空京

校長室

選択の絆 第二回

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選択の絆 第二回

リアクション


【3】分断作戦 2

 早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)メメント モリー(めめんと・もりー)は、レントという名の量産型イコンに乗っていた。
 あゆみの心にあるのは、ネフェルティティへの思いだった。ネフェルティティが女王になる可能性があると聞いて、あゆみは感慨深い気持ちに浸っていた。
 あの深空が、次期女王になるかもしれないなんて……。
 ダークヴァルキリーだった頃のネフェルティティは、皆から深空と呼ばれて愛されていた。みんなが持ってきてくれたドーナツや、あゆみが持ってきたお弁当を喜んで食べてくれたときのあの顔が、思いだされる。無垢で、純粋な笑顔。幼い瞳。すべてが鮮明に。あの深空が女王になるかもしれないと思うと、あゆみには並々ならぬ思いがわき上がるのだ。
 もちろん、それで彼女のすべてが払拭されるとは思わない。シャンバラへの呪いを一身に受けて、苦しい時を過ごしてきた少女の過去は、消えはしない。だけれど、あるべきものが、あるべきところに返される時は来るのだと、あゆみは思っていた。
(私に出来ることは……みんなを歌で勇気づけることだわ)
 あゆみはそう決心した。そして、地上から、旧王都の戦場で戦う仲間の契約者たちへ、歌を届けた。
 それは魂を震わせ、心を解放し、みなの背中を後押しする歌だった。戦場に届くその歌を、仲間たちは聞き届けていた。
 イコンの操縦を担当するモリーも、負けじとライフルで応戦する。あゆみが歌い続ける間、イコンに乗ってそれを守るのが、メイン搭乗者のモリーの役目だ。
「あゆみんの邪魔するんじゃないよ!」
 モリーの気合いとともに、ライフルの銃弾は敵イコンを貫いていった。



 自機イコンフロンティアに乗るリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)赤城 花音(あかぎ・かのん)は、近づいてくる敵イコンを機晶ブレード搭載型ライフルとツインレーザーライフルの二丁撃ちで打ち崩した。
「クリストファーさんの案では、敵を二手に分割させるようですね」
 と、リュートが言った。花音は「了解だよ!」と答えた。
「ネフェルティティ様が宮殿に辿り着くためには、進路上の敵を倒さないといけない! ボクらで道を切り開かないと!」
 花音はそう叫んだ。胸の中には、特別な思いがあった。
 花音とリュートの二人は、ネフェルティティが呪われ、ダークヴァルキリーとなっていた時代のことを深く知るわけではない。だけども、次なる女王の座をアルティメットクイーンに渡してはならない、ということはわかる。少なくとも花音は、それが正しい道だと信じていた。
「そりゃ、力ある人がみんなを導くっていうのは、間違ってないと思う……。だけど、それだけじゃないはずだよ! 苦しんで、悩んでいくからこそ、得られるものもあるはずなんだ! ボクは、自分の頭で考えることを、放棄するつもりはない!」
 花音は思いの丈をぶつけた。
 それを聞いたリュートは「そうですね」とほほ笑んだ。彼もまた、同じ気持ちだったのだ。
 二機の部下イコンを連れたリュートは、フロンティアを動かして進路上の残された敵のもとに接近した。そして、二丁の銃を使い分け、次々とそれを撃破していく。左右に構えた部下イコンの要は、そう簡単に解けるものではない。三機の火力が、敵を圧倒した。
「戴冠式の成功のため……頑張りましょう、皆さん!」
 リュートは通信機を通じて、仲間たちにそう呼びかけた。



 自機イコン稀緋斗に乗る上社 唯識(かみやしろ・ゆしき)と、そのサブパイロットの戒 緋布斗(かい・ひふと)は、味方全体の位置をレーダーで捕捉し、それぞれに指示を出すことに集中していた。
 先がどうなるかは、唯識にはわからない。アルティメットクイーンが女王にふさわしいとも、ネフェルティティが次期女王になるべきだとも、考えたことはない。だが、唯識には薔薇の学舎の生徒たる誇りがある。ルドルフ校長の意思を信じて戦うことは、唯識にとって十分な戦いだった。
「それにしてもルドルフ校長って、お芝居がかった感じじゃなくて、普通に話せばもっとカッコいいと思うんだけど……」
 唯識は与太話のつもりでそんなことを言い出した。
 緋布斗はそれに対し、「それが美しさというものなのでしょう」と返した。
「美しさかぁ……」
 唯識にはあまり理解できない感覚で、理解に苦しんだ。
 ルドルフ校長のことは尊敬しているが、時々、その感覚についていけないことがあるのだ。
 悩む唯識に、緋布斗は言った。
「『美しい』というのは『誠実であれ』ということではないでしょうか」
 それを聞いた唯識は、目を丸くした。
 なるほど。確かにそれは言えてるかもしれない。少なくともルドルフ校長にとっては、そうすることが誠実たる証なのかもしれない。目から鱗が落ちた気分で、唯識はほほ笑んだ。
「……うん、わかったよ、緋布斗」
「そうですか?」
 逆に緋布斗は、自分で言っておきながら、それが唯識にどう影響したかわからないでいた。とはいえ、ひとまずは、唯斗が納得してくれるならそれでいい。そのつもりで、緋布斗は「それなら、よいのですが……」と言った。
「誠実であれってことだよね。僕も、ルドルフ校長みたいに頑張るよ」
 唯斗は笑い、そして通信機を通じて仲間たちに言った。
「敵、分散確認終了! これより包囲に入る!」
 モニターに映る敵影の数は、左右に分断され、知らずのうちに道を作っていた。
「僕らもクリストファーたちを応援に行こう」
 唯斗はそう言って、稀緋斗を移動させはじめる。そのとき、緋布斗はぼそりと言った。
「君は十分、誠実ですよ」
 もちろんその声は唯斗には届いておらず、緋布斗のほほ笑みを知る者も、誰もいなかった。