校長室
ニルヴァーナの夏休み
リアクション公開中!
「あ〜も〜、どこ行ったのよ〜」 ため息まじりにプレシア・クライン(ぷれしあ・くらいん)は、小さな体で目一杯に伸びをして辺りを見回した。周囲は屋台や出店に集まる客たちで溢れている。こんな所に結(堂島 結(どうじま・ゆい))がいるとは思えないのだが…… 「でも、ライブの会場には居なかったのだ。居るとしたら後は、ここ位なものなのだが……」 プレシアのすぐ横で天禰 薫(あまね・かおる)が自信なさげに言った。彼女のパートナーも目下行方不明中である。そして何よりも問題なのが、 「んあ!! マズいのだ! もう舞台裏に行かないといけない時間なのだ!!」 そう、実はプレシアと 薫、それに行方不明の二人を含めた4人でカルテットグループ『ジェミ☆ジェミ』としてライブステージに立つ事になっているのだ。しかもスタンバイの時間が迫っている、にも関わらず――― 「きぃー!! まったくもう! どこ行ったのよ、あの二人はー!!」 「ほんとどこに行っちゃったんだろ……あ、いたいた!」 「えっ?!! どこ?!!」 薫が指さしたのは出店のラーメン屋だった。その店先で、 「はい、ピカちゃん(天禰 ピカ(あまね・ぴか))、あーんしてください〜。」 「ぴーぃ」 ダンッと台を叩く音。プレシアはお代を台に叩きつけると、結の首根っこを乱暴に掴んだ。 「あっ、ちょっ、プレシアちゃん?!! まだラーメンが残って―――」 「ピカちゃんも、ほら、行くよ」 「ぴぅぴぅー」 ライブ会場へ強制連行。結は最後まで引きずられながら会場に入っていった。その様子を東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)は会場の入り口で、それも目の前で見ていた。それは彼女が、 「846プロをよろしくお願いしまーす。お願いしまーす」 彼女自身は846プロダクションのアイドルではない。アイドルなのはパートナーの方だが、直々に頼まれたとあっては無視できない。会場の入り口でライブの客引きを行っていた。 「どうぞー、楽しんでいってねー!」 すっかり客引きも板に付いてきた。で、彼女以上にノリノリというか悪ノリというか…… 「……ところで、キルティ(キルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの))はなんで女の子格好を? 」 「ん? なんでってそりゃあ」 キルティは生物学的分類では紛れもなく「男の子」なのだが、 「男装より、女装ですよねってことで女の子の格好をしてみたんだよぉ。いや、もともと私、女の子なんですけどね?」 「……あ、そう」 彼は正真正銘に男の子……まぁ、もう何でもいいか。 「ほら、秋日子さん、ボケっと突っ立ってないで手伝ってくださいね?」 「分かってるわよ」 キルティはあんな格好をしているが、彼の仲間たちはステージ上で躍動しているはずだ。少しでもその役に立てるなら。二人並んで客引きを再開させた。 その頃、ステージ上では――― レイカ・スオウ(れいか・すおう)のヴァイオリンの音色に合わせて、 十二単を着た若松 みくる(わかまつ・みくる)が舞い踊る。身長こそ1m前後なので立派な『十二単』も―――おや? 「マジカルミラクルみくるんるん♪ 大人の女性になーれ!」 あっという間に体つきが大きく、いや大人っぽくなってゆく。なるほど『変身!』を使い、20歳前後のレディになったというわけだ。ブカブカだった『十二単』も袖がピッタリ合っている。 曲調が変わると同時にステージ奥方の床が回転を始めた。この日は裏方に徹しているクリスチャン・ローゼンクロイツ(くりすちゃん・ろーぜんくろいつ)が操作をしている。 隠れていた床部分が現れると、そこには従者の『五人囃子』と『真打ちの和服』を身に纏った若松 未散(わかまつ・みちる)の姿があった。 「伝統芸能科の講師の若松 未散(わかまつ・みちる)でございます。ニルヴァーナ創世学園共々、伝統芸能科をどうぞよしなに」 一礼の後に舞いを始める。手には『鉄扇【木花咲耶姫】(芭蕉扇)』と『舞闘傘【雪月花】(仕込み番傘)』、演目はお祭りらしく神楽舞だ。 ステージ上に「ひとときの和」が花開いた。 ステージには再びアイドルが立っていた。846プロダクション所属の藤林 エリス(ふじばやし・えりす)とアスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)の2人だ。 「って! あたしは846プロ所属じゃないっての」 エリスにそう反論された。なるほど確かに、失敬、彼女は846プロダクションには所属していない。 こういうイベントの時は無理矢理つき合わされるのがもう慣例になっちゃってるのよね。なんてプリプリしながらに――― べっ、別にアイドルやるのが快感になってきてるとか、そんなんじゃないわよ。なんて指の先までしっかり伸びた美しいダンスを披露しながらに――― あたしはただアスカの顔を立てて付き合ってるだけよ! 変な勘違いしないでよね! なんて真紅の大胆ビキニ姿で『マジカルステージ♪』を発動して歌い踊っていた。 「は〜い♪ 846プロの革命的アイドル、魔女っ子あずにゃん登場だよっ♪」 魔女っ子なアスカがこれに続く。「みんな、盛り上がってるー? あずにゃん、踊りまぁす☆」 Vフロントハイレグワンピースという超大胆な水着姿で、汗を這わせて歌い踊る。新人アイドルとは思えないほどのキレとセクシーさで会場を一気にヒートアップさせていった。 湧いているのは観客やアイドルだけではない。ステージ上でベースをかき鳴らす琳 鳳明(りん・ほうめい)も同じだった。 彼女はロックアイドル『ラブゲイザー』としてのステージを終えた後も舞台上に残り、他のアイドルたちの楽曲も演奏していた。演奏しながら待っているのだ、その報せが届くことを。 「まだです? もう次の組で最後ですよ……」 プリンセスカルテットとセッションするために、そのために舞台に残り続けている。社長が彼女たちを連れてきてくれる事を信じて。 「お願い……急いで」 その頃、ステージ裏では。 「仕方がない。黎(藍澤 黎(あいざわ・れい))、ネージュ(ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう))、準備は出来てるかい?」 マリウス・リヴァレイ(まりうす・りばぁれい)がステージと時計を交互に見て言った。 「ネージュは予定通り「オリジナル曲」を、黎は……二曲やれるかい?」 イタズラな顔で言うマリウスに黎も二つ返事で「了解した」と応えた。 「花音ちゃん(赤城 花音(あかぎ・かのん))も、もう少しで終わるよっ」 若菜 蛍(わかな・ほたる)の進捗報告。彼女は出演者たちのメイクを担当している。花音の髪のセットも間もなく終わるようだ。 「よし、まずはネージュ、頼んだぞ」 「よぉーし、行ってきまぁす♪」 ネージュは勢いよくステージに飛びだすと、パートナーの常葉樹 紫蘭(ときわぎ・しらん)と共にオリジナル曲を披露した。 続く黎はヴァイオリンの演奏だ。視線の端にあい じゃわ(あい・じゃわ)の涙顔が見えた。事前に「ニルヴァーナで良く知られている楽曲をリサーチしてくる」と意気込んでいたのだが、結果は残念、見つけることが出来なかったようだ。 代わりにというわけではないが観客として集まった契約者たちが聞き親しんでいるポップスをロック調にアレンジしたりテンポを変えるなどして演奏を行っている。それが功を奏したか、観客の反応は実に上々だった。これで後は「あの吉報」さえ届けば最高なのだが……。 黎の演奏も終盤。遅れて舞台にあがった花音も「もうダメかな」と思い始めた時だった。 「!!!」 花音は一瞬、目を疑った。カンペには、リュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)が胸前に掲げたカンペには、誰もが待ちわびた言葉が書かれていた。 「えー、みなさん。ニルヴァーナ創世学園開校記念の創世祭ライブも、いよいよ次が最後の曲になります」 喜びを抑えて花音はステージの進行をした。「最後は全員で『小さな翼』を合唱したいと思うのですが、いかがでしょうか」 歓声と拍手。会場も賛成してくれたようだ。 「ありがとうございます。それでは早速曲に……と行きたい所ですが、ここでゲストを紹介したいと思いますっ!!」 高らかに宣言したものの、急に不安になってきて……もう一度だけ舞台袖を見遣った。 マリウスは笑顔で頷いてくれて、その横には日下部 社(くさかべ・やしろ)の姿が見えた。交渉にあたっていた彼が居るという事は、やはり本物だ。 「それではご紹介しましょう! プリンセスカルテットの皆さんですっ!!」 舞台袖から、ゆっくりと、ソフィア・アントニヌス、シェヘラザード・ラクシー、グィネヴィア・フェリシカ、楊霞の4人がステージへあがった。 「それでは、プリンセスカルテットの皆さんも会場のみんなも一緒に歌いましょう! 『小さな翼』っ!!」 曲が始まり、歌い出し。4人の姫君たちも第一音に見事に声を当てて歌い始めた。会場の皆と一緒になってプリカルの面々も歌っている、歌ってはいるのだが……。 「……あれ?」 鳳明(琳 鳳明(りん・ほうめい))をはじめ、846プロダクションの者たちは違和感を覚えていた。4人の姫君たちはちっとも前に出ようとしないのだ。前に出る所か、舞台中央のカッチン 和子(かっちん・かずこ)やボビン・セイ(ぼびん・せい)らの半歩後ろに居る始末。あれではアイドルの顔見せにしてはあまりに物足りない……。 「ん、まぁ急な話やったからな、みんな、勘弁」 社が一人苦笑い。 プリンセスカルテットの4人をアイドルユニットとしてデビューさせるべく交渉にあたっていたのだが、なにぶん今回は時間がなかったために落としきれなかった。水上騎馬戦を抜け出させるだけで精一杯だったのだ。 それでもステージには上がってくれた。一緒に合唱もしてくれた。もちろん観客への顔見せにもなった事だろう。 アイドルデビューは、またの機会に。