校長室
ニルヴァーナの夏休み
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遺跡探索―それぞれの思惑 リニア停止位置から数時間。長い隊列を作って探索地点を目指していた面々は新発見の遺跡にようやくたどり着いた。マグマ溜りや灼熱の川は徐々にその数を減らし、降りてまもなくの位置では空調が効いていてすら凄まじい暑さだったが、ここでは空調があれば多少蒸し暑い程度である。無論外にでれば熱気があるが、生身で耐えられないほどではない。件の遺跡は話にはあったが凄まじく巨大なドームのような洞窟にあった。岩石で出来た巨大な建造物のところどころに、冷えた溶岩がツタのように絡まっている。その間を大型のイコンも楽に通れる広さの通りが走り、マグマのほの明かりがちらちらと映ろう。洞窟の天井はマグマの火明かり程度では映せぬほど高く、闇に溶け込んでおり見えない。 「この遺跡からニルヴァーナの北側に出られるという通路を探索する。 調査にはグランツ教のカーディナル殿も同行されるそうだ」 長曽禰が言った。カーディナルが軽く頷いてみせる。 「少佐のお尻……もとい、背中はわたくしがお守りします!! 少佐を守れるの我らだけですわっ!!」 アウグスト・ロストプーチン(あうぐすと・ろすとぷーちん)が試作機パンテール・ド・シャッスを軽く叩いて長曽禰ににこやかに声をかけた。――狩りをする雌豹の名を持つこの機体は、第2世代イコン開発コンベンションで採られなかった実験機であるが、アウグストは常々旧式などとは言わせないと息巻いていた。美貌ではあるがどこか熱気を帯びた色っぽい流し目で見るアウグストに、長曽禰がちょっと怯んだように見えた。 「わらわがアウグストの色目からそなたをお守り致します。ご安心を」 ソフィー・ベールクト(そふぃー・べーるくと)が長曽禰に声をかけ、じりじりと長曽禰の背後に手を伸ばしていたアウグストの耳を引っ張って正面を向かせる。 「ああーーん、いったーい」 色っぽく叫ぶアウグストを、ソフィーは紅い瞳で冷たく睨む。 「任務に集中することです」 「少佐のそばにもうちょっといたいんですのに〜〜〜ぃ」 抗議するアウグストを引っ張って、ソフィーは決然とアウグストをイコンに押し込んだ。 「あーん。少佐のキュートなお尻・す・て・き!!」 「……少佐の盾として任務を全うするのです! 邪念は置いておおきなさい」 ソフィーは長曽禰少佐の身辺警護に全神経を集中することにした。特にアウグストからなんとしても守り抜かねばならない。 「私も長曽禰少佐に同行させてください。ぜひとも北への出口を発見しましょう」 金髪のかわいらしい少女といった外見だが、シャンバラ教導団の大尉であるルカルカ・ルー(るかるか・るー)が長身の知性派美形といった趣のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)を連れて進み出る。 「マッピングしながら遺跡構造から出口を類推し進むことで、効率よく進行できるのではと思います」 有機コンピュータの異名を持つダリルが口ぞえする。 「ドッグズ・オブ・ウォーも同行させれば、イコンで対応しきれない小型の敵性存在にも対応できるかと思いますし」 ルカルカの言葉に、長曽禰は軽く頷いた。 「ニルヴァーナの北側へ抜ける道……どんなものかな」 半ば独り言のように呟く長曽禰を、ルカルカがいぶかしげに見やる。 「どうかなさいましたか?」 「いや。なんでもない」 遺跡の手前の建物を仔細に調べていた沙 鈴(しゃ・りん)が、広さと戦略的位置、堅牢さからから探索基地として選び出した場所に、指示をしながら補給物資を運び込ませている。出発前に遺跡探索隊のイコンや人員構成を元に食料、武器、弾薬、燃料、医療物資等とそれらの予備を算出したのである。運び込まれた荷を綺羅 瑠璃(きら・るー)が忙しくチェックしている。 「ここなら申し分なさそうね」 ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)が鈴に声をかける。 「ええ。地味な仕事ですけれど、大切なことですわ」 「補給基地があちこちにあるワケじゃないから、物資補給に関してはここが中枢部になるわけだしねぇ」 ニキータが頷く。 「長期に及ぶ場合や、ここをまた基点に使うとなれば、よりいっそう重要度が増しますわね」 「内部で調達できるわけじゃないから、今後も物資輸送は大型車両に頼る事になるしね。さて、荷物を運びますか」 「ここが遺跡アルか〜! あたし初めてアルよ! ……それにしても猛烈に暑いあるね」 ヒラニプラ商店街の精 ニプラ(ひらにぷらしょうてんがいのせい・にぷら)は、もの珍しげに周囲の風景を眺めていた。HCに物資の量や種別などを仔細にメモを取っていたのだが、ニルヴァーナに来てまもないうえ、探索予定の遺跡内部の珍しさも手伝って、すっかり手が止まってしまっていた。 「ほらほら、ニプラちゃん。手が止まってるわよ、あたし達のお仕事もしないとねぇ」 遊園地に来た子供のように顔を輝かせて周囲を見ていたパートナーをほほえましく思いつつ、ニキータは優しく声をかけた。 「あ、いけないアル。お仕事お仕事……」 補給班の動きを見ていたアフィーナ・エリノス(あふぃーな・えりのす)は野戦築城【1月30日】に搭乗しているアルフレート・ブッセ(あるふれーと・ぶっせ)に声をかけた。 「何がいるかわからない少し奥まった場所に陣地を取るより、この手前の場所がよいと思います。 なにかあってリニアへの退路を塞がれても困りますし」 「……そうだな」 探索隊の退路はなんとしてでも確保せねばならない。また遺跡の広さもわからないため、補給物資の保管場所も必要である。 「一度作った陣地はその場から移動できないのですから、場所の選定にあたっては細心の注意が必要ですけれど……。 この辺りで待機するのがベストだと思いますわ」 アルフレートは万が一探索続行が不能なほどの戦闘が起きた場合に備え、このイコンを使用して篭城し敵の前進を食い止め、捜索班が脱出する時間を稼ごうと考えていたのである。 「もちろん、出来れば私の出番など無い方がよいのですがね……」 そう呟いて、補給基地に繋がる通路に近い待機場所で、ほの暗い遺跡の奥をじっと見つめるアルフレートであった。 長曽禰が鋼龍に乗り込むのを無表情に見ているカーディナル。その後姿をマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)がじっと見つめていた。ピンクの辮髪に細いカイゼル髭、背後に控えるパートナーの蘆屋 道満(あしや・どうまん)も、ピンクゴールドのドレッドヘアに黒い髭とという、双方いろんな意味でものすごく目立つなりである。 (灼熱のマグマ、闇の中の洞窟。地獄の景色のようだな……。 地獄といえばマヌエル枢機卿が初めてパラミタに現れたのはナラカ化したプラントだったような。偶然か? 唐突に現れて情報をもたらす新興宗教……やはり怪しい。ここはグランツ教の背後関係を探らねばなりませんな) 思わずカーディナルのわき腹をつんつんしたくなる衝動を抑えながら、マリーはダイヤモンドの騎士に守護されたカーディナルに近づいた。 「遺跡を探索する皆さんの衣食住から弾丸燃料に至るまで不便はかけさせません。 今回いわばゲストとしておいでになる方の護衛部隊への補給はこのマリー・ランカスターにお任せありでありますぞ!」 勢いに気おされて、思わず後ずさったカーディナルだったが、すぐに気を取り直してにこやかに挨拶をした。 「よろしくお願いしますよ」 マリーは折り目正しく礼をすると、道満のほうを振り返った。 「マリちゃんよ、イコンには空中移動のできる【仏斗羽素】、異界移動のできる【ヤシュチェの守り】が装備済みだ」 「さすがだ、手回しのいい」 「……フ」 褒められて内心テレまくりながらも道満はそっぽを向いた。 (激走トラック野郎として走れるフィールドを増やしておく内助の功を褒められたっ!! 細部にに抜かりのない俺はいい嫁になれるだろうか!? ああこんなにデキるのにクールな振りしかできない内気な俺っ) 補給班として近づいたマリーらのほかにも、カーディナルの周辺護衛を名乗り出た契約者たちが集まってくる。長曽禰率いる探索隊の後についてイコンを進めながら桐生 円(きりゅう・まどか)が、元気良く挨拶をし、カーディナルに話しかけた。 「ねーカーディナルさん、グランツ教って今HOTな宗教だけど、女王様への信仰とは別なの?」 「宗教は流行とはちょっと違うと思いますが……」 カーディナルが言う。円のパートナー、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)は足場が悪い可能性もある場所であるためイコン操縦に集中しつつも、全身を耳にして会話を聞いていた。 (カーディナルさん、学園に持ち込んだ情報以上の事を知ってそう。何か面白いことになりそうだわ。 野次馬っぽいのはわかってるけどさ……) レーザーガトリングの装備を軽くチェックするオリヴィア。円が無邪気に話し続ける。 「でもすごいね、皆行ってない所を発見するだなんて。グランツ教ってチャレンジャーな宗教なんだなー!」 カーディナルはちょっと黙った後、返事を返してきた。 「我が教団には優秀な者が多いのです。 ニルヴァーナに渡った教団員が発見し、持ち帰ったメモリー内のデータを解析しましてね。 現在までに公開されているニルヴァーナの地図情報と照らし合わせ、遺跡の存在を予測しました。 この情報はニルヴァーナ創世学園にも提出いたしました。 その後、ファーストクイーン様にも確認いただき、予測は確信へと変わった……ということです」 葉月 可憐(はづき・かれん)はひっそりとその答えを聞いてアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)に話しかける。 「新興宗教って怪しいですよね……。嘘は言ってなくても真実を言っているとも限らない。用心ですっ! ……天学とかアカデミーとか、結構先進的に見えて宗教に振り回されてますしねぇ……」 アリスも頷く。 「私達のイナンナ様付の神官というのも、イナンナ様を支える意味合いの方が強いし……。 そういう意味で信仰とは根本的に違うというのがあるのかもしれないけど、新興宗教っていう響きは、胡散臭いよねぇ」 アリスは天学、アカデミーの回線を使いってグランツ教とカーディナルについて調査したデータを見た。未来人が現れた4ヶ月ほど前からパラミタ各地で、グランツ教の僧侶達が広め始めたとのみあり、あまりに最近過ぎて殆どの公的データは白紙状態である。 「新興宗教……少なくとも過激派かどうかだけでも調べませんとね」 可憐が言って、カーディナルに話しかけた。 「カーディナルと言いますと枢機卿を意味する宗教がありますが……グランツ教は地球の宗教がベースなのでしょうか? 一応私はイナンナ様付の神官で、現在はアカデミー預かり。教会にも遠からず縁のある身です」 「私たちが信仰しているのは世界統一国家神様、敬愛の意を込めて超国家神とお呼びしております」 「“国家神”……?」 黙ってやり取りを聞いていたシャレン・ヴィッツメッサー(しゃれん・う゛ぃっつめっさー)が穏やかに口を挟んだ。 「教義はどういったもので、信仰によってどのような御利益が得られるのでしょうか? そもそも、世界統一国家神様とは一体……?」 「超国家神様は、未来で“パラミタを統一した”国家神様。あの方への信仰により、このパラミタは救われるのです」 カーディナルの返事は確固として揺らぎがなかった。 ヘルムート・マーゼンシュタット(へるむーと・まーぜんしゅたっと)が追って問いかける。 「ところで、カーディナルというのはあなたのご本名ですか? それとも、教団の職名ですか?」 「職名で、本名は別にあります」 「本名を伺っても……?」 カーディナルの笑いを含んだような声が応える。 「本名は少々言うのも気が引けるのですが……エレクトロンボルト、と申します。 「教団のトップはどなたが?」 「私がその栄誉に預からせていただいております」 「信徒の規模は大きいのでしょうか? 地域又は社会階層の出身者で特に多い場所などはありますか?」 「さて、パラミタを救いたいと思う方は多く、その規模は今も広がり続けているかと。 主に今はシャンバラやエリュシオンで活動させていただいておりますし、 救いはあまたの人々に平等であるべきですから社会階級は様々です……ところで、なんだか尋問めいてきましたね?」 カーディナルは軽い調子で言ったが、彼らとのこの会話が単なる好奇心や世間話ではなく、契約者たちがグランツ教について、またカーディナルについて探ろうとしている意図に気付いていると言う牽制の言葉でもあった。 「いえ、なかなか高位の聖職者の方にお会いする機会はありませんからね。 新しい宗教ということで、気になっただけです」 シャレンがすぐに言って、その話題を打ち切った。これ以上直截的に探るのはまずい。全員がそのことを心に留めた。マリーが黙って全ての会話を記録していたのは言うまでもない。