギン十五匹、くじら五匹、レッサードラゴン一匹、パンダ一匹、人間の子供一人です。 お心当たりの方は、本部迷子センターまで。 尚、式神、ホムンクルス、スパルトイ、ゴーレムなどを一人歩きさせる方は、暴走ヘルハウンドの群れ、首輪付きの小型龍、転売・カツアゲ目的のパラ実生などにご注意ください』 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、午前中の仕事を終えて、マイクのスイッチを切った。 「はー、終わった」 午後の放送担当は、酒杜陽一に代わる。 「皆、もうお昼食べてるかしら。 フィス姉さん達、問題起こしてないといいけど……」 最も、何か問題が起きたら、速やかに会場の人々に連絡できるよう、すぐさまここに連絡が来るはずで、それがリカインが放送担当を希望した理由でもあり、それが来ないということは、大きな問題は起きていないということである。 「師匠!」 観客席に行くと、パートナーのアレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)が手を振った。 隣には双子のサンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)もいる。 「どうだった? 試合」 「色々勉強になったっス。 やっぱり、出てみたかったっスね、ちょっと」 頭を使って考えることも必要、とリカインに諭されて、彼等は今回、出場を諦めた。 リカインは、少し可哀想だったかな、と思う。 理由は半分本当で、半分口実だ。 ちら、と、隣で不機嫌そうなシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)を見た。 「……何も起きなかったわ」 「よかったじゃない」 「不審者が暴れたり大会を妨害する乱入者が現れたら、暴れていいって言ったじゃない!」 「何も無いのに暴れたら、フィス姉さんが不審者連行でしょうが」 全く、この人が大会に参加したら、試合を死合にしかねない。リカインは深い溜め息を吐く。 なので、あの手この手の理由をつけて、強制的に参加を断念させたのだ。 「とりあえず、お昼にしましょ。 売店はどこも混んでそうねー。学食に行きましょうか」 学食も、一般に開放されているはずである。 以前蒼空学園の生徒だったリカインには懐かしかった。 「師匠、午後もスタッフっスか?」 学食に向かいながら、アレックスが訊ねる。 「そうよ。 でも午後は放送じゃなくて、迷子の面倒担当と交代だけど」 「リカが迷子の面倒〜?」 シルフィスティが不審そうな表情をした。 「姉さん……放送を聞いてなかった? 迷子センターは、まるで動物園よ……」 ふふふ、とリカインは低く笑う。 「というかそれより、私すごく心配だったんだけど、くれぐれもあなた達、迷子で保護されて来たりしないでよね? 私他人のフリするからね」 「師匠、冷たいっス」 「馬鹿ね、兄貴。 いい年こいて迷子になるなってことよ、恥ずかしい」 「師匠、姉貴が酷いっス!」 泣き付くアレックスに、リカインはにっこりと微笑んで見せた。 「やれやれ」 本部の裏側が、迷子センターになっている。 午前中は、迷子の(主に動物達の)世話に専念する羽目になった酒杜 陽一(さかもり・よういち)は、ようやく解放されて一息ついた。 「試合に出場するより疲れるな……」 午後からは、放送担当だ。 本部では、全ての動きが把握できる。 控え室に備えられているのと同じモニターも付いていた。 また、控え室の様子もモニターで見ることができる。 警備からの通信も全て回ってくるので、また別の意味で忙しくなるだろう。 勿論、本部には常時複数のスタッフが詰めているが。 「ここまでは何事もなく済んだけど……。 何だか、じわじわと嫌な予感もするんだよな……」 その理由は、控え室をモニターで見た時に映っていた、ローブの男だ。 セルウス達は問題を起こそうとしないだろうし、キリアナ達も涼司に釘を刺されているから表立って騒ぎを起こさないだろうが、セルウスともキリアナとも違う、別の勢力が潜んでいるように思う。 万一の事態にすぐさま行動できるよう、陽一は放送担当を希望したのだ。 |
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