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リアクション
「あの……ちょっといいですか? 真菜さん」
刀真が月夜に連れて行かれたのを頃合いに、クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)が声をかけた。
さけとルカルカが一緒に行動したため、信太の森 葛の葉(しのだのもり・くずのは)も付いてきている。
真菜の教導団に行った彼氏に会いに行った、ルカルカからのメール。
『楽しかったよ、ありがとう』
そうタイトルにはあった。
中身は
『君は好きだけど、勉強と恋どっちも中途半端にはできない。許してくれとは言わない。でも真菜と過ごせて楽しかったありがとう』
というメールだった。
優しい嘘を交えたルカルカからのメール。
でも、敏感なクライスは、そのメールの嘘に気づいた。
気づくと同時に考え込んだ。
(勉強あるいは訓練と両立できないから、って言い方で断られたら、僕ならどう思うだろう……)
クライスは迷いながら、真菜にそのメールを見せた。
「彼からの言葉だそうですよ」
差し出されたそのメールのタイトルを見て、真菜は泣き笑いのような表情になった。
「……真菜さん?」
「ありがとう。もう、十分だよ……」
自分が何度メールをしても返事をくれなかった彼が、他の人とは話して……ということに、真菜は悲しくなると共に、真実を悟った。
事情があるわけでもない。
病気などのわけでもない。
誰かが話に来れば話せる状態で。
でも、彼は自分が求めても答えなかった。
これ以上の答えは真菜にはなかった。
「真菜さん……」
震える彼女に、クライスは手を伸ばしかけ、何を言えばいいのか分からず、手を止める。
「彼が……」
「え?」
「彼が病気なわけでも事故に遭ったわけでもなくて、良かった」
「…………」
その途端、溢れるように真菜の瞳から涙が零れた。
「利用するみたいになってしまいました……ごめんなさい」
クライスは小声で謝りながら、真菜が泣きやむまでそばにいようと思った。
イリーナに告白したクライスだったが、彼女は別の人を選んでしまった。
イリーナの選んだ人はクライスの尊敬する人で、2人が一緒になったこと自体はうれしかったし、これまで一緒に戦って来たように、これからも一緒に戦おうと思っていた。
でも、そう思うからこそ、いつも通りに振る舞えて、2人をきちんと祝福するようになりたいから、後一押しのためにここに来て、真菜の立ち直れる姿を見たかった。
「振り切るというのは……難しいね」
気づくとクライスの瞳からも涙が零れていた。
祝福したい、幸せであって欲しい。
そう願うのに。
それは病気でも事故でもなくて良かったと思う真菜と一緒だったのに。
「悲しかったり寂しかったり悔しかったり切なかったり。そう言う自分の気持ちとちゃんと向き合わずに、相手を祝福はできぬどすぇ」
葛の葉は真菜とクライスの頭を撫でた
「恋愛で出てくるのは、必ずしも綺麗な気持ちだけではないどす。でも、それを恥ずかしがって押しつぶしていたら、ずっと解消されないどすえ?」
「……葛の葉さん……」
「ん?」
「私、悲しいよ。悔しいよ。もっと早く自分を誤魔化さないで、彼に会いに行っていたなら。離れちゃうと寂しいから教導団になんて行かないでそばにいてと口に出せていたら。きっとこんな終わりじゃなかった」
「うんうん……」
「好きだったのに……とっても好きだったのに。好きだよ、ずっと大事にするよって言ってくれたくせに、どうして……どうして……!」
心の底から絞り出すような声を、葛の葉は優しく受け止める。
「真菜さんの人生はまだまだこれから。でも今日は思う存分泣いておくれやす」
「そうそう、泣くのって大事よ?」
現れたのは蒼空学園の養護教諭藍乃 澪(あいの・みお)だった。
学校の用事で遅くなった澪だったが、真菜を心配し、後から駆けつけたのだ。
「ごめんね、先生、遅くなっちゃって」
澪は優しい笑顔を向け、真菜を促した。
「せっかくの山ですもの。大声で叫んでみたらどうかしら?」
「大声……で?」
「そうよ。人間ね、心に色々溜めていたら、次には進めないの。だから、はい。大声で叫んじゃいなさい」
背中を押され、真菜はちょっとだけ躊躇した後、山彦ができそうなほどの声で叫んだ。
「好きだったのに! 信じてたのに! 二股しやがってーーー。裏切り者―!!!」
うらぎりものー、ものー……。
山彦らしきものが返ってくる。
それを聞いて、真菜は恥ずかしそうな顔をしたが、澪は微笑みを浮かべた。
「それでいいのよ。本当に悔しい思いを隠していたら、ずっと解消されないわ」
「あはははは」
泣いていたクライスも、その言葉を聞いて笑う。
真菜と泣いて、叫びを聞いて、紅葉の山に登る前よりも、心が少し軽くなっているのに気づいた。
「わーん、先生ー!」
真菜が澪の胸に飛び込む。
フローラ・スウィーニー(ふろーら・すうぃーにー)は何か言いたげだったが、心の中で血の涙を流しながら、それを許した。
「失恋は辛いものですものね、うん…………」
口ではそう言いつつ、後で絶対に澪に可愛がってもらうんだと心に誓って、フローラは紅葉の方に目を逸らす。
「泣いていいのよ、うーーんと泣いて。泣き顔が見られたくないなら……先生が胸で隠しちゃいますからね」
豊かな胸を真菜に押し付け、澪は優しく微笑む。
真菜は苦しい思いも悲しい思いも全部吐き出すように泣くのだった。