校長室
ニルヴァーナの夏休み
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多くの契約者たちの声を受けて校舎内に建設された温泉には、これまた多くの人が集まっていた。創世祭を記念しての一般開放とのことで、初めてこの地を訪れる者でも入浴することが可能だ。 ただしあくまでここは温泉、衣服を着たままでの入浴は出来ない。同じく校舎内に建設されたスパ施設ならば水着のまま入れる風呂や温水プールがあるため、水上騎馬戦に参加した者たちの多くはそちらに流れているようだが、それでもここ校内温泉には一時「脱衣籠」が足りなくなるほどに人が集まり押し寄せていた。 まぁ、それほどまでに一つの閉鎖空間に人が多く集まれば――― 「テメェどこみてやがるこのクソ狼が!!」 「そ、そんなところに突っ立ってるのが悪いんだろ!」 そぅら始まった。男湯露天風呂にてユウガ・ミネギシ(ゆうが・みねぎし)とブレイズ・ロードスター(ぶれいず・ろーどすたー)が声を荒げて捷ち合っている。どうやら二人が接触した時にブレイズの持っていた飲み物がユウガの胸元に思い切りかかったようだ。 ちなみに混乱を回避するため今日は混浴風呂は開放されてはない。代わりに、というわけでもないが、男女それぞれの露天風呂が開放されており、そこでの軽い飲食は認められていた。 「おーおーおーおー、ビショビショじゃねぇか! しかも何だこりゃあ、牛乳かコラ」 「ぎゅ、牛乳なわけないだろうが! 豆乳だよ」 「似たようなもんだろうが! 何で温泉で豆乳なんだよ気持ち悪ぃ! 薄く膜張ってんじゃねぇか!」 「そ、それは……人の勝手だろぉ! 好きなものを飲んで、な、何が悪い!」 それは正論だが、温泉で豆乳は気持ち悪い。 「なんだ? 騒がしいな」 露天に浸かりながらレグルス・レオンハート(れぐるす・れおんはーと)がそれに気付いた。室内風呂との出入り口付近で言い争う声が聞こえる。これだけ漢が集まれば喧嘩の一つも起きるだろう、とも思ったのだが…… 「……とりあえずいってみるか」 嫌な予感がして湯船を出た。パートナーであるブレイズの不器用さは十分に承知している、何かしらのドジを働いていざこざになっている可能性は十分にあった。 レグルスが現場に着いた頃、実は喧嘩は収まっていた。ユウガのパートナーであるジェイコブ・ヴォルティ(じぇいこぶ・う゛ぉるてぃ)の一睨みでユウガが牙を収めたからである。 「すまない、うちのが迷惑をかけたようだ」 初めに迷惑をかけたのはブレイズの方だ。それはレグルスもすぐに察し、「こちらこそすまない」と謝罪した。 その後二組は、多少納得していない者たちも居たが、共に露天に入ったりパートナーを交換して毛並みを触りモフったりしたようだ。 さて、男湯の話はこれくらいにして。 「きゃっ! ちょっ、唯一人(八華 唯一人(やつはな・ゆいり)! 何で胸―――あっ……」 背後から胸を鷲掴み。それはもう大きな大きな日廻 小花(ひまわり・こはな)のπが、唯一人の手の中でプニャリふわりと形を変えてゆく。 「『何で』と訊かれるなら『共に風呂に入っているから』と答えるよりないのう。胸の揉み合いは儀礼、慣例じゃろうて」 「そ…そんな事ないですよぉ。他の方は……ぁん……してないじゃない、ですか……」 それはもちろん、その通り。残念ながらそれが現実。 まぁ、そうは言っても吉木 詩歌(よしき・しいか)とセリティア クリューネル(せりてぃあ・くりゅーねる)のように二人で体を洗いっこしているペアも居ることはいる。身長的には幼女な二人がイスに座って向き合って、泡だらけの互いの体を、今はちょうど互いの腕をとって撫で洗い合っている様などは…………正直クるが。 奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)と雲入 弥狐(くもいり・みこ)のように、のんびり湯船に浸かっている様が『普通の温泉の楽しみ方』とでも言うべきだろうか。 二人は実にリラックスした表情で――― 「うーん……たまには悪くないけどさー……」 弥狐は……少し口端が下がっているかな? 退屈しちゃってるかな?「温泉で遊べることって何かないかな?」 「……またそんなこと言って」 あれ? 沙夢も呆れ顔? 温泉、楽しめてない? 「あー、でも静かに入りなさいって怒られるかなぁ」 「あら、分かってるじゃない。それでいいのよ」 「はぁ……ただ浸かってるだけなんて……」 ツマンナイと顔に書いてある。 温泉を根本から否定するような発言をする者あれば、 「本当に裸で身一つになるのだな。不用心すぎるだろう」 やけに警戒している者もいる。ヴェロニカ・バルトリ(べろにか・ばるとり)はタオルこそ持っているが、あまり前は隠せていなかった。 「そもそも不敬に値するのではないか? 相手はニルヴァーナの国家神にあたる御方だぞ」 国家神という言葉に沙夢が顔を上げた。すぐ傍にヴェロニカが入ってきたというのもあるが、確かに彼女は国家神と言っていた。 「国家神と言ったかしら?」 沙夢が問い、ヴェロニカと目が合う。律儀な二人だからこそだろうか、互いに名前と所属を名乗ってからヴェロニカが続けた。 「あぁ。せっかくの機会なのでな。ファーストクイーン様をお連れした」 彼女の背後から宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が歩んできた。そしてその傍らには、 「あなたが……ファーストクイーン様……」 何も言わずとも、御身を前にしただけ、それだけで気品というものは伝わるものだ。淡い赤毛に翼をかたどったティアラをしている、長衣を纏っているところも話に聞いていた通りだ。それより何よりも恐れ多いが「頬から顎にかけてのラインが何と美しいのだろう」と沙夢は見惚れてしまっていた。 そんな国家神様も祥子と共に湯船に足を入れ、そのままそのまま長衣を着たまま腰を下ろして湯船に浸かった。水面の揺れだろうか、いや違う、ファーストクイーンの紅髪も長衣も水に濡れることも解れることもない、湯船の外と全く同じ姿で、ただ座り込んだだけだった。 「やっぱり生身が必要ですね……」 祥子は笑むだけでこれに応えた。ファーストクイーンの本体は今も小さな紅い水晶、姿は水晶から投影しているだけにすぎない。水晶は祥子が大事に抱えて、お連れした。 それでも、たとえ姿はホログラムでも、この場を、すなわち「温泉」を共に感じることはできる。水晶も湯船に浸けてみたし、肩を並べて湯船に浸かることもした。 封印されていた時を溶かすのに、また長き戦いの疲れを癒すのに一役買ってくれるなら。お連れした甲斐があるというものだ。 そういえば。戦いの疲れを癒すと言えば――― 「……決めたわ、私いや俺はここに住む」 言ったのは「男湯」と書かれた暖簾をくぐり出てきた斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)だ。 「何馬鹿なこと言ってんのよ。ここ、学校よ」 偶然にも全く同じタイミングで女湯から出てきたネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)がこれを制した。 「あれ? 随分と早いじゃないか。こういう時は男が「待ちぼうけ」で「くたびれぼうけ」と決まってるんだがな」 「そっちが長いのよ。どれだけ浸かってたんだか」 「いやぁそうなんだよ、良い湯だった。労働後の風呂は最高だ」 「それだと、お風呂自体を誉めてることにならないんじゃない?」 「そうか? 良かったぞ、温泉。至極極楽最高だった」 「……まぁ、湯船は確かに気持ちよかったわね。作りも悪くなかったし」 ニルヴァーナに来てから戦い続きだった二人の体も心も温泉は癒してくれたようだ。それは他の入浴者たちも同じ事だろう。 正式な開校、ここの生徒になればいつでもこの温泉に入れると思うと……今から次の機会が楽しみだ。