校長室
ニルヴァーナの夏休み
リアクション公開中!
校舎一階「保健室」その室内だけは実に静かな時が流れていたが、校舎の廊下を少しばかり進めば、すぐ左手に「中庭{ /bold}」が見えてくる。本日この日に訪れたなら、12匹もの『わたげうさぎ』の行進が歓迎してくれることだろう。 「むふふ〜、むふふふふ〜」 ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は投げ出した足も一緒にリズミカルに揺らして『三毛猫』をもふもふしている。12匹の『わたげうさぎ』たちを率いる『わたげうさぎ「杏」(わたげうさぎ)』に指示を出したのは彼女だ。が、今はうさぎたちの行進よりも、同じく連れてきた『三毛猫』に夢中のようで、満面の笑みでも毛並みを「なでなで」「もふもふ」でご満悦のようだった。 彼女のパートナーの及川 翠(おいかわ・みどり)はと言えば、少し離れた所で召喚獣たちの世話をしていて、こちらも行進を見ていない。行進はすでに3列縦隊に移行しているというのに、それを堪能しているのは飼い主たちではなく、むしろ他の契約者たちの方だった。 「キャー!! 見てみて! 並び変わったわー! 可愛いー!」 吾妻 奈留(あづま・なる)が手を叩いて喜んだ。いつもよりずっと高いテンションの奈留の様はいつまでも見ていたいが、頬に「食べこぼし」を付けているのは頂けない。 「ほら、奈留、レタス付いてるよ」 頬に顔を近づけて佐倉 美那子(さくら・みなこ)はこれを舌先で掬って取った。 「よそ見してると、またこぼれるわよ」 「ありがとう。あ、でもね、あれよ、これは一度口に入ったレタスじゃないんだよ、口に入る前にほっぺに触れてそれで付いたものなんだよ……たぶん」 確かに切り方は細かい、「購買」で買ったサンドイッチはやたらとレタスがポロポロと落ちてしまう。それでも口に入る前か後かの話は美那子には同じに思えた。 「同じじゃないよ! 口に入る前に付いたのはセーフじゃない、そうでしょう? だって―――」 「はい、あーん」 「んぐっ……ん…………おいひい」 「これならこぼれたり付いたりしないでしょ?」 「ん。ありがと」 お返しに今度は 奈留が美那子に「あーん」ってしてあげているのが目に入って、 「…………ねぇ、黒(木内 黒(きうち・へい))」 藤原 竜依(ふじわら・りゅうい)がポツリと言った。 「あーん」 手渡そうとしていたカツサンドを黒の口元へ。 「なっ……ちょっ……待っ、何だ、いきなり」 「……嫌?」 「い、嫌じゃない、けど」 「けど?」 「そういうのは、その、好き合っている者同士がやるもので……俺たちにはまだ早いというか…… 」 「……そう」 はっきりしない男だ。竜依はカツサンドを自分の口へと運んで食べた。 「イルミンスールも良いところだけど、ここも素敵ね」 「えっ、あぁ……そうだな」 黒が動揺を隠しきれていない中、すぐ二つ隣のベンチでは笹奈 フィーア(ささな・ふぃーあ)があくびをしていた。 「ふぁぁぁあ」 「おいで」 笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)が自分の腿をポンポンと叩いてフィーアに示した。中庭に来る前に「生物学科」の準備室に寄ったり校内を散策したりしたから疲れたのだろう。生物学科の動物や薬品の臭いも嫌がってたみたいだし。 「良いの?」 「もちろん」 そっと膝枕をしてフィーアを寝かせてあげた。太股がポッと温かい。完成した校舎を見て回るのが今日の目的だけど、こうしてのんびりするのも悪くないよね、なんて紅鵡は思いながら、そっとフィーアの頭に手を添えた。 「ゆっくりしたい、とは言いましたが」 中庭を見渡してレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)が言った。 「ここだけ時間の流れが遅い気がしますね」 これまで探索や防衛戦やらで最前線に立ってきたレリウスにすれば、そう感じさせるだけの平和で静かな空間が目の前に広がっていたのだ。それはやはりパートナーのカルディナル・ロート(かるでぃなる・ろーと) も同じに感じたようで、 「たくさん人がいます……。それにみなさん元気そうで、楽しそう……。」 この空間にいるだけで、ゆっくりと羽を伸ばせる、そんな風に思えたという。 「何でしょう……」 ふと向けた視線の先にそれを見つけた。レリウスにもそれを伝えると、彼はすぐに詳細を訊きに行ってくれた。 「失礼」 「はい?」 顔を上げて応えたのは新川 涼(しんかわ・りょう)だった。なぜに花壇の前でしゃがみ込んでいるのかと不思議に思っていたが、彼の手元を見れば一目瞭然だった。 「花の手入れ、ですね?」 「えぇ、ちょうど今、植物の育て方について学んでいる所なんです」 「学んでいる……とは?」 涼のすぐ隣の奥では彼のパートナーであるユア・トリーティア(ゆあ・とりーてぃあ)がディング・セストスラビク(でぃんぐ・せすとすらびく)から教えを請いている。彼は先日この学校の「生物学科」教員となった六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)の補佐役を務めているという。今日は体験授業を行っているとの事だが、肝心の教員様はと言うと…… 「はーい、いいですかー、庭遊びはこれく位にして、外に出ますよー」 これまでの植物講義を「庭遊び」を称した上で鼎は、「テキトーに外に出て、その辺のナマモノ捕まえて「漬ける」。それが出来た人から解散ですよー」 このグロい発言にレリウスも、また授業を聞く契約者たちも軽くひいていた。 「ん? グロテスク? 可哀そう? ……そうですかー。そう思う人は生物学には向いてないかもしれませんねー。」 「みなさーん、この人は先生ですが、授業内容に関係ない部分は聞かなくていいですからねー。生物学はグロテスクなだけじゃないですよー」 ディングの横やりがあろうとも鼎はブレない。「いいえ、グロテスクですよー。命の位をヒトに合わせるなら、ホルマリン漬けと遺骨を残すこと、どう違いますか? また生物に合わせるなら死んでから土に還る行程がヒトと他で違いますか? 結局の所、生物学ってそういう学問なんですよ」 「そんな事ありませんよー。この人はただこの授業に飽きただけですよー、自分の研究時間を確保するためにフィールドワークを増やそうとしているだけですからねー」 「なにを言うかな。フィールドワークは大事ですよー、フィールドワークこそ生物学の9割を占めてますからねー。残りの1割が知りたい人は二階の教室に行くといいですねー、そこでも授業してますからー」 遂には、同じく「生物学科」の教員に採用された多比良 幽那(たひら・ゆうな)が開催している体験授業を薦める始末。確かに幽那は学術関連の授業を行っているようだし、彼女のパートナーであるアッシュ・フラクシナス(あっしゅ・ふらくしなす)をはじめ彼女の『樹木人』たちも授業を受けているようなので、真面目なだけで退屈な授業にはならないだろう。 「講師陣も個性的な方が集まっているようですね」レリウスが渋い顔で言う。 「そのようですね……。思い描いていた先生像とは少しばかり異なりますが……」カルディナルは小さく間を取ってから、 「それでも、私もレリウスさんやハイラルさんと一緒に学校に行ってみたいです……。」 「そうですね。前向きに検討しましょう」 今日は他にも様々な 学部学科が体験授業を行っているという。もしも自分がこの学校へ入学したら。ここから先は、そんな様子を思い浮かべながら校舎を見て回ろうと、二人は「中庭」を後にした。