空京

校長室

終焉の絆

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終焉の絆
終焉の絆 終焉の絆

リアクション


イマ、コリマ


 アトラス山の山頂。
 熱された空気と鉱物が焼けて匂いとなったものが充満している。
 薄く蒸気でけぶる果て、眼下にはシャンバラの大地と雲海、パラミタ内海がうっすらと見えた。
「なんだ、手ぶらで来たのか」

 岩に腰掛けていた青年が、特に感慨を抱いた様子もなく言う。

「君が欲しがる女の子じゃなくて申し訳ないけど、代わりのお土産は持ってきたよ」

 甲斐 英虎(かい・ひでとら)は、ポケットから黒水晶の欠片を取り出し、言った。
 イマが、それをくれろ、と言うように立てた指をちょいちょいと揺らした。
 英虎がイマの方へ、それを放る。
 と――。
「ヒャッハーーーーー!!!」
 激しい音を轟かせて山を登って来た補陀落科数刃衣躯馬猪駆(ポータラ科スパイクバイク)が岩陰から飛び出し、それを操る南 鮪(みなみ・まぐろ)が欠片を取った。
 そして、バイクはイマの目の前で止まった。
 バイクの後部に乗っていた織田 信長(おだ・のぶなが)がイマを見据える。

「聞きたいことがある」

 鮪が手の上でポンポンと弄ぶ欠片を見やって、イマが首をかしげる。

「あの少女を連れてるわけでもないみたいだけど」
「ヒャッハァ〜、知らねえな。俺たちが約束した訳じゃねえし。それより、俺からも土産だぜ!」
 鮪が取り出したのは、パンツだった。あと酒。
 
「そのパンツ……変な気配が残ってるな。あの剣の花嫁の――」
「今世界で一番強いのはパンツと愛なんだぜ、知ってるかァ〜?」
「初耳だ」

 イマが、鮪の手によって右へ左へヒラヒラ踊るパンツを見やりながら言う。

「情弱情弱ぅぅうう。パンツを重視できなかった世界や国は全て滅びたが俺達とこの世界は生きてる!! つまり、そいつはどういうことだァ〜!? パンツだよ、パンツ! パンツがために世界はこうして乱痴気騒ぎを繰り返して巡ってるって寸法だぜぇ! だからお前にもパンツが必要だろう」
「――つまりだ」

 バイクの後部に乗っていた織田信長がイマの前へと立つ。

「対価も示さずに要求ばかりが通ると思うな、ということだ」
「何が欲しい?」
「説明だ。おぬしが欲する理由、そして、その先にあるものよ」
「それを聞いてどうする? 俺やソウルアベレイターたち、“この大陸に意味を持たない”者と分かり合おうとか、そういう話であれば――」
「なぁに、無理に判り合うつもり等は毛頭無い。協力するにしろ、戦うにしろ、互いを知っての方が興が乗るということよ」

 信長の言葉にイマは、口元を崩した。

「確かに、そうなんだろうな。その方が面白い」
「腕試しと興味。そのために光条世界を覆し、全てを破壊する――おぬしは、そう言ったな。大陸に意味を持たないどころか、おぬしはこの世界にすら意味を見出していない。他のソウルアベレイターとは決定的に違う。おぬしは、この世界をどう見ている?」
「そうだな……俺にとって、この世界とは『何も無いに等しい』」
「何もなく、ただ……窮屈なだけ?」
 
 そう言ったのは、甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)だった。

「あなたは閉塞と束縛を嫌い、理を破壊しようとしている。
 でも、『終焉』を望んでいるわけではないのですよね?
 あなたは壊したその先に何を……」

 イマがユキノを見やる。
 
「少し、俺の話をしようか。
 ウゲンは退屈がって聞かなかったし、ソウルアベレイターの連中に話すには張り合いが無いことだから、せめて君たちに」

 鮪が欠片と一緒にパンツをイマへ放る。
 イマはそれを受け取り、続けた。

「俺は幾つもの母の胎内を経て、ようやく産まれた。
 それが何時のことだかはもう覚えていないが、とにかく最初の頃、だ。

 多くの母は身に宿した俺を懸命に世界へ吐き出してくれようとしたが、俺の持つ力はあまりに強すぎた。
 だから、いくつもの母体が壊れた。
 何度も母が変わり、変わり、変わり、ようやく産まれ出て……しばらくの後、俺は一人、ナラカに居た。
 創造主からナラカを整える使命を受けて。
 
 それから、世界は何度も大陸を産み出すことと、滅ぼすこととを繰り返し、俺はそれをただボンヤリと眺めていた。
 母達は何故こんな詰まらない場所へ俺を必死に産み出したかったのか。
 たまに考えるが、今もその答えは出ない。
 問いかけること自体、何の意味もないことだと自覚している。
 母らはただ本能というルールに従って役目を果たそうとしただけなのだから」

 イマはその辺りまで話してから、はて、と首を傾げた。
 
「話は筋違いのところへ逸れたか? まあいい。
 とにかく、俺にとって今の世界は“どうでもいい”ものだ。何も答えを持っていない。
 その代わり、俺には、“おそらく頑張れば”創造主を打ち倒し、彼らの望む世界と未来を破壊することが出来る力がある。
 破壊した先は、適当にやるつもりだ。
 なにせ、今のこの世界には俺にとって重要なものが一つもないのだから、まずは壊して捨てる。
 その先で駄目なら、また捨てる」

「じゃあ、あなたが俺たちに力を貸してくれるってことはないのかな……?」

 英虎の問いに、イマは欠片を手で弄びながら。

「光条世界を打ち倒すところまでは、協力させてもらうよ。
 俺たちの万魔殿も艦隊もニルヴァーナ付近まで飛ばされてしまった。あそこからじゃ、本質的に創造主へ攻め入ることはできない。
 それに、俺たちは契約者たちの意思の強さを認めた」

 イマの言葉に信長が頷く。

「これからは意思の強さと頭で戦う時代。全ての大義名分等後についてくる」

「それで、光の少女……“カケラ”と名乗ったみたいだが――
 カケラがそちらの手に渡ったからには、主導権もそちらにある。そういう風に選ばれたってことだからな」


 そう残し、イマの姿は消えたのだった。




 天御柱学院。
 黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)と共に、コリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)を訪ねていた。
 
(黒のリンガは“コリマ・クリスタル”の一つだ)

「しかし、カイラス一族は、それがビアーによって授けられたものだとしていた」

 コリマ・クリスタルは、かつてコリマが膨大なパートナーや知識の一部を外部のクリスタルに保存したものだ。
 それらは、コリマが眠りについていた5000年の間に世界中に散逸していった。

「黒のリンガは5000年前にコリマ校長の手を離れ、シベリアからカイラス一族の元へと旅をした……そこに元光条世界から放たれた監視者の一人であり、光条世界から逃れた存在“ビアー”の干渉があった、ということかな?」

(…………)

 天音の言葉に、コリマからの返答は無かった。
 その代わり、彼のテレパシーを伝って、数々の“意識”が渦巻き好き勝手に思考と言葉を放っているような気配が感じられた。

「僕は、コリマ校長、あなたが元からビアーのことを知っているのだと考えていた。
 でも、それは少し違うのかもしれないね」