空京

校長室

【蒼空のフロンティア最終回】創空の絆

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【蒼空のフロンティア最終回】創空の絆
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大切な人、大切な場所 5

マホロバ 儀式場

 ――浮遊大陸パラミタの最東端

   大小の島々からなる国 マホロバ

 その最果ての地にもシャンバラの女王の『声』は届いていた。

 『生きる希望――を――この世界に……』


卍卍卍



 マホロバでも雲海に浮かぶ儀式場が狙われた。
 谷あいから立ち上る黒い雲が邪悪な鬼の形となり、波のように押し寄せるのだ。

 マホロバの前将軍――鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)は、この邪悪な鬼を食い止めるめ、家臣の反対を押し切り単身船を出した。
 自らの体を投げ出すように船首に立つ。

「この先は、行かせぬ!」

 邪悪な鬼たちは、これぞとばかり飛びついた。
 貞継は容赦なく傷つけられる痛みに耐えながら唇をかむ。
「わが同属でありながら正気を失い、怪物と成り果てたか……哀れな」
 貞継には『創造主』のことも、『世界で起こりうる最悪の事態』も、おぼろげにしかわからない。
 ただ――今、この怨念に満ちた邪鬼(じゃき)を抑えるものがいなければ、彼らを守ることはできないだろう。
 世界の消失――は、マホロバとて例外ではない。
 そこで生きる人々は彼にとってのすべてであった。

「……ッ!」
 邪鬼は腕に足に、胴体にと絡みつく。
 黒い雲は容赦なく貞継をむしばみ始めた。
 貞継はわずかかに身に宿る『鬼の力』を開放し、全身の力を奮い立たせ抵抗する。
 しかし、端から端へ力は吸い取られた。
 やがて立つこともできずひざをつく。視界がかすむ。
 不意に彼の名を呼ぶ声が聞こえた
「貞継……様!!」
 樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)は、絡みつく黒雲を振り払いながら小型飛空挺でよろよろと貞継に近づき、こともあろうか彼に向かって身を投げた。
 貞継は意識を奮い立たせて彼女を抱きとめる。
「いつの間に。そなたどうして、ここへ」
「白姫は貞継様とどこにでも参ります。生きるも死ぬもご一緒させていただきます」
「しかし、そなたは大奥の御台所、そしてマホロバ将軍白継(しろつぐ)の母……このようなところに来ては……」
 貞継は必死に我が子の姿を探したが、白姫の決意に満ちた表情を見て止めた。
 彼女のことだ。
 恐らく、己の影武者をたててきたのだろう。
「そなたの行動力と決断力には、度々驚かされる」
「申し訳ございません……どうしても、ご一緒したかったのです」
「いや、怒ってなどいない。だからこそ救われたのだ。余も、この国も」
 貞継は黒雲の隙間から手を伸ばし、白姫を引きよせる。
 貞継は目を閉じた。
 桜の渦が脳裏によみがえる。
「あのとき、扶桑の噴花(ふそうのふんか)のとき、犠牲を出すまいと天空で一人で耐えた。だが今は違う。そなたがそばに居る。決してもう離すまい」
「はい。ともに戦い、耐えましょう。そして二人で乗り越えて、明日を生きるのです。未来のために……!」
 かたく握りしめる手と手。
 白姫は貞継の傷を癒し、また己自身も傷つきながら、必死に彼にしがみついた。
 邪鬼は彼らを否定するように雄たけびを上げながら二人に襲い掛かる。
 現世に対する恨み、来世への絶望、生きることへの諦め――それら哀しみが邪気の心に満ちていた。
 白姫は永遠に続くような痛みの中で、ぼんやりと、“定められていた滅びの運命”しから知らない世界で存在し続けるしかない創造主の恐れと絶望はいかほどかと考えた。
 そして、その鋼の硬く氷のように冷たくなった心に、一筋でもいい、暖かな希望を届けたいと思った。
「一緒にいとうございます。例え世界の終わりが訪れようと……最期まで生き続けたい。生きていてほしい……」
 彼女が貞継と握り締めている手が、暖かい体温が、白姫の心を強くした。
 絶望な状況にあっても『何でもできるとような』気がした。
 白姫はふと、自分たちのほかにも暖かい光が差し込んで居るような気がした。
 貞継も気づく。
「あれは……船……いや、艦か……!」
 視界の隙間から一定の隊列を成し、こちらに向かって来る一群が見える。
 土雲 葉莉(つちくも・はり)はマホロバの軍艦を引き連れて彼らを追ってきた。
「はわわわっ! ご主人様、貞継様! ご無事ですかー!?」
 葉莉は邪気を懸命に追い払う。
 貞継は葉莉にほほ笑みかけた。
「ああ、まだ生きているよ。お前にも感謝している。よく今まで主人(白姫)を守ってきたな……もう好きに……生きてよいのだぞ。あとは我らが……」
「い……いいえ! あたし、これからもお守りしますから! ずっと、ずっと……お傍にいますから!」
「そうか、ならば手を。白姫のもう片方の手を握ってくれ。一緒に……耐えてくれるか」
「は、はい!」
 貞継の言葉に葉莉の瞳が潤んだ。
 白姫も貞継の体ももうぼろぼろである。
 葉莉はこくりとうなづき、手の甲で涙をぬぐうと、貞継と白姫に絡みついている邪鬼の群れへ飛び込んだ。
 ……が、葉莉の身は軽い。
 貞継は激しい黒渦に流されそうになる葉莉の腕をしっかり捕らえ、白姫が葉莉のもう片方の手をとった。
「葉莉、わたくしたちはずっと……一緒ですよ」
「はい……! ご主人様!!」
 三人はそれぞれの手を握り輪をつくる。
 “絶望”は決して儀式場には届かせまい。
 届けるのは“希望”
 ありたけの愛をこめて祈る。
「貞継様……葉莉。白姫は……愛する人と愛しい子に出会えた事に感謝いたします」
 白姫の独り言のような祈りに、貞康はふと顔をあげた。
「そういえば、そなたにまだ……言ってなかったことがあるな」
「なんでしょう」
「……さだつぐ……鬼城 貞継は……」
「はい」
 白姫は貞継の顔を見上げる。
 そこには晴れかな、そして真剣な眼差しがあった。
「そなたを……樹龍院 白姫を、愛している」


 黒い塊の邪鬼に向かって、マホロバ軍艦からの砲撃が一斉に打ち込まれた。
 白い雲柱がたつ。
 マホロバ祭儀場に一筋の光が差し込んだ。
 光は遠く遠く伸び、よく見るとそれは、桜の花びらが光の粒となってシャンバラへと飛んでゆくのであった。