校長室
リアクション
● ネフェルティティたちが地上へと降りたつ前――。 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)とサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)が、彼女たちに話しかけた。 「ちょっと、いいかな?」 と、シリウスはネフェルティティへ言った。 理子たちはそれには自分たちが邪魔だと感じ、席を外した。人気がなくなったところで、向かい合うネフェルティティにシリウスが続けた。 「サビクはさ。アムリアナ様の元臣下だったっていうんだ。だからじゃないけど、もし一言かけてもらえたらと思ってな……」 そう言い残して、シリウスは去っていった。 残されたサビクは、ネフェルティティの前にひざまづいた。突然のことに、ネフェルティティは動揺している。だけども、「そんなっ、顔を上げてください!」というネフェルティティに、サビクは首を振った。そしてこう言った。 「いま再び、次なる女王候補のお傍に立てたこと……光栄に思います」 その言葉には真なる響きが込められていた。その思いがわかるからこそ、ネフェルティティは言った。 「顔をあげてください、サビクさん」 と、腰をかがめる。 「私は単なる神の一柱に過ぎません。あなたがそうまでして、私に尽くす必要はないのですよ」 「いえ!」 と、サビクは強く言い返した。 「ボクは誓ったのです。過去は過去。そして未来は未来です。今一度この剣にかけて、ボクたち自身の未来をつくるために、あなた様に命を捧げましょう」 サビクは言い終えると、白銀の剣を抜いた。その剣の煌めきが、彼女の誓いを物語っていた。 ネフェルティティはそれ以上なにも言えなかった。サビクの強く、気高い思いを目の当たりにしたからだ。それでも、私なんかが畏れ多いという思いは解けることはなかったが、サビクの思いに応えるために、ネフェルティティは言った。 「期待……しています」 サビクはうなずき、剣を収めた。 必ずや……。その心が、サビクの瞳に込められる。身を翻してイコンデッキに向かったサビクの背中に、ネフェルティティは敬意を表すがごとく、深々と一礼した。 ● アルマ・ライラック(あるま・らいらっく)が操縦する機動戦艦がある。その名は、ウィスタリア。 部下イコンのプラヴァー二機を連れて、ウィスタリアは接近してくる敵の迎撃と味方の護衛につとめていた。 一方、単機で敵の遊撃に当たるイコンゴスホークに乗るのは柊 真司(ひいらぎ・しんじ)だ。サブパイロットのヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)とともに、彼はゴスホークを操って次々と敵の殲滅にかかっていた。 遠距離の敵に対し、ゴスホークはプラズマライフルとレーザービットでオールレンジ攻撃を仕掛ける。それすらもしのぎ、近づいてきた敵に接近戦に持ち込まれたときには、逆にこちらからエナジーバーストで敵に迫って、ライフル内蔵型のブレードでそれを切り裂いていた。 サブパイロットのヴェルリアがディメンションサイトで空間を把握することによって、より高性能かつ精度の高い回避能力が生まれるのだ。敵機の放つビームライフルを、アブソリュート・ゼロの氷の氷壁や、ミラージュによる幻影の併用でたくみに避けたゴスホークは、これといった致命傷を負うことなく敵を殲滅していった。 が、いくら高性能の能力を発揮する機体であったとしても、エネルギーの減少からは逃れられない。そのときには、真司はやむなく部隊の後方にさがり、ウィスタリアのイコンデッキで補給を受けることにしていた。 ウィスタリアで補給を担当する柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)は、デッキに運ばれてきたゴスホークを見て整備用のトリアージ(対応人員や物資などの資源が通常時の規模では対応しきれないような非常事態に陥った場合において、対象の優先度を決定すること)を選別した。緑のランプがついたゴスホーク。それは損害軽微の証だ。桂輔ら整備班は、すぐに補給と整備に当たった。 ちなみにトリアージの色は六種類に分けられる。「青=問題無し、緑=損害軽微、黄色=小破、オレンジ=中破、赤=大破、黒=修理不能」の区分だ。無傷、あるいは損害軽微の機体はウィスタリアの整備班でもなんとか事足りるが、中破以上となるとそれなりの機材と人員が必要になる。オレンジ以上に区分される色が点灯した場合には、破損した機体は土佐へと送られることになっていた。 「運が良かったね。消耗が激しいから、武器は予備のを出しておくよ」 桂輔はそう言って、新しいライフルの装備を進めた。 「悪いな」 と、真司は礼を言った。 「いいっていいって。これが俺の仕事だし」 桂輔は笑った。実際、そうしたポリシーが桂輔にはあった。マシンを乗る人と、整備する人。それぞれに役割は違うけれど、そこに誇りを持ってやっている。 ウィスタリアを操縦するアルマも同じだ。いまごろは、艦の制御を司るいくつものコードを自らの身体に接続して、各システムリンクを稼働させているだろう。ウィスタリアのグラビティブラストが発射される振動と音が、その証拠だった。 「真司……まだ……?」 と、ヴェルリアが出発したくて子どもみたいに聞いた。 「まだだよ。いいから、大人しく待ってろ」 真司はヴェルリアの頭にポンと手を置き、デッキの休憩所で腰かけながら待った。 しばらくして、アナウンスの声が聞こえた。 『ゴスホーク、エネルギーチャージ完了。パイロットはコクピットに搭乗後、待機願います』 「よし、行くぞ、ヴェルリア」 真司がポンとヴェルリアの頭を叩き、立ちあがった二人はゴスホークのコクピットに向かった。 乗り込むと、球体型のコクピット全体に光が灯った。BMIシステムを搭載しているゴスホークでは、モーショントレースを通じて、真司の動きが直接的にゴスホークに伝わる。そのため、ラバー製の特注パイロットスーツを着ている真司は、コクピット内で脳波をキャッチする装置に囲まれていた。 「機体の調子はどう?」 と、桂輔が通信機を通じてたずねた。 「上々だ」 真司は答えた。 「目的は陽動ということだが、敵は倒してもかまわんのだろ?」 「ああ。むしろこっちの艦はそれが目的とも言えるからね」 桂輔は人知れず、不敵な笑みをこぼした。 「派手にやってかまわないよ」 「任された」 真司も同じで、その顔に好奇心が満ちたような笑みが浮かんでいた。 『ゴスホーク発進準備願います』 アナウンスを受けた真司は、ゴスホークをカタパルトに接着させた。整備班たちがカタパルトにがっちり填まっていることを確認した上で、合図を出す。 「よし――」 真司は、呼吸を整えた。 「ゴスホーク、出る!」 ウィスタリアから、黒い蒼空の翼の機体が飛び立った。 |
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