校長室
リアクション
◆ ◆ ◆ 地上の装輪装甲通信車を運転しているのは、ルーク・カーマイン(るーく・かーまいん)だった。 その後ろでは、車内の膨大な設備を使ってソフィア・レビー(そふぃあ・れびー)が救助活動の旨を報告する放送を流している。それらは地上だけでなく、光条世界で戦っている仲間達の通信機器にも随時転送されていた。 「ルーク。また向こうのほうにも生体反応が」 「ええ、分かりました。では、さっそく向かいますね」 すかさずルークが通信車のハンドルを切った。 彼が向かうのはソフィアが指し示した方角である。ソフィアがどうしてそんなにも人の気配を機敏に察知できるのかと言えば、それは彼女の超感覚のおかげであった。超感覚は普通の人間には聞き取れないような音や気配を察知する。その為、真っ先にそれを他の人へ伝えることが出来るのであった。 もちろん、それだけでは十分とは言えない。 ルークの手にあるのはハイドシーカーと呼ばれる、生体反応を感知する機械である。ソフィアの示した方角に従ってハイドシーカーの画面を見れば、そこには明らかに人の反応らしきものが映っていた。 「ソフィアさん! 見つけましたよ!」 「ええ。それじゃ、救護班は早く負傷者を車内に運んで。本格的な手当は本部のほうで行うわ」 ソフィアの指示に従って、医療チームの面々が負傷者の搬送に動き出した。 彼らはルークが独自に設立した私設部隊「PEACE WALKER」の面々だった。もちろん、その部隊編成は一般の医療チームに組み込まれている。が、その中でも特に、スムーズな搬送行動が出来るようにと、特別にルークの指揮下だけ私設部隊と同じメンバーを揃えてくれていたのだった。 ありがたきは、薔薇学のヴィナ・アーダベルトである。 彼とそのパートナーのウィリアム・セシルの進言がなければ、これだけ自由な幅の利く医療チームは結成出来なかっただろう。 その彼らはしかも、医療チームの護衛に回ってくれている。敵の妨害に合わずに済んでいるのも、ひとえにその為であった。 「さて、それじゃそろそろ行きますか?」 「いや、待って。アレを見て――」 そう言ってソフィアが指し示したのは、上空から飛んでくる一機の小型飛空艇だった。 ルークはその飛空艇に見覚えがあった。 「あれは、源三郎さんのじゃないですか……!?」 その小型飛空艇はゆっくりと降下して二人の前に降り立った。 中からは、やはりというべきか、源三郎が出てくる。その肩にはぐったりとした男の人が担がれていた。 「源三郎さん、これは……!」 「負傷者一名、確保です。お嬢は引き続き捜索を。俺は一足先に、この人を運びに来ました」 「ご苦労様。わざわざありがとう、こんなところまで」 ソフィアが礼を言う。寡黙な男は静かに男を通信車へ運んだ。 「いえ、これも皆さんの為、そして何よりお嬢の為ですから。では、俺はこれで」 そう言うと、源三郎は去ってゆく。 小型飛空艇が飛び立ってゆくのを見送って、ルークとソフィアも通信車に乗り込んだ。 「さてと、まだまだ私達の戦いも終わらないわよ」 「はい、そうですね。一生懸命、頑張ります」 ソフィアに叱咤激励されて、ルークはそう答える。 通信車は医療チーム本部へ向けて動き出した。 ◆ ◆ ◆ 「大鋸さん、乗ってください!」 「んぁ?」 光条世界に乗り込んだ王 大鋸(わん・だーじゅ)に声をかけたのは、愛竜であるレッサーワイバーンのルビーベルに乗った度会 鈴鹿(わたらい・すずか)だった。 大鋸は一瞬、怪訝そうな顔をしたものの、彼女のワイバーンに素直に乗り込む。 ルビーベルの上で二人の距離は近づき、鈴鹿は身を固くした。 (ううっ……どうしましょう……。緊張してきました……) というのも、かねてから鈴鹿は大鋸に恋慕を抱いていたからだった。 この機会に「ちゃんと告白し、けじめを付けるべきだ」と、パートナーの鬼城 珠寿姫(きじょうの・すずひめ)に言われ、勇気を出してルビーベルを大鋸のもとに向かわせた次第だった。 しかし、困った。実に困った。 いざ告白となれば、身体がかあっと熱くなって、何も言い出せなくなる。 後ろに乗っている大鋸に振り返ることも出来ず、彼女はあたふたとするしか出来なかった。 ふと、後ろから小型飛空艇でついてきている珠寿姫に目をやると、珠寿姫は口パクと身振り手振りで「さあ、早く告白するのだ!」とせっついている。 (そ、そんなこと言われても〜〜〜!) 鈴鹿は絶体絶命のピンチに陥ってしまった。 と、そのとき、先に声をかけたのは大鋸だった。 「なあ、おい」 「は、はいぃっ!?」 びくんっと身体が跳ねる鈴鹿。大鋸はそれを見て笑った。 「おいおい、なにそんなにビビってんだよ。別に、取って食いやしねえよ」 「そ、そうですね……。はい……」 大鋸はその見た目からかなり凶暴な人物に見られるが、実際のところはすごく心の優しい人物だ。 その彼を傷つけてしまったように思って、鈴鹿は声が小さくなった。自分が好きになったのも、そんな彼の芯の部分の優しさなのに。その彼を傷つけたくはない。そんな鈴鹿の心を知るよしもなく、大鋸は目の前の淡く輝く光条世界を見ながら言った。 「その、ありがとな」 「え?」 「俺様一人じゃ、さすがにこんなところまで来れなかったからよ。ま、乗り物ぐらいは自分でも調達出来るんだが、いかんせん、俺様の運転ってのは荒っぽいみてぇでな。あんたみたいに乗せてってくれる奴がいて助かったぜ」 「そ、そうですか……?」 「おう、感謝してる。孤児院の連中にも、今日のことはたっぷり話してやらねぇとな。俺様はドラゴンに乗ったんだぞーってよ」 かつてはパラ実で暴れまわっていた大鋸も、今は空京で介護福祉士を目指すいっぱしの男だ。 そんな彼の姿も、いまの鈴鹿には眩しく映る。そして同時に、何をうじうじと悩んでるんだと自分に言い聞かせた。 大鋸は真っ直ぐ生きてる。迷いなく、自分の大切な道を歩もうとしてる。そんな彼の事が好きなら、自分も恐れているだけではダメだ。気持ちははっきりと、ちゃんと伝えなくては。 「あ、あの、大鋸さん……」 「ん?」 「あの、私……私……実は……その……」 「…………?」 「ずっと……ずっとあなたのことを…………お慕いしておりました!」 ――言った。 二人の時間は一瞬であるが止まったように思えた。 それだけ鈴鹿の心臓は鼓動を打っていたし、大鋸も驚きを隠せなかった。 けれど、その模様の一部始終は、絆のケータイを通じて、珠寿姫が館下 鈴蘭(たてした・すずらん)のいるニルヴァーナのライブ会場に送っていたらしい。ニルヴァーナでは鈴蘭の呼びかけた数多くの人が集まっていて、地球人、パラミタ人、スポーンと、その人種や種族に関係なく、人々が熱狂していた。 「えぇぇっ!? うそぉっ! ついに告白したのっ!? うわぁ……鈴鹿ちゃん……勇気出したのねぇ……」 ケータイの向こうから、ライブ会場にいる鈴蘭の声が聞こえてきた。 すかさず、珠寿姫が今度はこちらから、ライブ会場にいる人達に呼びかけた。 「見たか! これが彼女の勇気と決意だ! モヒカンだろうとどんな人物だろうと、信念を持ち、人の為に尽くせる者は素晴らしい! それを見ていてくれる女性もいる! もしそなたらの中に今モテない、女性と縁がない者がいるとしても 嘆かず腐らず、自分の道を探し、リア充になる希望を抱くのだ! そうすればいつかきっと、その願いは叶う!!」 果たしてそれが本当かどうかはさておき。 ライブ会場にいたモテない男どもの心には響いたようだった。 「「「うおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」」」 会場からけたたましい男どもの叫び声が聞こえてくる。 どうやら大鋸の告白劇場に、なんらかの希望を見出したようだった。 「んじゃ、行くか!」 「はい!」 大鋸と鈴鹿はルビーベルに乗ったまま、光条世界の中心へ向かう。 どうやら返事は保留になったようである。その結末を知るのは、まだ先のことだった。 |
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