空京

校長室

終焉の絆 第二回

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終焉の絆 第二回
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【1】空京大捜索 1

 空京の街にモンスターが放たれ、契約者達がクイーンを探そうと街へ飛び出した。
 その時――すでにアルティメットクイーンと接触している者がいた。
 それは裏椿 理王(うらつばき・りおう)だった。彼はパートナーである桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)の助けを借りてHCを操作すると、空京の超コンピュータがクイーンの居場所を契約者達に伝えるよりも早く、自分達の手でクイーンを発見することに成功していた。
 情報? 監視カメラの解析? いや、違う。理王は腕時計型携帯電話の電波をキャッチしたのだ。それは、理王がクイーンの為を思って彼女に渡しておいたものだった。
 時計に独自に仕掛けてあった特殊な周波の電波をキャッチすると、理王はすぐさま屍鬼乃を連れてそちらに向かった。アルティメットクイーンがいる。その確信を胸に抱きながら。
 事実、そこにアルティメットクイーンはいた。
 空京の街の中心地からわずかに離れた場所である。
 まだ契約者達にその場所が見つかってはいない。意外にもネフェルティティの前から姿を消したその場所から、さほど離れていないビル群の谷間に彼女はいた。静かに、監視の目を逃れるようにして。
 そのクイーンの近くにやって来た理王。クイーンは彼の姿を認めると、しかし逃げようとはしなかった。理王が敵意を持っていないことは知っていたのだろう。すでにクイーンは、自身が持つ腕時計型携帯電話から自分の位置が割り出されたことを悟り、静かにその時計にそっと目を落としていた。
「クイーン、君はこれからどうするつもりなんだ?」
 理王はたずねた。しかし、クイーンは答えなかった。
 答えを考えあぐねているようであった。どう答えるべきか、あるいは答えないべきか。
 ビルの谷間の向こうを見つめ、逃げる手段を考えた。理王は敵ではないが、完全な味方として信頼するのは抵抗があった。いくら自分のことを考えてくれているとはいえ、相手は契約者だ。他の仲間の契約者達に監視されている可能性がないわけでもなかった。
「これ以上、無為に抗ってもどうしようもないだろう?」
 そんなとき、理王がクイーンを説得するように言った。
「君が望むべきは世界を救うことだったはずだ。本当の“敵”――この世界を崩壊させようとしている、創造主の意思から。その為に別の何かを滅ぼすのは、歓迎すべきことじゃないんじゃないか?」
「確かに、私は世界を救うことを望んでいます」
 クイーンはそう言った。だが、その目は睨むように理王を見ていた。
「しかし、それが何だと言うのです? 私とあなた方の真に望むべく道は違う。私は自らの手でこの世界を滅ぼし、新たな世界を創り出すつもりなのです。この世界の為に……」
「何か一つのもののために、別の何かを犠牲にするなんて……。そんなものは、間違ってる! あんただって、それを望んでるわけじゃないはずだろ!」
「どうして、そんなことが分かるのですか」
 クイーンは目つきを険しくした。
「ネフェルティティ達に拘束されたときのことを、あの時の自分を思い出してみろ! あんたは、まるで自分が神のように振る舞ってるが、違ったじゃないか! あんたは確かにあのとき、迷ってたはずだ! 自分のやっていることが本当に正しいのか……。この歪んだ世界を正すために……新たな創世と滅びの時代を迎えるために……この世界を滅ぼすということが……本当に正しいことなのか……」
「…………」
「違うか!? クイーン!」
「いずれにせよ――」
 クイーンは前を向いた。その方角には、空京の出口が見えている。
「私はもう、後には戻れません……。いまはただ、世界に認められなかった自分を消し去り、もう一度、この世界と寄り添うことを願うまで……!」

 ゴウッ――!

 理王の返事を待たずして、クイーンは空へと飛び去っていった。
「クイーン!!」
 理王は追うが、すでにその姿はない。
「…………」
 ただ黙って、クイーンの消えた方角を見つめるのみだった。

 ほどなくして理王は、屍鬼乃にある事を頼みこんでいた。
「……本当にやるのかい?」
 屍鬼乃は確認のようにたずねた。
「ああ、やってくれ」
 理王はうなずいた。
「でも、空京の監視システムに介入して、システム障害を引き起こすなんてさ。いくらクイーンを助けるためとはいえ、やり過ぎじゃないかな? 私はあまりオススメはしたくないね」
 屍鬼乃が言う。
 その膝にはモバイルコンピュータが乗っかっていた。
「いいさ、それでも。やってくれ」
 理王の決断は揺るがないようだった。
 屍鬼乃は肩をすくめる。これ以上は言っても無駄だと悟ったのだろうか。
「ま、ほんの時間稼ぎにしかならないけどね」
 それだけ言って、屍鬼乃はコンピュータのキーに指を走らせた。
 ほどなくして空京の監視システムに一時的なシステム障害が起こる。監視カメラの電源がオフになり、理王はカメラの赤い光点が消えたのを確認した。
(いまのオレに出来るのは、これぐらいだな……)
 理王はそう思った。
 出来ればいまのうちに、クイーンが遠くまで逃げることを願いながら。



 グランツ教の残党によって放たれたモンスター達により、空京の街はパニックに陥っていた。
 それもそのはずである。なにせ、空京の街に住むのはほとんどが一般市民だ。モンスターと戦う力を持った契約者やパートナー達のような存在ではない。辺りにはゴブリンやオークの群れが蔓延り、市民は逃げ惑っていた。
 そこに、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)はいた。
 彼女は空京の地下街に降りていた。そこもショッピングやデートと休日を楽しんでいた一般市民で一杯で、悲鳴が広がっている。
「みんな! 早く逃げるのだ!」
 そんな一般市民達を誘導しながら、リリは必死に声をかける。
 と、その時リリは、ふと気になるものを見つけた。
(なんなのだ? あれは……)
 それは人の波の流れに逆らう影だった。
 ローブのようなものを着て、逃げ惑う市民の間をすり抜けている。誰も彼もが我先にと逃げようとしているその最中に、だ。明らかにおかしいその者の挙動に、リリは眉をひそめた。
「ララ、おかしな奴を見つけたのだ」
「ふむ?」
 リリの隣にいたララ・サーズデイ(らら・さーずでい)がそちらに目をやった。
 すでに、ローブの者の影はない。しかしララはリリを疑おうとはしなかった。
「確かか?」
「うむ。探偵の目は誤魔化せないのだよ」
 リリはそう言った。
 彼女は薔薇十字社という探偵局の局長をしているのだ。もちろん、それだけで何もかもが確信を持てるわけではないが、ララはリリを信用していた。さっそくその人影を追いかけることにした二人。角を曲がったところで、二人は人影の後ろ姿を見つけた。
「あそこなのだ!」
 リリが言って、二人はローブの者を追いかけた。
 その者も二人には気づいたようだった。ちらと後ろを見たローブの者は、そのフードの影から静かに笑ったように見えた。気のせいか? いや、確かにそいつは笑った。リリは怪訝に思いながら、何度も角を曲がり、やがてその者を追いつめた。
「観念するのだ! お前はアルティメットクイーンだろう!? 袋小路でもう逃げられないのだ! さあ、正体を現して――」
 その時だった。
 フードの影からにやりと笑ったかと思うと、その怪しい人影は忽然と消え去った。
 そう、それは、まるで煙のように跡形もなくだった。一瞬の出来事で、リリもララも何が起こったのかを理解出来ていない。ただ一瞬、目の前の空間が歪んだように見えたとき、人影は空間を切り取られたようにパッと二人の目の前から消え去っていたのだった。
「な……にが……」
 ララは呆然と呟いた。
 それから二人は、まるで魂が抜けたように、仲間が駆けつけるまでそこでしばらく固まっていた。



「世界がつまらないかどうかなんて、そんな簡単に分かるようなものなの?」
 甲斐 英虎(かい・ひでとら)はソウルアベレイターのイマにそう尋ねていた。
 すでに時は動いている。イマはアルティメットクイーンを殺すために動きだし、英虎はそこを見計らって先回りしたというわけだった。
 イマは英虎が現れたことにさほど驚きはしなかった。
 それ以前の邂逅から、すでに彼が現れることは察していたのだろうか? それとも、誰が現れても問題ではなかったのだろうか? 英虎には分からない。しかし、いずれにせよ彼にとっては、イマに問いただすべき問題があることに違いはなかった。
「……世界がつまらないかどうか、か」
 イマは呟いた。
「それを改めて問いただして、どうしたいんだ?」
「俺はただ、大切なものが……取りもどしたいものが……あるだけなんだ。だから、君達をクイーンのもとに行かせるわけにはいかない……。女王器を奪われるわけにはいかないんだ」
 英虎の目は真っ直ぐにイマを見つめる。
 そんな彼の横顔を見ながら、甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)は傷ついた龍の鱗をぎゅっと握りしめた。
 それは、光の少女カケラを護り、死んでいったドラゴンの鱗だった。ユキノはそこから温かなものが伝わってくるような気がした。
 彼女は、英虎の目と耳に、かつて{SNL9998711#リファニー・ウィンポリア}と呼ばれた娘の表情や声が残されていることを知っている。英虎はそれに突き動かされているのだ。それでも、ユキノは構わないと思った。彼が追い求める大事なものは、ユキノにとっても大事なものだ。英虎とともに歩んでいくことを、ユキノは決意していた。
最初の女王器を奪うつもりはない」
 イマは言った。それは本心のようだった。
「その……イマ様……」
 ユキノがそこで、イマに口を開いた。
「どうして、カケラさんが選んだものに主導権があるのですか……? あなた方は、これまで自分の意志で戦ってきたわけなんじゃ……」
 その問いに、イマは肩をすくめた。
「“カケラが選んだ”わけじゃない」
「……どういうこと?」
「ウゲンが創造主の正体に行き当たったから分かったことだが――この世界の始まりも終わりも“契約者”という存在が大きく関わっている。共にある筈の無い魂が寄り添い、混じり合う特異な存在。カケラはその最たるものだ。多くの心が混じり合っている。多すぎるくらいに。ウゲンも意識の海に呑み込まれていっているだろう? アレに本質的な意志決定の能力は無い、と俺は考えている」
「カケラが選んだのじゃなければ、僕たちは誰に……何に“選ばれた”というの?」
「そうだな……俺には、なんとなくそう見える、としか言いようがない。ただ、そのために何かが変わり始めていて、その変化は俺にとって有利なものだ。光条世界を打ち倒すために。だから、従う」
「じゃあ……やっぱり、今は僕たちの味方ってこと?」
「そういうことになる」
 イマは、それだけ言って再びアルティメットクイーンの元へ向かったのだった。