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リアクション
水上闘技大会第一試合(2/2)
「だいじょうぶ、痛くない」
桜吹雪のその中でスウェル・アルト(すうぇる・あると)が吐息を漏らす。
「花びらを数えている間に終わるから」
か細くも艶のある声に気を取られたなら最後、足に強烈な痛みを感じた時にはきっと場外へと吹き飛ばされていることだろう。
得物は『桜吹雪の和傘』、本来ならば氷結の『抜刀術『青龍』』との相性は決して良くは無いものの、疾さは小柄な肢体と身軽さで、威力は相手の脚部を狙うことでそれらを十二分にカバーしていた。
「えい」
これで15人目。足から崩れた所に追撃を入れて、無事に吹き飛ばすことに成功した。
実に順調、プラン通りに敵を倒し、自らも生き残っていたのだが―――
―――まさか足場が無くなるとは思わなかった―――
「スウェル!!」
パートナーであるアンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)が叫んだ時にはスウェルの体は湖に投げ出されていた。
正子の一撃が闘技場を割った時、スウェルの和傘は天に向いた矢先だった。体勢を立て直すだけの時間は無かった。
「スウェルっ!」
アンドロマリウスは誰よりも早くに客席から飛び込むと、すぐに追いつき、そして彼女を抱えて浮上した。
「こほっ……こほっ……」
水を飲んでしまったか。それでも意識ははっきりとしているようで、アンドロマリウスはホッと安心した。
「落ちた」
「そうだね、落ちちゃったね」
「どうして?」
急に足場が割れて崩れた理由を訊いているのだろう。正子が勢い余って闘技場の床にパンチして壊した、とアンドロマリウスは言って応えた。
「とても楽しそうでしたので……珍しく、ハメを外してしまったのかも」
正子のフィールド破壊は一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)とカン陀多 酸塊(かんだた・すぐり)の運命も大きく左右した。
「ごめんなさい」
『真紅の番傘』に『ナラカの蜘蛛糸』を絡めて攻撃する。たとえクリーンヒットしなくても、数回打ち合えば蜘蛛糸が相手の体に絡みつく。そうなれば後は場外へ投げ落とすだけ。
(耀助さん……耀助さんは……)
一度に複数人を手玉に取った私の技を、戦術を、何より私自身を彼に見て欲しい―――
「はっ! 私ったら、はしたない……耀助さんに見て欲しいだなんて……」
「何だぃ? 呼んだ?」
「耀助さんっ?!!」
気付けばすぐ後ろに仁科 耀助(にしな・ようすけ)がいた。ずっと目で追っていたのに、今の戦いの際に見失っていたようだ。
「いえっ、あのっ、違うんです」
「違う? いいや呼んだよ、確かに呼ばれたよ俺」
「えっ……あの……その……」
あぁ、どうしてこんな時に限って積極的なのかしら。それに、レフリーが私語をしてる試合なんて、公平性は失われているも同然。あ、でもこうして私と話しているという事はつまり少なからず耀助さんは私に肩入れしているということに……肩入れ……特別扱い……私だけの味方……私だけの……私だけの耀助さんっ?!
「お〜い……大丈夫か〜い」
「あっ! はいっ! って、えぇっ?! 耀助さん……あのっ、ち、近いです」
気付けば今度は耀助の顔が目の前に。彼からすれば心配して顔を覗き込んだに過ぎないのだろうが、こんなに接近できるならメランコリックな妄想も悪くはない。誰かに知られたら恥ずかしいけど。
「あ、あの、違うんです、さっきのは……」
これで何度目の弁解か、というよりそのどれも成功していないからこうしていつまでも話が進まないわけで。
今度こそ彼に話そうとした、正にその時だった―――
闘技場が激しく割れて、足場が崩れ、バランスを崩してヨロケる悲哀に耀助が手を差し伸べた―――
「おっとぉ!!」
揺れで足を滑らせたカン陀多 酸塊(かんだた・すぐり)が耀助の背中にタックルをかました。
「うわっ!」
「へっ?」
悲哀に覆い被さるように、いやむしろ感動の再会を果たした王子と姫君の如くに、耀助が悲哀の胸に飛び込み、そして2人は湖へと沈んでいった。
「いてててて、あれ? 何かにぶつかった? まったく、今日だけで何回タックルするんだろう」
それは酸塊にとっては「何かにぶつかった」程度のこと。
それが人である感触はあったため、何度も何度も何人をも突き落としてきた「タックル」がここでも自然に出てしまったのだろう、といった程度の認識だったようで。
パートナーである悲哀が嬉しさと恥ずかしさのあまり水中で気を失った事を彼が知るのは、彼女の王子様が彼女を抱えて水上に上がってきてからの事だった。
そして、闘技場を破壊してしまった正子自身も、その巨体を乗せられるだけの足場を確保できずに湖へダイブ、失格となってしまった。
水上闘技大会第一試合。生き残ったのはわずか1名だけだった。