校長室
ニルヴァーナの夏休み
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プール・リゾート 6章フィーリング・オブ・ユーフォリア 地球やパラミタと変わらず、ニルヴァーナのサマー・シーズンも炎暑。氷属性が強いグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、暑さにやや参り気味であった。主の体をひどく心配したパートナーの一人、魔鎧アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)が、プールの事を聞きつけ、少しは良いのではと今日はグラキエスを誘ったのであった。涼やかな水の中、グラキエスは嬉しそうに泳ぎ回り、アウレウスはプールサイドでその様を見守っていた。 「ニルヴァーナも夏は暑いんだな……。アウレウス、プールの事を教えてくれてありがとう。 体調は大分ましになった」 ひと泳ぎし、プールサイドに近い水中から、グラキエスがアウレウスに声をかける。 「左様でございますか!!! それは良かった!」 アウレウスが破顔一笑する。 「アウレウス? 折角だ、一緒に泳がないか?」 「わ、私もご一緒してよろしいので?! 泳げるようになって良かった……本当に良かった! 主を水の中でお一人にする事も、主の素肌に不埒な視線を向ける輩を追払えず苛立つ事もない!」 「うん?」 「はっ、いえ独り言です!」 グラキエスを敬愛するあまり、アウレウスはたとえ賛嘆であろうともグラキエスの水着のみの姿に視線を向けられることは、不埒で許せぬと考えていたのである。 (折角の青春時代であられるのに、命懸けの戦闘やら狂った魔力ゆえお苦しみになられたり……。 あまり学生らしく楽しまれたことのない主様が不憫で不憫で……) やや暴走気味のアウレウスの心も知らず、グラキエスはゆったりと泳いでいた。 彼らから程近い位置で、夜月 鴉(やづき・からす)が仰向けになって浮きながら、ぼんやりとした幸福感に浸っていた。 (日頃大変だから、今日ぐらいはゆっくりするんだ。プールにぷかぷか浮かんで何もせずにボーっとする……。 ……誰か誘って遊ぶのもいいな。……ああ。いい休暇が取れそうだ) カトリーン・ファン・ダイク(かとりーん・ふぁんだいく)は、もじもじする明智 珠(あけち・たま)の手を引いて、プールサイドにやってきた。 「ほら、そんなにもじもじしなくても……水着、可愛いわよ?」 珠は恥ずかしげに小さな声で呟いた。 「わたくし、全身を覆うような水着を選びましたが……やはり肌の露出の多い服には少し抵抗がございす。 それに……プールというものに慣れておりませぬ故、実はあまり泳ぐ事が得意ではございませぬ。 何か私でもできますでしょうか?」 「チャンバラとか騎馬戦も興味があったけれど、珠と一緒に楽しむには少しハード過ぎると思ったから。 ここでビーチボールで遊びましょうよ。それなら泳げなくてもあまり関係ないわ」 「ビーチボール、でございますか?」 「そう、水に入ったままこんな風に投げて遊ぶのよ」 カトリーンが言って跳ね上げたボールが、泳いでいたグラキエスの前に落ちる。 「……どなたのかな?」 グラキエスがボールを手にとって周囲を見回す。 「あ、すみませーん。あ、もし良かったら一緒に遊びません?私は百合園のカトリーンよ、よろしくね」 屈託なくカトリーンが笑いかける。 「そうだな……たまには良いかもしれん」 「おお、折角だし混ぜてもらえないか?」 鴉が嬉々として声をかけ、ややフクザツな表情のアウレウス、恥ずかしそうな珠も交えて、ビーチボールで遊び始める。 「そうか〜、泳げないのか」 鴉が珠に言った。 「はい、どなたかどなたか泳ぎの得意な方にお教えいただけるとありがたいのですが……」 鴉がそれに何か応えようとしたときだった。 「いやぁ!プールッスね!プール! おやぁ? こんなところに師匠の横で休暇楽しもうとしてる不敬な弟子のクロさんがいるッスねぇ……」 どっかの霊山の仙人 レヴィ(どっかのれいざんのせんにん・れう゛ぃ)の声である。鴉は心の中で盛大にため息をついた。 (そうだった……この師匠がじっとしているわけがなかった……さよなら、俺のバケイション……) 「んー? 師匠にお詫びがしたい? そうですねえ……。 じゃまずは、クロさんに修行の一環として師匠の個人水中タクシーになってもらうッスかねぇ。 えーと、プールサイドからプールサイドまで2往復してもらいましょうかねぇ」 仙人は嬉々としてぐったりぎみの鴉の背中ではしゃいでいる。 「あ、そこでストーップ!!」 プールのど真ん中で、仙人は鴉を停止させた。 「それで、なにか……?」 「特に意味は無いッス。いや〜、水が気持ち良いッスねぇ……。」 鴉はがっくりと肩を落とした。 「この変人がいる限り、俺に休暇なんかなかった……」 「たまにはゆっくり遊ぶのもいいものですよね」 敬川 純平(うやがわ・じゅんぺい)が水面に気持ちよさそうに仰向けに浮き、たゆたいながらローラン・ブルターニュ(ろーらん・ぶるたーにゅ)に言った。 「なんだか落ち着きません。やはり自分には 不相応のような気がします……」 英霊のローランは生涯を武人として生きてきたため、のんびりとした休暇にどこか居心地の悪さを覚えていた。 「慣れですよ、慣れ。せっかくなのだから、楽しむのが良いですよ。 楽しむことも人生には必要なのですからね」 純平が言う。ローランはふと胸を突かれる思いだった。自分は人生に楽しみや幸福感を持ってはいけないと思いすぎているのではないか。 「普通に楽しむ……ですか……」 近くにいた風間 宗助(かざま・そうすけ)が、その言葉を聞きつけ、声をかけてきた。 「……なにか、辛いことがあったのですか?」 「いえ、そうではありません。自分があまりに……楽しむことをしてこなかったのかなと思いまして」 「……なるほど。 僕も普通の学園生活……皆とはしゃいだり、楽しんだりといったこと……そういうことが少なかった」 そういって宗助は彼を心配してついてきたものの、周囲のにぎやかさが気になって歓声を上げながらあちこち見ている小鳥遊 アキラ(たかなし・あきら)を見やった。 「彼女がそれを気にかけてくれましてね。ここへやってきた、というわけです」 「そうでしたか……」 普段は巫女装束ばかりの朱濱 ゆうこ(あけはま・ゆうこ)は、この機会に水着でイメチェンを図ろうと、ここにやってきた。パートナーの白山 イチコ(しらやま・いちこ)は、プールとあってさすがにいつもの連獅子のカツラではなく、黒髪の腰丈のパッツンヘアという、本来の髪型であった。水着に着替えてはいるものの、素顔を出すのは恥ずかしいとお面をつけている。 「プール、というものを初めて見ました! ……いえ、折角ですし楽しもうかと思います」 イチコがおずおずと水に入る。 「わたしもイチコさんも上手く泳げないのでとりあえず水面に浮かんでいるくらいしか出来ませんね。 沈んでしまっては死んでしまいますし……」 「そうですね……なにか泳げなくとも遊べることがあると良いのですが……」 そんな2人にアキラが元気よく声をかける。 「泳げないんだ? じゃ、一緒にビーチボールで遊びましょうよ」 「ビーチ、ボール、ですか?」 「うん、水の中でただ歩いたりして、このボールを投げっこするだけだから、泳げなくても大丈夫。 「それはありがたいです」 ゆうこがにっこりした。 「その辺に宗助もいるはずなんだけど……。 あ、そこにいたのね。どうしたの?」 アキラが静かにローランと話していた宗助に声をかけてきた。 「少しこの方とお話していたんだよ」 ローランが会釈する。 「お話かぁ。ねえねえ折角だし、みんなで一緒に遊びましょうよ」 「俺も参加させていただきますよ」 純平がニコニコと笑いかける。6人は真夏の日差しにきらきらと水滴を跳ねかしながら、ビーチボールに興じた。初めて遊ぶもの、学生らしい休暇、ニルヴァーナの平和な夏の一こまは、楽しい休暇の思い出になるのだろう。 「あとは宿題も終わっていれば最高なのですけどね……」 純平が呟いて、深く青い空を見上げた。