空京

校長室

【蒼空のフロンティア最終回】創空の絆

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【蒼空のフロンティア最終回】創空の絆
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リアクション


大切な人、大切な場所 8

 空京にもまた、人々の祈りを経由するための儀式場は設けられていた。
 その空京の通りのひとつ、四車線の道。
 営業する店、建物にこもって仕事を続けるサラリーマン。そしてまばらにも荷物を抱えながら避難する人々がいる中に、武装した契約者たちの姿が見える。
 契約者の学生が一人、コンビニから出て来た黒髪の女性店員に危険を報せようとしていた。
 しかし彼女はモップの代わりに槍を持っていた。
 その後ろからもう一人、小柄な少女が顔を覗かせる。エプロンを付けているところをみると、彼女も店員なのだろう。
「フロア掃除……終わった。店長……上がっていいって……言ってた」
「じゃあ、行きましょう」
「……準備……してくる」
 こくりと少女は頷き、店の中にとって返す。ロッカーにエプロンをしまい、代わりに壁に立てかけてあった長い槍を手にする。先輩を追って自動ドアを潜ると、白猫が待っていたとばかりにぴょんと彼女の肩に飛び乗った。
 そうして、今はコンビニでバイトをしているフリーターの二人、ジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)と、ケイティ・プロトワンは通りに飛び出していった。
 ビルの谷間から見上げる蒼空には、黒い染みが点々と滲んでいた。黒い染みはアスファルトの上にぽたぽたと垂れると凝り固まってこちらに向かってくる。
 それらはワイバーンやゴブリンやオークなどの姿をしているものの、口が裂け、むき出しの歯や角、翼はあらぬ方向にねじくれていた――ナラカから現れた怪物たちだった。
 二人が構えようと槍を握り直すと、横から軍用バイクが走り込んで来た――かと思うと、まだ幼さを残した女性がひらりと、次いで落ち着いた雰囲気の女性が静かに地面に降り立った。
「ケイティさん! よかった、間に合った!」
 それは、マリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)と、テレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)の二人だった。
 少し遅れたのは、店長にトイレ掃除を言いつけられていたのだった。
 彼女は百合園女学院短大卒業後、武者修行をして回っていたが、旅費を稼ぐためコンビニに超短期バイトで入っていたのだった。
「さあテレサ、力を合わせて祈る人たちを護ろう!」
「わたくしはマリカの力添えをするまでですわ」
 四人は儀式場へと続くこの道を守るべく、扇状に広がって怪物を迎え撃った。
 拳が武器の武道家(グラップラー)・マリカが中央に、リーチのある二人がその両脇を固め、マリカの後ろでテレサが後方支援するという陣形になった。
 ジークリンデは槍を慣れた手つきで振り、一体一体確実に敵を屠っていく。記憶をこそ失ったものの、大事な妹・ネフェルティティの呼びかけに応えこうして戦っている。
 友達のケイティは、肩に乗った白猫のハクの柔らかな頭を、
「……ここに、いてね」
 優しく胸元に押し込むと、表情を改めて、襲い掛かる敵の群れを迎え撃つ。四方八方に自在に槍を操る彼女は、相変わらず鬼神のような動きを見せていた。勿論昔とは違って、彼女の表情には理性や落ち着きがある。守るものが彼女にはあるから。
(まだケイティさんと並んで立てるほどではないけど、一瞬でも友人と同じところに立って戦いたい)
 マリカは拳を握りしめ、ゴブリンの顎を撃ち込んだ。顎が頭ごとバラバラに砕け散る。
(祈る人を護りたい、それが武道家の矜持だから……!)
 グラップラーとして、少しずつ修行は積んでいる。二人の手助けをしつつ、手助けされつつ、声を掛けあって、一歩も通さぬように。
 彼女らの傷ついた身体は、テレサが瞬時に直していく。
(マリカさんがケイティ様と並んで戦いたいと望むなら、少しでも立っていられる時間を延ばして差し上げましょう)
 しかし一人で、身体も心も傷つきながら戦っていた道具だったケイティが、こうやって今は友人たちと戦っているとは。……息の合った攻撃を後ろから見ながら、テレサは今までの戦場を思い出していた。
「……あぶない」
 ワイバーンの吐いた炎を、マリカの前に出て槍を振るって散らすと、マリカが跳躍し、鼻先に拳を叩きこんだ。
「……強く……なった」
「ケイティさんもね!」
 意味が分からないのか少し目を丸くしてから、ケイティはほんの少し笑った。
 マリカも笑い返して、また新たな敵に向かって行く。

□■□■□

 ――パラミタ内海中央部、“原色の海”(プライマリー・シー)。無数の青が織りなす海にはためく緑の旗、海上の森。
 中央にそびえる巨大なオークの根元で、一人の凡庸な守護天使の青年が大樹にこびり付いた汚れを拭っていた。
「ヌイ族もアステリア族も、ヴォルロスの人間も共に祈りを捧げている。我らドリュスも、部族の誇り的なものを見せてやろう!」
 彼は雑巾を握った拳を振り上げたが、行き交う花妖精も守護天使たちも忙しく、誰も聞いてはいない。
「……そんなことはいいから、さっさと儀式場に行け、アル!」
「はい!」
 見回りに来た族長代理の父親に背中をどやしつけられ、彼はようやく二文字覚えてくれた彼の父よりも遥かに記憶力がいい、フルネームを覚えてくれた友人の事を思い出した。
(生駒さんも無事だといいけど……)
 笠置 生駒(かさぎ・いこま)は、パートナーの酔いどれヴァルキリーシーニー・ポータートル(しーにー・ぽーたーとる)と共に、どこかで戦っているはずだ。
 彼は光翼をはためかせ舞い上がると、大樹前の広場に設けられた儀式場に降り立った。
 中心には原色の海の族長たちが集い、彼らを中心にここに、螺旋階段に、海の波間に、三つの部族と交易都市の人間が集って祈りを捧げている。
 ドリュスの族長だけは大樹に祈り、大樹は彼らを守るように、樹上都市と花妖精の頭に咲く全ての花を咲かせていた。そしてまた、大樹の結界と花々の香りは襲い来る怪物たちを怯ませる。
 結界の外では、フランセット・ドゥラクロワ(ふらんせっと・どぅらくろわ)率いるヴァイシャリー艦隊の一部と武装商船が砲列を敷き、機晶水上バイクが蜂のように飛び回って、儀式を邪魔しようと飛来する翼持つ怪物たちを追い払っている。
 守護天使は雑念を振り払うように大きく首を振ると、祈る人々の列に入って同じように跪き、手を組んだ。彼は“滅びを望むもの”へ、新しい命へ呼びかけるように祈る。
(命の、魂の消えかねない境遇……他人事じゃないんです。僕だって存在を忘れかけられていたんです。
 でも、こんな僕にも名前を覚えてくれる友人ができたんですよ! あ、ちなみにフルネームでアルカディア・ヴェラニディアっていうんですけどね!
 皆さんが無事に生まれてきたら、僕が皆さんの名前を考えますよ! ディオニシスでもシャルルでもアレックスでも、よし蔵でも何でも、幾らでも!)

□■□■□

 ――ヴァイシャリー、百合園女学院。
 学校内の教会には女生徒達が集って祈りを捧げていた。
 白百合会会長アナスタシア・ヤグディン(あなすたしあ・やぐでぃん)は不安げな顔を見せまい、と気丈に振る舞っていた。
「皆さんの祈りはきっと届きますわ。今は状況を冷静に分析し、各々すべきことをひとつひとつ、積み重ねていきましょう」
 今は百合園女学院に、その精神的支柱たるラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)が、いない。校長もラズィーヤを救いにここを離れている。二人の代りとはなれなくとも、代理としての務めがある。
 アナスタシアが様子を見に教会から校門の外に出た時、会計の村上 琴理(むらかみ・ことり)が小走りにやって来た。
「会長!」
「……村上さん、ヴァイシャリーの皆様は?」
 琴理は彼女を安心させるように頷いた。
「パートナーも協力して、手分けして避難を進めています。
 商工会議所をはじめ、バルトリ家や話を聞いてくださった貴族の方々に、各所の会館やお屋敷を開放していただきました。私兵の方に守っていただけるかと」
 フェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)も自身の家や物資を開放している。
 そのほか、湖と運河には既にヴァイシャリー艦隊が布陣して、都市に乗り込もうとする怪物と戦っている。
「それに白百合会でも“色々と”購入したり、“ドレス代”にしてしまいました。お金は、使うべき時に使うものですから……今月の予算は大変なことになりそうですけどね」
「あら、村上さんは大事なことをお忘れになってませんこと? 来月も大変ですわよ?」
 アナスタシアは不敵な笑顔を見せた。
「盛大なパーティを開催する予定がありますもの――何といってもラズィーヤ様と校長の帰還を祝うんですのよ」
 琴理はそれを受け、頷いて微笑を浮かべる。
「ええ、今までも何度も危機を乗り越えて来たんです、きっと大丈夫です。……ええ。……はい。そうしたら、私はとびっきり大きなケーキを注文しますね。百合園の校舎くらい大きい、ヴァイシャリーの皆が全員で食べても食べきれないくらいのを。きっと二人ともびっくりしますよ」