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リアクション
11-01 砂塵
砂塵が吹き荒れている。
砂漠、だ。
教導団の本営・三日月湖から、黒羊郷までの間に、広がっている。
そこを移動するのには、五日から一週間といったところなのだが、この砂塵の中に身を曝していると、時間の感覚も方向感覚もなくなり、何か見慣れぬ夢の中にいる気分にもなる。やたらと、喉の渇く夢ではあった。
こんな砂塵の中でも、人に出会った。いや、人? それは……
「あなた達、待って?」
御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)が呼び止める。
延々と、砂漠を行く群れ。襤褸切れのようなローブを纏い、やせっぽっちの手足が覗く。
難民、かしら?
答える者はなく、とぼとぼと歩くばかり。
「何処へ行くの?」
手をかけてみる。振り向いたローブの中の目は、がらんどう。それは骸骨に過ぎなかった。
「はっ」
千代はあとずさる。
群れは、動きを止めて、崩れ落ちた。皆、骸骨であった。
もともと、死んでいたのか……
「御茶ノ水?」
呼ぶ声は、霧島 玖朔(きりしま・くざく)だ。
まだ辺りには砂塵が舞っている。昼か夜かも、わからない。……嫌な夢だ。
千代は、調査のため、単身砂漠へ赴いた霧島を追いかけた。今、二人の他にも、周りにはぼろぼろの衣服を着た、生気のない人々が座り込んでいる。体を寄せ、砂塵の行くのをしのいでいるのだ。彼ら彼女らは、砂漠で出会った難民ら、戦乱を避けてきた人達であった。
これが、乱世の実態なの?
千代は思う。魔物・夜盗が溢れ、民間人が搾取され、路頭に迷い死んでいく……これが軍人として私達が活動した戦争の結果なの?
軍として勝利する為に戦い、その後に来る悲劇。
こんな結果を起こす為に軍人になったわけじゃない……千代は、哀しげな顔をする。
霧島くん……
霧島はただ、目を閉じているだけだ。
――何で軍人になったの? 戦うの? 戦い続ける生活に満足してるの? 千代は、砂漠を歩く霧島に追いついてから、そのことを聞いてみた。それからあの、"狙撃"のことも……
「殺しを楽しんだことは一度もないし、選択の余地もなかった」
霧島は、言葉少なにそう語った。
ごめんなさい霧島くん。私は、始め、あなたのことを戦争好きな殺しマニアなのか、それとも真の軍人なのか、わからなかった。だけど、あなたは後者のようね。少なくとも、道を踏み外さずにそれに近付いている……いや、あるいはそれを更に越えようとしているのかも。
霧島はそれ以上語ろうとはしなかった。彼の生まれやこれまでの切欠は答えない。そういう男のようであった。
霧島くんは、きっと強いんだろうな、と千代は思う。千代は、誰かにもたれかかりたい気分だと思った。
「……」
「ど、どうかした?」
霧島の隣には伊吹 九十九(いぶき・つくも)がいて、ずっとこちらを睨んでいる。
突然現れた千代に警戒して、以来ずっとその警戒を緩めないようだった。
「(……。き、嫌われちゃったんだろうか)」
はぁ。
砂塵の中で、千代は溜め息をつく。また夢の中で、周りの人達が皆、骸骨になっていたら……千代はなかなか寝付かれなかった(「お肌が……」)。いや、それともこれが夢で、本当はもう、皆……? まさか。千代はまた溜め息をついて、私は軍人になんてなれるのだろうか、と思うのだった。
11-02 バルバロイ
本当に、予想もせぬことが起きるな。と、霧島は思った。
砂漠には、多くの難民達がいた。
無論、各地で戦闘が起こっている。
黒羊郷の方からも、三日月湖の方からも、戦から逃れる者達が、やって来るのだろう。
ここ砂漠にも、小国郡があると聞いているが、吸血鬼の軍勢が国を荒らしている、とも聞く。
霧島は、調査の為とは言ったが、師団からの追及のこともあったし、それにどちらかと言うと自らの勘を頼りに、砂漠を選らんだ部分もあったと言えるかも知れない。
もともとは、こんな難民を救済するというつもりもなかったが……(これは、戦争なのだ)。
いつの間にか同行者となっている、千代はそうでないらしかった。
千代は、霧島のことを真の軍人になるべき男と言って認めたようだ。しかし、果たしてそうだろうかと霧島自身は思う。彼にはまだ、自分の資質がよくわからないでいた。
千代自身は、軍人であること・軍人になること、あるいは軍事であることができるか・軍人になれるか、に迷いを抱いているようである。
軍人の起こした戦いの後処理に軍人の能力を使うのは相反しているかもしれないけど、難民達に声をかけ、共に手を取り合い、互助旅団を結成したい、そう千代は言った。霧島はそれも面白いかも知れない、と思った。
俺達に、何ができるのか。
へこたれていた千代は、少しずつ元気を取り戻し、更に、彼女を奮起させる存在が一人加わった。
「難民達ってなによ! ちょっと負け犬根性が染み付きすぎなんじゃないの!
これじゃ、この集団直ぐに襲撃されて難民に逆戻りになっちゃうよ!
守るべき家族の為に、生きる為に戦えよ!
搾取し続けてきた相手と戦え!」
水都 塔子(みなと・とーこ)。
この地方の獣人ではない、もともとジャタの森に住んでいた身分もある一族の娘だったが、親への反発から旅に出た。ドストーワへ向かっていたと言う。勇ましい獣人達の住む国だ。
プライドが高く、好戦的。彼女も自分の存在を確かめる旅をしていたのかも知れない。
千代と出会い、自分にとっての求めるものに近付けると思ったのか。難民達や、それに今の千代を見て放っておくことはできなかったのか。
「お前が本気ならば、私がお前の牙になってやるよ!」
霧島は、難民達が自給自足の為に一致団結、という名目を、千代の言う団の結束の為に提示した。
今は、どの国へ行っても、戦争なのだ。自分達で、立ち上がらねば。
千代は、今の自分のやわな気持ちを捨てるために、゛TEA(ティー)゛と名乗った。
「皆、生きる為に必死なんだ。私もこの不毛な砂漠で、自分の気持ちに決着を……!(女としての気持ちにも??)」
霧島は、「俺は……バルバロイでいい」
難民達のリーダーがいるなら、前に出て共に立って欲しいと願い出たが、そんな者はいなかった。
「霧島くん」……霧島くんが、リーダーシップを発揮して、皆を負けない集団に導いて! 千代は、霧島を見る。
バルバロイ……バルバロイ……!
砂漠の民達が、口々に発する。
霧島は、彼らの前に立った。
「俺の印象が全く変わり過ぎた」
……確かに、この霧島はもう、以前の霧島ではないように見える。
こうして、バルバロイが誕生する。