空京

校長室

【選択の絆】夏休みの絆!

リアクション公開中!

【選択の絆】夏休みの絆!

リアクション


第1章 夏だ! 湖だ! バカンスだ! 11

 セルマ・アリス(せるま・ありす)はポムクルたちにカメラの使い方を教えてみることにした。
 デジタルビデオカメラだ。どこにでもあるような一般的なビデオカメラで、これといった特別な機能はない。だけどだからこそ、ポムクルたちが覚えるには最適だろうとセルマは考えていた。
 もしもイーダフェルト内部の様子が撮影出来たなら、これ以上の成果はないはずだった。きっと遺跡の中に入れないティフォン学長も喜んでくれるだろう。みんなで映像を分析することだって出来るかもしれない。とにかく、役に立つ可能性はいくらでもあった。
「いいかい、ポムクルさんたち。これがデジタルビデオカメラってやつだよ」
 セルマがカメラを見せると、ポムクルさんたちはいっせいに驚きの声を出した。
「ブンメイノリキなのだー」
「面白そうなのだー」
 もともと、遺跡の改修や修繕が得意なポムクルたちだ。
 デジタルカメラにもすぐに興味を覚え、下から見たり上から見たり、いろんな角度からその“文明の利器”を観察していった。
「どんなものを撮ればいいのだー?」
「たとえば、人のプライバシーな映像とかはダメだよー」
 ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)が人差し指を立てて丁寧に教えた。
「誰だって、見られたくないものっていうのはあるでしょう? そういう、個人的な映像を撮ることは、イケないことだとされてるんだー。わかるかな?」
 ポムクルたちはうなずいた。
 実際のところ、ミリィにもどこまでがプライバシーというもののなのか、明確なものはわかっていなかった。もちろん何となくはわかるが、正確な線引きは出来やしない。ミリィだけでなく、他の誰にも。だけど、他人が嫌がるような映像は出来るだけ撮らないようにする。それがきっとイイコトなのは、確かだった。
 ポムクルさんたちはすっかりビデオカメラの使い方を覚え、自分たちでジーっと撮り合って遊んでいた。すばらしく覚えが早い。セルマが思わず口をぽかんと開けて驚いたほどだった。これなら、いずれ自分たちでオリジナルのビデオカメラを作るなんて芸当をやってのける日も近いかもしれなかった。
「もしそうなったら、ビックリだねー」
 ミリィがのんびりと言った。
「そうだな。でも、それが生き物の可能性だと思うと、なんだか嬉しくなるよ」
 セルマが見ている前で、ポムクルがビデオカメラのレンズを向けた。



 さらさらと流れる小川に飛鳥 菊(あすか・きく)たちはいた。
「くそっ! なんだって俺のには引っかからねえんだよ、こいつぁ!」
 小川に木の棒で作った釣り竿の糸を垂らしていた菊は、すっかり頭にきたようで怒鳴り散らした。
 ちょうどその隣で釣り竿を握っているエミリオ・ザナッティ(えみりお・ざなってぃ)は大きな声で笑った。
「ハハハハッ、そりゃあかんわ、菊。釣りは慌てず騒がず、待つのが基本やで」
「うっせぇ! なにが待つのが基本、だ。さっきからてめぇばっかり引き当てやがって!」
「ほらほら、そんな怒るからあかんのよ。ポムクルさんたちを見てみい。初めてやっちゅーのに、けっこうやりおるで」
 菊はエミリオの向こう側にいる釣り人なポムクルさんたちを見た。
 どこかの流離い釣り人みたいに、麦わら帽子を被ったプロ級の腕前のポムクルさんもいれば、中にはまだまだ初心者の域を出ないポムクルさんもいた。だけど、すべてに共通してるのは、どれも少なくとも一匹は魚を引き当てているということだ。
 菊のバケツには水しかない。澄んだ水がたっぷりだった。
「くっそーっ! 納得いかねえ!」
 菊はばしゃあっとバケツを蹴飛ばした。
 さすがにエミリオがむっとした顔をしたが、そのとき菊に近づいていったのは、ポムクルたちだった。
「やつあたり禁止なのだー」
「あ?」
「頑張ればきっと釣れるのだー」
 ポムクルの一匹が小さいからだで一生懸命手を伸ばしてバケツに水を汲み、もう一匹が釣り竿を菊に差し出した。
 菊は少しばかりイライラしていた。魚は釣れないし、ポムクルさんたちは鬱陶しいし、エミリオは釣りに夢中だ。腹立たしいことこの上なかった。だけど、ポムクルたちを見ていると、膨らんだ風船がぷしゅーっとしぼんだみたいな気分になった。
「はぁっ…………わかったよ」
 菊はため息をついて、釣り竿とバケツを手にすると、どかっとまた小川のほとりに腰を下ろした。
「菊……」
 エミリオが菊を見つめた。
「か、勘違いすんなよ。もーちょっと……ほんのもーちょっとだけ……付きあってやってもいいかなって思っただけだからな」
「かまへんよ。それでも、菊と一緒に釣りが出来てうれしいわ」
 エミリオは笑った。菊は照れくさそうにそっぽを向いた。
「ふん……」
 澄み切った小川から、魚が一匹ぱしゃんと跳ねた。



「それにしても……」
 出店の並びやそこに集う人々の顔や仕草を見つめながらに辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は思った。
 何も考えなくて良いというのも、悪くはない。と同時に不安になってくるのは、まだまだこの時を楽しめていない証拠なのだろうな。
 自分の命を狙う者も、ターゲットもここには居ない。居るのは今この時を楽しもうと集った者たちばかり。その中にはパートナーであるアルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)の姿もある。
「るーるるー、るるるるーるるー」
 何やら楽しげなメロディが聞こえてきた。アルミナの声だけじゃないからポムクルさんと一緒に歌っているのだろう。
 歌を教えていたのは知っている、でもどうしてあの有名曲をチョイスしたのだろう。
「ん、まぁ当人同士が楽しいならそれで良いか」
 ポムクルさんが元ネタを知っているとは思えないが、確かに口ずさみやすい曲ではある。
「ポムクル……」
 改めてこうして見てみると……何だろう、何か……どこか見覚えがあるような……。
 巨人が出てきて……いや……衰退した話だったか……ガルガンディーな話だったかしら……。
 止めよう。思い出せない時は無理に思い出さない、仕事に関係ない事ならば尚更だ。
 一通り出店を廻ったら、ボートにでも乗るとしようか。
「はっ……! なんという事じゃ」
 腑抜けもいいとこだ、わらわは一体何を言っているのだ。
「刹那ー! 見てみてー!」
 無邪気な声が聞こえてきた。
 見ればアルミナポムクルさんがノリノリでダンスしている。振りもリズムもバラバラだが、そんな事はお構いなしに満点の笑顔で弾け踊っていた。
「上手でしょー」
「上手い……かのう?」
「ひどーい、もっと見てよー」
「見とるよ。そうじゃ、歌は良いのか? さっきから聞こえてこないが」
「はっ! 忘れてた! よーし……ってアレ? 難しいー!」
「ははは、頑張るがよい」
 平和ボケしてしまう。気を引き締めねば―――
「あははははー、刹那ー♪」
「………………」
 ダメだ、今日はシリアスは無理だ。
「ふぅ」
 まぁ、今日は気を張る必要もない訳だし。アルミナの言葉に甘えて、のんびりゆったり過ごすとするか。
 日頃の忙しさをどうにか忘れて。刹那は湖畔での休日を堪能したのだった。


「アイ、シャー?」
 リア・レオニス(りあ・れおにす)によるアイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)講座は終盤にさしかかっていた。受講者は十数名のポムクルさんたちだ。
「アイシャはな、可愛いだけじゃなくて、今この時も祈りで国を支えて守ってるんだ。凄いだろう?」
「すごい、スゴイ、凄いのだー」
「そうだ! そうなんだ! アイシャは凄いんだー!」
「凄いー、アイシャー、すごいー」
「そうだー! 凄いんだー! 可愛いんだー!」
 講義の序盤に済ませたはずの「アイシャが如何に可愛らしいか」についての力説が、油断する度に顔を出してしまう。恥じるつもりはないが、とてもコントロールしきれない。
「彼女は皆に優しいんだ、いつも誰にでも笑顔で応えてくれる、なかなか出来る事じゃない。誰にでも、そう……俺だけじゃなくて誰にでも……うぅ……」
「リア……」
 何を自滅しているのやら。ザイン・ミネラウバ(ざいん・みねらうば)は直ぐにフォローに入った。
「病気ー? 病気なのだー?」
「んー、そうだなぁ、病気といえば病気かな」
 全人類の永遠の課題、医者も治せない難病だ。
「恋煩いって言うんだぜ。こいつ、アイシャを愛してるからな」
止めろよ、ザイン。結局は俺も不特定多数の中の一人でしか過ぎないんだ……
「まだオチてんのか。しっかりしろよ」
 こうしている間にも彼女は頑張ってるんだろ? 自分で言ったんじゃないか。
そうか……そうだな。まず俺がしっかりしないとな」
 復活したリアが再びアイシャの素晴らしさについて説いていった。
 彼女への愛と情熱の全てを注いで教えた結果―――
「アイシャー!」
「アイシャー!」
「アイシャー!」
「アイシャー!」
 ポムクルさんたちが一斉に天に拳を掲げた。なんだコレ……ライブ会場かよ。
「リア」呼んでもリアは気付かない。吹っ切れたリアはノリノリでポムクルさんと一緒になって叫んでいる。
「リア。リア!」
「何だ、ザイン! 今いい所なんだ―――」
「リア……やりすぎ……」
「……………………あれ?」
 気付けばアイシャのことが大好きなポムクルさんが大量に生まれていて……。
 これはもしや……アイシャの写真を出すタイミング逃した?