空京

校長室

【蒼空のフロンティア最終回】創空の絆

リアクション公開中!

【蒼空のフロンティア最終回】創空の絆
【蒼空のフロンティア最終回】創空の絆 【蒼空のフロンティア最終回】創空の絆 【蒼空のフロンティア最終回】創空の絆 【蒼空のフロンティア最終回】創空の絆 【蒼空のフロンティア最終回】創空の絆 【蒼空のフロンティア最終回】創空の絆 【蒼空のフロンティア最終回】創空の絆 【蒼空のフロンティア最終回】創空の絆 【蒼空のフロンティア最終回】創空の絆

リアクション


世界を変える橋 2


「あの……耀助さん……聞いてくださいますか……」
 戦いへ乗り出そうとしていた仁科 耀助(にしな・ようすけ)を引き留めたのは、一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)だった。
 彼女はその目に憐憫を湛えていた。耀助を哀れに思ってのことではない。自らの心に向けてのものだったのだ。
 悲哀は耀助が好きだった。たとえそれが、叶わぬものであったとしても。だからこそ、いまこの時、彼にこの思いを伝えておかなくてはならないと感じたのだった。
 普段はおちゃらけている耀助も、この時ばかりは些細な野次を飛ばさなかった。
 彼にも分かったのだろう。悲哀の目には決して嘘も冗談も混じっていなかった。本当の心の声を聞いて欲しい。ただそう願う者がそこにいるだけで、耀助はその気持ちを伝えられるところにいるのだ。
「ずっと……貴方が好きでした……」
 悲哀はようやくそう言った。
 この時の彼女の心の模様は、言葉では言いつくせないものだった。風のようにざわめき、なだらかに沈み、浮き足立ち、熱くなる。心臓は脈打ち、身体中が熱を持ったように熱くなってしまっていた。
 だがしかし、彼女はそれを覆い隠した。そして、戦うことを決意した。
「……ごめんなさい。最後かもしれないから、伝えておきたかったんです」
「かまわねーよ。誰だって人を好きになる権利はある。もちろん、それを伝える権利も」
 そう言って、耀助は笑った。
 悲哀もそうしてもらえると、心が穏やかになる。
(ああ、だから……私はこの人が好きなんだ……)
 そう、再確認した。
「悲哀、なんだか嬉しそう……」
 二人を見ていたカン陀多 酸塊は首を傾げながら言った。
「いつかあなたにも分かりますよ。大切な人が出来たなら……」
「ふ〜ん……」
 酸塊はよく分からずに言ったが、きっとそれは悲哀の事なのだろうと思った。
 酸塊も、悲哀がいなくなれば悲しくなる。それに悲哀が喜んで、笑ってくれれば、酸塊もまた嬉しくなる。
 だからこそ、二人はこの世界の為に戦おうと決めたのだった。
 それはもちろん、耀助も……。
「オレ、その……実はまだあんまり、本当の恋愛っての……よく分かってねえんだ」
 彼は頭を掻きながらそう言った。
 普段から女好きを公言している彼にしては珍しい行為だった。けど、悲哀はそれがなぜか愛しく感じる。
「だから、少しずつでいいか? まずは、友達から、みたいな。でさ、この戦いが終わったら、どっか遊びに行こう。二人で……もちろん、酸塊も一緒でいいけど」
「ほんとっ? わーい!」
 本当に遊びに行くだけと思っている酸塊は、子どもみたいに喜んだ。
 代わりに悲哀は愛しい目で耀助を見る。これから先、自分達がどうなるかは分からない。けれど、告白という大きな一歩を踏み出したのは確かだ。これからも、一歩ずつ、一歩ずつ、時には悩んで、時には迷って、踏みしめていこう。
 その為の明日を、今日、作るんだ。
「それで、いいかな?」
「…………はいっ!」
 悲哀は頷き、二人と酸塊は戦いの場へと乗り込んでいった。

◆   ◆   ◆


 三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)沢渡 真言(さわたり・まこと)は、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)が指揮を執る戦場で、光り輝く人型の敵との交戦に挑んでいた。
 輝く人型は、彼ら契約者達のパートナーの姿を象っていた。
 つまり、真言にとっては沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)を。のぞみにとってはルーチェ・ヴェリタ(るーちぇ・う゛ぇりた)という事だ。
 隆寛は自らの姿を象る人型を見て、不思議な思いに駆られた。それは同情であって憐憫であった。自分と同じ姿をした人型に憐れみを覚えると同時に、いつかは自分もこうなるのだろうかと不安を思う。生きてきたもの、性質が違っても、同じパートナーであったのに変わりはない。いまなお、自分の契約者を守ろうとしているのかもしれなかった。
(余計なことですね……)
 そんなことを考えたところで何になろうか。
 ただ、気を引き締めねばならなかった。自分もいつかはああなる運命を辿るかもしれないのだから。
(だとしたら、今のマスター達を守るべく、私は倒れるわけにはいきませんね)
 そう思って、隆寛は動き出した。
 彼はスキルを駆使して自分の防御力を上げている。風や大地の加護が彼の身体を包みこみ、そして熟練の技で習得した護衛術が、光の人型の放つ攻撃を防いだ。
「くっ!」
 人型はまるで人間そのものを相手にしているかのように、実に機敏に動く。
 だがそれを、執事独特の素早い動きで受け止めた隆寛は、手にしていたレイピアで跳ね飛ばした。
 それは同時に、人型達の怒りを集中させる効果をもたらした。が、それこそが隆寛の狙いだ。彼は複数の人型を相手にしながら、ちらと横目で真言達を見やった。彼らは精神を集中させ、隆寛の引きつけた敵に狙いを定めていた。
「のぞみ、やりましょう!」
「うん! いっくよーっ!」
 二人は連携して白き煌めきの魔法を放った。
 無数の白き刃が空中に発生し、次々と人型の光を切り裂いてゆく。さらにギフトであるルーチェの変身した弓を構えたのぞみは、その矢を引き絞り、人型の一体を貫いた。
「やったぁ!」
 喜ぶのぞみ。
 それにルーチェが、
「ふふん、これもルーチェのおかげですわ」
 と、ませた口調で言った。
 まあ、それも間違いではないため訂正はしないでおく。いずれにせよ人型達との戦いに、真言やのぞみは正攻法で挑んでいった。最も傷つくのは隆寛だったが、大地の祝福がその傷を回復させる。
 自然の加護にありがたみを感じながら、次なる人型を狙いに向かった。
「たあぁぁぁぁぁ!」
 真言の攻撃が隆寛に引きつけられていた人型を撃ち貫く。
 隆寛と彼は目を合わせ、自然と笑みを交わし合った。
(まだまだ、私達は出来ます……!)
 真言は、隆寛、ルーチェ、エリザベート、そしてのぞみへと視線を移しながら、そう思った。
 のぞみも同じように感じていた。この世界に絶望なんかしない、と。
(共に歩む仲間と、そして何より、大切な人が……真言がいる限り……)
 のぞみは真言の顔を見た。そして真言も、のぞみを見返した。
(生きてみせます……創造主……。だから、『あなた』もそこで、共に生きましょう。恐れも、不安も、全て分かち合って……)
 その願いが届いたかどうかは分からない。
 だが、その時、同じ時、同じ時間で、創造主はすっと顔を上げたのだった。
 まるで光の向こう側に、誰かの祈りを聞いたかのように――。

◆   ◆   ◆


 地上ではルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)が薔薇学を中心とする部隊の指揮を執っていた。
 その傍らに立つのが、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)ウィリアム・セシル(うぃりあむ・せしる)である。
 二人はこれまで数々の戦場にルドルフと共に立ち会ってきた。今となっては、二人はすでにルドルフの良き相談相手であって、友である。二人はルドルフに、契約者達を能力別にリストアップしたものを手渡した。ルドルフはそのリストを見ながら、悩ましげな声を出した。
「ふむ……。これが契約者達の治癒能力か」
「はい。それぞれ、魔力、SPE、治療技術など、いくつかの種類別にリストアップしてあります」
 ヴィナが答えた。ルドルフは満足そうに頷いた。
「それは良きことだね。それで? 医療チームはどうしてある?」
「バーリー卿」
 ヴィナはウィリアムを呼んだ。ウィリアムはその声に気づくと、別の資料を持って二人のもとにやって来た。
「医療チームはすでに専門の教導団にも協力してもらって、配置しています。光条世界の監視をする者もいますが、地上でも装甲車を配備し、万全の体制で負傷者を運べる手はずです」
「よし、それならば問題ないね」
 ルドルフは頷いた。
「それで、君らはどうする? このままここに待機しているかい?」
「いえ、俺達も医療チームの方へ向かいます。彼らの護衛をしなければなりませんので。よろしいですか?」
 ヴィナのアイデアにルドルフが反対する事はなかった。
 もとより彼らには絶大な信頼を置いている。余程のことでない限りは、彼らの行動を邪魔しようという気にはなれなかった。
「あ、ところで…………ルドルフさん」
「ん? なんだい?」
 ヴィナはウィリアムと共に立ち去る前に、ルドルフに話しかけた。
 今この場にいるのはヴィナとルドルフの二人だけである。二人は、他の誰かが見ていない時には親しい喋り方をすることに決めていた。というのも、ルドルフには立場があるからだ。薔薇の学舎における校長という立場は、決して軽んじられるものではない。もし人前でヴィナがそれを軽視したら、他の学生達の抱くルドルフへの尊厳は失われてしまうのではないか。そう、ヴィナは考えていた。
「この戦い……どうなると思うかな……。本当に、創造主を倒すのが正しいと思うかい?」
「…………」
 ルドルフはしばらく考えこむように黙っていた。だが、しばらくして、ようやく答えた。
「“倒す”ことが正しいとは思わないな。だが、決して創造主の言う通りにすることが正しいとも思わない。僕達には別の選択肢が必要なんじゃないか? これまで僕らがしてきたような事の証明のようなものが」
「俺達がしてきたこと?」
「そう。言ってしまえば、このパラミタそのものがそんな選択肢の象徴みたいなものさ。様々な種族、文明、歴史、生きてきた時代も世界も違う者が、集まっている。もしかしたら答えはすでに、そこにあるのかもしれないな」
「パラミタの答えか……」
 ヴィナは呟き、ルドルフの傍を後にした。
 それから待っていたウィリアムのもとに戻ったが、ウィリアムはヴィナからルドルフの話を聞くと、彼と同じように答えに困った。
「世界産みの祈り……。それは届くのだろうか……」
「さあ、どうでしょうか……。いずれにせよ全てはこの世界のみが知る……。少なくとも私は、貴方と出会ったこの世界に感謝していますよ」
「それは俺も同じだよ、ウィリアム。お互いにね」
 二人は微笑み合った。
 そして医療チームのもとまで向かう間に、二人の心の祈りは形になり始めていた。