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紅葉が散る前に……

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紅葉が散る前に……

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 山の中腹あたりに登ったとき、真菜はみんなと少し離れた場所にいるソウガ・エイル(そうが・えいる)に気づき、声をかけていた。
「ああ……少し地上の事を想っていただけだ」
 ソウガは弄っていたピアスから指を離し、真菜の方を向いた。
「……真菜の恋人は、どんな奴だった?」
「優しい……人」
 真菜の言葉をソウガは追及しなかった。
 優しい人が中途半端な状態で真菜を放っておいて、傷つけるとは思えない。
 でも、そんなことを言って何になるのか。
 会えない恋人を想っている自分に何が言えるのか。
「俺の恋人は、蒼い髪と翡翠色の目を持った年上の男だ……今は会えないが」
「そうなの。それは恋人にもらったもの……?」
 ピアスに目を向けられ、ソウガは頷く。
「ああ……」
 ソウガが頷いた時、真菜を向こうで呼ぶ声がし、真菜はソウガに一言いって、そちらに向かった。
 残されたソウガは紅葉をもう一度見つめた。
「……なぁ、お前も地上のどこかで、こんな風に紅葉を眺めているのか……?」


「今ねー、好きなものお話をしていたんだ」
「好きなもの?」
 三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)の言葉に、真菜が首を傾げると、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が笑みを見せた。
「ええ、好きなお菓子とかいろいろと。そうだ。みんな一番好きなものはなに?」
「あ、はいはい! あたしはねー、真言が一番好きー!」
「え?」
「へ?」
 驚く沢渡 真言(さわたり・まこと)を見て、のぞみは何か間違ったかと首を傾げる。
「あ、いえ……は……」
 真言の瞳の端から涙がこぼれる。
「えっ!?」
 意図せず零れた真言の涙だったが、むしろ、それを見たのぞみのほうが驚いた。

「ど、どうかしたの、どうか……」
「いえ……」
 真言は今日で真菜と同様に、こっそり気持ちの区切りをつけようと思っていた。
 自分は執事の子だから。
 のぞみは仕えるべき家のお嬢様だから。
 いつかは友達でいられなくなるのだから、だから……。
「迷わず想い続ける事も、迷いを振り切る事も、勇気が必要なんですね。でも……」
 真言の涙に何かを感じ取ったアリアが、真言に声をかける。
「でも、そばにいて、一番好きだと言ってくれるのに、一人合点してあきらめるのは……相手にも失礼なんじゃないかな?」
「……え?」
 相手に……のぞみに?
 真言はアリアの言葉を聞き、心配そうにしている望みを見る。
「いろいろあるとしても……大切な人がそばにいるなら、その手を自分から離しちゃダメだと思うよ?」
 真菜にそう言われ、真言が涙を拭く。
「励ましたいと思ったのに……逆に励まされてしまいましたね」
 笑顔を見せて、真言が明るい話を始めた。
「こちらの学食では一部の生徒にしか食べられない幻のランチがあるそうですよ。食べられる条件は一切不明だとか。実はうちの学校だけじゃなくて……」
 そんなことを話しながら、真言は真菜が辛さを乗り越えて、恋をしていた時の良い思い出を笑って話せるようになって欲しいと願うのだった。
 一方、アリアはそっとそのそばを離れ、紅葉を見つめた。
「必ず逢いに行きます。私を救ってくれたお礼を、この想いを伝える為に」
 アリアも会えぬ人を想っている身だった。
 でも、アリアもソウガ同様、それでもあきらめないと決めていた。
「いつか必ず……」
 チェーンを通してネックレスにしている指輪を、アリアはじっと見つめる。
 髪に巻いたリボンも、その指輪もアリアの宝物で。
 行方を追い続けているその人に会えるまで、一途に想い続けようと、アリアは誓っていた。
 

「そもそも矛盾しているんですよ、遠距離恋愛なんて」
 真菜が少し落ち着いたあたりで、樹月 刀真(きづき・とうま)がそう真菜に話をした。
「人は心の距離が縮まると、体の距離も縮めたくなります。だから恋人達は手を繋ぎ、腕を組み、抱きしめ合い、キスをする。なのに遠距離恋愛では、普段会う事さえ出来ないから、おのずと心にも距離ができてしまう、メールや電話では、それを縮めきる事はできませんからね」
「体が離れてしまうと、心まで離れてしまうのね……」
 寂しそうに真菜がぎゅっと自分の手を握る。
「離れても、心がそばにいれば……って思っていたのに」
「そう思っても隙間ができます。そして他人がその隙間に入ってきてしまう、後はそのまま距離が離れて……痛っ」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)に足を踏まれて、刀真が顔を歪める。
「言い過ぎ」、
 刀真の右腕に捕まっていた月夜が彼をたしなめる。
「ごめんなさい君を責めている訳では無くてですね、もし次があるなら出来るだけ一緒にいてあげて下さいと言いたかったんです」
 自分からけじめをつけようとする真菜に刀真は経緯を持っていた。
 しかし、後半の言葉が、真菜の心にひっかかった。
「次……なんてあるのでしょうか?」
「君なら大丈夫ですよ。その心の強さは好感が持てますし、十分魅力的な女性だと思います。俺も君みたいな娘なら……あれ?」
 気づくと刀真と真菜の物理的距離が離れていた。
 月夜が刀真を引っ張ったからだ。
「刀真、こっち」
「つ、月夜。引っ張らないで」
 話の途中なのに、と思う刀真だったが、そのままずるずる引きづられ、人から見えない位置になると、月夜が真剣な目で尋ねてきた。
「刀真、私の事どう思ってる?」
「月夜の事ですか? 大切に想っていますし信用もしています、気軽に右腕を預けるほどにね」
「…………」
 信頼の言葉が、嫌いなわけではない。
 とてもうれしい、けれども。
「でも刀真、私との距離を縮めようとした事ない」
「俺が距離を縮めようとしてない? ……あれ?」
 そんなことを言われると思っていなかった刀真は、首を傾げて、自分の今までの行動を思い出した。
 しかし、すぐに思い当たらない。
 悩む刀真を見て、月夜は溜息をついた。
「うん、仕方が無い。仕方が無いから気付くまで私がずっと傍にいてあげる。だから気付いたらずっと傍にいて」
「あ、ああ……」
 刀真は月夜が真剣らしいことは理解し、その言葉に頷くのだった。